マガジンのカバー画像

読書感想(おちまこと)

252
読んだ本の感想を書いています。
運営しているクリエイター

記事一覧

固定された記事

読書感想 『コロナの時代の僕ら』 パオロ・ジョルダーノ  「不安の中での知性のあり方」

  2020年に入ってすぐの頃、1月くらいを思い出そうとしても、とても遠くに感じる。そして、今とはまったく違う社会だったのだけど、それも含めて、すでに記憶があやふやになっている。  それは、私だけが特殊というのではなく、今の日本に生きている人たちとは、かなりの部分で共有できるように思っている。 海外の人たちへの関心の薄さ  最初は、そんなに大ごとではなかった。  新しい病気がやってきそうだけど、そんなに危険ではない。あまり致死率が高くなく、いってみれば、毎年、流行を繰り返す

読書感想 『それでも女をやっていく』   ひらりさ  「正直な混沌」

 女性であることで、どれだけ考えることが増えるのか。  それは、昭和生まれの男性であると、やはり実感としてわかることはないのだと感じつつも、そのことを文章で表現してくれる人も多くなっているように思う。  どこでこの書籍を知ったのかは覚えていないものの、たぶん、「劇団雌猫」の活動があった上で、個人の書籍を出していくのは、仕事をしていくバランスとしては理想的な気もして、それで、興味を持てたのだと思う。  それは、自分が、どれだけ正直でいられるか、というようなストイックな気配

読書感想 『最近のウェブ、広告で読みにくくないですか?』 鈴木聖也 ---「メディアのリアルな、少し前の現在地」

 タイトルだけだと、どんな立場の人が書いているのかは、はっきりとは分かりにくい。  だけど、それほどヘビーユーザーではないにしても、インターネット上の情報に接しているときに、広告に立ち塞がられることが多くなったのは感じていたから、つい、その通りだと気持ちの中でうなずいてしまい、そのことに対する理由が書かれているのだと思い、失礼だけど、著者に関しては、全く知らない方だったのだけど、読みたくなった。  その期待にも応えてくれたのだけど、新書版というコンパクトで、200ページに

読書感想  『最愛の子ども』 松浦理英子「複雑なフィクションで描かれる擬似家族」

 松浦理英子という小説家の名前と、その作品のタイトルのいくつかは知っていた。  とても先鋭的だということ、さらには寡作だということ。  その内容を漏れ伝え聞いているだけだから、おそらく何かを語る資格はないのはわかっているのだけど、1978年にデビューしてから、最新作が2022年。9作の小説。ほぼ5年に1作というペースで、小説家としてやっていけること自体が、それだけ一作の完成度が高い、ということを証明しているように思う。  今回、別の人がすすめていることを知って、それまで

読書感想 『ブックオフから考える』  「存在への肯定的で豊かな視点」

 いつも当たり前のように目にするものに関して、大げさに言えば、そうしたものは空気のようになっているから、あまり意識することは少ない。  それは、とてももったいないことだし、何か面白いことは、遠くや知らないところへ行かなくても見つけることができる。  そんなことを教えられたのが、「ドン・キホーテ」について書かれた書籍だった。  すごく面白い本だった。  最近になって、情報としては遅めだけど、「ブックオフ」についての書籍が出たことを知った。「ドン・キホーテ」についての書籍

読書感想 『推し問答!あなたにとって「推し活」ってなんですか?』 「熱量と冷静さが見せてくれるもの」

 マニアから、おたくと呼ばれるようになり、社会から蔑まれるような時代があり、オタクと表記がかわっても、どこか排除されるような気配も続いていたのに、いつの間にか「推し」という言葉が一般的になって、「推し活」がまるでポジティブなこととして使われるようになった。  そんな流れを振り返ると、不思議な気持ちになる。  今は、まるで「推し」がいない方が少数のようになっているような気もするし、経済効果と共に明るく語られ過ぎていることに、微妙な違和感が出てきているような気もする。  そ

読書感想 『人生のレールを外れる衝動のみつけかた』  「想像以上に大事なこと」

 衝動は、いいものとは言われていない印象がある。  例えば、衝動に身を任せてはいけない、といった表現。  例えば、ドラマなどでよく使われる衝動的な殺人という言葉。  その一方で、さまざまな脳医学や心理学の研究から、衝動の重要性が分かってきたりしているらしい。  それでも、その衝動というものは、自分にとっては、実感としては、よく分かっていないままだ。だから、衝動のことを哲学者と言われる人が書いたとすれば、とても興味が持てる一方で、この本のタイトルは、どこかで聞いたような自

読書感想 『日本の最も美しい図書館』---「うらやましい場所」

 中年になってから、本を読む習慣がついた。それで、よく行くようになったのが図書館だった。12冊を借りて、二週間で返却する。その生活のリズムが自分の身になってきているような気がする。  地元の図書館では、サイト内に自分のマイページのようなものを設定できるようになっていて、そこから予約ができるようにもなって、12冊まで可能だから、それも上限まで使うことが多い。  その時、芥川賞などを受賞して話題になっている作品は、予約が殺到し、その待機人数は100を超えることも珍しくない。だ

読書感想  『2024年のベスト5』

 気がついたら、2024年も終わりに近づいてきました。  もし、1月から12月まで、「毎月、最も使われる言葉」があるとすれば、12月は、おそらく永遠に「1年は早いですね」といった表現が選ばれ続けると思います。  それでも、毎年、懲りずに、こんなに1年は早かったのか。本当に年を重ねるごとに、その速度は増していないだろうか。そんなことも思い続けるようですが、自分自身は、定年もないし、どれだけの年齢になろうが、働き続けないといけないし、働きたい思いがあるので、もしかしたら経験で

読書感想 『バリ山行』 松永K三蔵    「地に足がついた創造」

 芥川賞受賞作なのは知っていた。  だけど、小説のタイトルも、作者の名前も、トリッキーで、覚えることができなかった。  だから、勝手な話だけど、少し警戒心を持ってしまったのは、以前の芥川賞のイメージの「難解」という記憶が蘇ってしまったからだと思う。  そして、冒頭では、会社では居心地が悪く、その一方で、わきあいあいとした山登りの話が描かれ、ちょっと拍子抜けしたような思いになり、芥川賞受賞の理由などを、生意気にも考えてしまっていた。 (※ここから先は、小説の引用などもし

読書感想 『「コーダ」のぼくがみる世界 聴こえない親のもとに生まれて』  「知らないことの多さを、知らされる」

 何かを知ると、さらに知らないことの多さが見えてくるような気がして、どんどんわからないことが広がっていくような怖さがある。  それでもできたら1日に一つでも、新しいことを知るようにしているのは、少しでも違う視点を持ちたいと思っているからだ。  ただ、知っているつもりで、知らない、というのがもしかしたらいちばん良くないのかも、と思う時もある。  たとえば、「コーダ」という名称と、その意味するところを知っていたはずなのだけど、それは、自分が知っているとは言えないことを、本を

読書感想 『世界を平和にする第一歩』  「初心を思い出すために」

 今の教育現場では、「平和」という言葉を使用するにも気を使う、といったことを聞いたことがある。 「平和」というだけで、政治的な主張につながるのではないか。教育の場は中立であるべきだから、それはやってはいけないのではないだろうか。  そんな恐れすらあると聞いたが、それでも「平和」は、普遍的な価値があるはずだし、それを実現することに対して努力することは、賞賛されることのはずだった。  ただ、現実には今も地球上では戦争が続いているし、そうした中で戦争状態にない国の人間が「平和

読書感想 『それは誠』 乗代雄介    「超純粋な青春小説」

 作品を読んだだけで、読者としては何が分かるわけもないのだけど、その小説から、小説家のイメージを勝手につくり上げてしまうことがある。  特にメディアで、インタビューなどにほとんど登場しないと、その傾向が強くなる場合がある。 乗代雄介 乗代雄介がそうだった。  最初は、他の小説家が、この時代でも本当に書くことに集中している人として紹介しているのに興味を持って、『本物の読書家』を読んで、それだけで全部がわかるわけでもないけれど、本当に紹介された通りの純度の高さを感じた。

読書感想 『センスの哲学』 千葉雅也  「視界を変える可能性」

 センスという言葉は、それを持たない者にとって、大げさに言えば、呪いの言葉のようにも感じる。  最初に、特に男性は運動のセンスのあるなしを嫌でも自覚させられる。  そこでセンスがない場合でも、小さい頃から絵は描いているから、そうしたアーティスティックなセンスがある人間と、ない人に、知らないうちに分けられている。  それから、しばらく経って、学問の世界でもセンスが問われることを知る。  学校を卒業し、仕事を始めると、そこでも知らないうちにセンスがある人間と、ない人間に振