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読書感想(おちまこと)

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読んだ本の感想を書いています。
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#本

読書感想 『コロナの時代の僕ら』 パオロ・ジョルダーノ  「不安の中での知性のあり方」

  2020年に入ってすぐの頃、1月くらいを思い出そうとしても、とても遠くに感じる。そして、今とはまったく違う社会だったのだけど、それも含めて、すでに記憶があやふやになっている。  それは、私だけが特殊というのではなく、今の日本に生きている人たちとは、かなりの部分で共有できるように思っている。 海外の人たちへの関心の薄さ  最初は、そんなに大ごとではなかった。  新しい病気がやってきそうだけど、そんなに危険ではない。あまり致死率が高くなく、いってみれば、毎年、流行を繰り返す

読書感想  『2024年のベスト5』

 気がついたら、2024年も終わりに近づいてきました。  もし、1月から12月まで、「毎月、最も使われる言葉」があるとすれば、12月は、おそらく永遠に「1年は早いですね」といった表現が選ばれ続けると思います。  それでも、毎年、懲りずに、こんなに1年は早かったのか。本当に年を重ねるごとに、その速度は増していないだろうか。そんなことも思い続けるようですが、自分自身は、定年もないし、どれだけの年齢になろうが、働き続けないといけないし、働きたい思いがあるので、もしかしたら経験で

読書感想 『神に愛されていた』 木爾チレン  「書くことを、信じ続けられるすごさ」

 ラジオを聴いていて、本に関する話題になるとメモを取ろうという姿勢になる。  その時は、リスナーからの日常的な出来事の中で、ある作品と出会ったというような言い方で、小説の題名が出てきていた。リスナーは女性のようで、その上、その作品は若い人に評価されていて、ということを知り、自分は若くないけれど読んでみたら、とても素晴らしかった、という内容だった。  若い女性が支持する作品は、若くなくて男性の私からは、たぶん、最も遠く、通常モードで暮らしていると、読む機会はないのだと思った

読書感想 『ネットはなぜいつも揉めているのか』-----「争いの必然性」

 インターネットを、「ネット」と言うのにまだ少し恥ずかしさがあるのは、今もSNSを日常的に利用している感触がないからだ。  このnoteも、SNSなのかもしれないけれど、他のシステムと比べると平和ではないか、という評判を見て、やっと始めたくらいだった。XがTwitterという名前だった頃は、何十人かのツイートを「お気に入り」に登録して、時々見るくらいだったけれど、確かに毎日のように「揉めている」印象だった。もし、ここに参加したら、自分の中の攻撃性が嫌でも引き出されてしまうよ

読書感想 『怪物に出会った日 井上尚弥と闘うということ』  「負けた相手も主役にできるすごさ」

 羽生結弦、大谷翔平、そして井上尚弥。  スポーツの世界で、日本から、これまで存在しないような突出したプレーヤーが一気に現れ始めた。それも、それほど関心がない人間にまで、その凄さが届きやすく、しかも少し古い表現になるとは思うが、心技体のバランスが良く、欠点が見当たりにくい、という共通点もある。  個人的には、日本という国自体が衰退していく分だけ、特定の個人に才能が凝縮するような傾向になっているのかもしれない、と根拠のない印象を抱いたりもしているのだけど、このアスリートたち

読書感想 『ハンチバック』  「受け止めきれない怒り」

 2023年の芥川賞受賞作は、ニュースなどで知っていた。重度障害者では初めての受賞だと報道された。  そう指摘されて、普段、本当に考えていないことに気がついた。  そして、そうした受賞時の言葉にまで、これだけの力をこめられることはすごいのだと思ったのだけど、それは、自分も含めた社会の環境を考えると、やはり「2023年になって初めて」なのは、とても遅くて、問題なのだろうと思った。  読む前に、多少、心が構えてしまった。  それ自体が、いろいろな意味で問題があることなのは

読書感想 『人を動かすナラティブ なぜ、あの「語り」に惑わされるのか』       「気持ちを動かす技術の凄さと怖さ」

 陰謀論、という言葉をよく聞くようになった。  さらには、親がネトウヨになってしまった、というエピソードも目にする頻度が増えてきたように思う。  どうして、信じてしまうのだろう?と思ったりもするけれど、そこで、ここ10年ほどで「動画」という要素の重要性が急速に増していることに気づくし、同時に、人を信じさせる技術が想像以上に進歩しているのではないか、といったことも漠然と不安とともに感じていた。  その方法の怖さや凄さを、今回、紹介する書籍によって改めて少し具体的に知ること

読書感想 『パパ活女子』 中村淳彦 「いまの時代の“常識”」

 おそらく自分自身は、経済活動が不活発だからだろうし、コロナ禍になる前からも家にいることが多いせいか、「パパ活」という言葉を知るのも遅かった。最初に聞いた時は、1990年代に盛んに聞いた「援助交際」の21世紀版だと思っていた。  どちらにも自分自身に関わりがないと、ただ遠い出来事のように思っていて、同時に、自分の知識を基準に考えると、「パパ活」も言われるほど多くないのではないかとも勝手に想像していた。  ただ本を読んだだけに過ぎないけれど、それだけでも、自分がどれだけ無知

読書感想 『信仰』 村田沙耶香  「受容と排除の凄さと怖さ」

 それまで知らなかったのに、芥川賞を受賞したことで注目をされたことで、恥ずかしながら初めて知って、「コンビニ人間」を読んで、すごい作家だと思った。人は理解される方が奇跡的ではないか、といったことを、感じた気がした。  その人が「信仰」というタイトルで小説を出したことだけで、読みたいと思えた。とはいっても、それほど熱心でなく申し訳ないのだけど、図書館で予約をした。手元に届くまでに5ヶ月がかかった。 (※ここから先は、小説の内容にも触れます。未読の方で、何の情報もなく読みたい

読書感想   『おらおらでひとりいぐも』 「孤独の多面性。老いのその先」

 この作品が、芥川賞を受賞したときのニュースは覚えている。  かなりの高年齢になってからの受賞で話題になった。  だけど、このタイトルで、方言なのは分かるので、生まれた場所を中心にすえた話だと勝手に思って、なんだか敬遠していた。 『おらおらでひとりいぐも』 若竹千佐子 芥川賞受賞は、翌2018年だから、単行本の初版では、そのことは書いていない。改めて経歴を見ると、自分のイメージよりは意外と最近の受賞で、しかも、自分が無知なだけだけど、映画化までされていた。  先に妻が

読書感想 『遅いインターネット』 宇野常寛  「これからのオーソドックス」

 宇野常寛が、久しぶりにラジオで語っているのを聞いた。  考えたら、宇野氏は、ラジオでレギュラー番組を持っていたし、ワイドショーのコメンテーターまで務めていた時代があったことを思い出し、その発言も気になっていたし、最近の著作を読んでいないことに気づき、失礼ながら改めて読もうと思った。 『遅いインターネット』  宇野常寛  これまでの30年の日本がダメだという指摘は、とてもたくさんされてきて、ただ、それは、おそらくは、この30年だけではなく、その前から続いてきたことだったし

『海をあげる』 上間陽子 「正確で切実で鮮やかな日常」

 著者の本業(こういう表現も少し違うかもしれないが)は、大学の教員であり、研究者である。  同じ著者の別の著作(「裸足で逃げる」)を読んで、こんなに「見えている」人が、大学の先生でもあることに、今、もしも自分がノンフィクションの職業的なライターだったしたら、そんな比較は意味がないとしても、とても敵わないのではないかと感じたりもした。  そして、この本は、著者の「目の前の日々」のことを書いたものだけど、著者自身の気持ちの変化も正確に鮮やかに描かれていることで、読者にも、切実

読書感想 『ぜんぶ運命だったんかい おじさん社会と女子の一生』 笛美 「気づいたあとも、踏みとどまり、戦い続ける記録」

 その出来事はニュースで知った。  一人のツイートから始まったことが、政策に影響を与えたのではないか、という話だった。  それは、自分からはとても遠かった。  その「笛美」と名乗る女性が本を書いたこともラジオで知った。  その内容について話されている言葉も聞いた。  それは、自分とは縁が薄い話に感じた。 『ぜんぶ運命だったんかい おじさん社会と女子の一生』 笛美   読んだら、読む前に抱いていた印象とは、まったく違った。  自分が昭和生まれの男性で、この著者の困難に対し

読書感想 『「利他」とは何か』 「世界を存続させるための出発点」

 少し前まで「偽善」という言葉と「利他」はセットのように見えていたし、日常とは違う場所で、どこかエリをただして聞く言葉のように思えていた。  それが、完全に変わったのは、コロナ禍からだった。  今はデルタ株の感染拡大によって、様相は変わってきたものの、初期の情報では、特に若い世代は感染しても無症状、もしくは軽症のことが多いと言われていた。  しかも、マスクは自分自身が感染しないため、には効果が薄く、誰かに感染させないためにしていることになるらしい。そう考えると、自身の近く