マガジンのカバー画像

読書感想(おちまこと)

252
読んだ本の感想を書いています。
運営しているクリエイター

2021年6月の記事一覧

読書感想 『スター』 朝井リョウ 「素直な才能」

 自然に「才能」がある人が、特に若い層に増えてきた気がする。  それは、もちろん、工夫や努力は怠らないのは前提としても、無駄な力みや深刻ぶることもなく力を発揮するが、その能力は「与えられたもの」という感覚があるせいか、いい気になっているような感じもしない。  実は、これまでにないような凄い存在のように思う。  小説家も、そんなタイプが増えてきたように思えるのだけど、朝井リョウは、そういう流れの中で、もっとも早く登場した存在かもしれない。  最初に注目されたのは「桐島、

読書感想 『エデュケーション 大学は私の人生を変えた』  「“教育”の怖さと凄さ」

 この作品は、読む前に抱いていた自分のイメージを完全に超えた。  ラジオかどこかで、この本の評判を聞いた。  子供の頃、教育を受けない過酷な環境で育った女性が、大学に入って、それまでの人生を変えた話であること。オバマ元・アメリカ大統領が絶賛したらしいこと。  そんな話を断片的に聞き、勝手に頭の中で、ある種の「サクセスストーリー」を作り上げていた。  タイトルと、表紙も、そのイメージを補強するものだった。 「エデュケーション 大学は私の人生を変えた」 タラ・ウェストーバー

読書感想 『うたうおばけ』 くどうれいん 「見えているのに見えていないこと」

 くどうれいんは、1994年生まれだから、20代後半。  若いと思ってしまうのは、自分が歳をとったからで、自分自身が20代後半の時には、もうすぐ30だと焦っていた事を思い出す。  そうした切迫感を増大させてしまうのは、同世代の才能がある人たちで、だから、今の20代にとっては、くどうれいんのような存在は、強い共感と同時に、焦りも高めてしまうような人かもしれないと思った。  ラジオを聞いていて、とても文章がうまく、面白い、というストレートな評価を、熱を持って語っている人がいた

読書感想 『ペストの記憶』 「繰り返される“歴史”と“感染症”」

 ペストの大規模な感染で、とても大勢の人が亡くなったこと。  それは、これまでは完全に「歴史上の出来事」として、時間的なことだけでなく、気持ちとしても、とても遠いことに感じていた。  自分が無知であるだけでなく、おそらくは他の多数の人にとっても、「感染病」は過去のもののようになっていたせいも大きいと思う。  その感覚が大きく変わったのは、今も続くコロナ禍が本格化した昨年くらいからで、17世紀のペストの流行に対して、興味も関心も近くなった。それは、こちらの勝手な都合なのだけ