見出し画像

1円を笑うものは1円に泣く


おはようございます!
(書き始めたのが朝でした☀️)

夜明けが早くなってきたので、朝の体が楽になってきた気がする今日この頃です。
太陽がのぼってくる直前の、濃いオレンジと清々しい水色や深い青のコントラストが見れると、なんだか気分が上がります。

まだまだ寒暖差が激しいですが、この時期は特に体調管理に注力していきたいと思います。


さて、とある日の事。

仕事から帰宅すると、義父が次女(7才)に声をかけて、何やらかさばる小銭を渡していました。

次女「パパ。じぃじに10円玉たくさんもらった!」

自分「やったじゃん😁何枚あるか数えた?」

次女「何枚か当ててみて😊」

自分「15枚くらいかな?」

次女「20枚でした!ヤッホー!!」

テンション☝️アゲアゲ☝️の次女
羨ましそうに呟く長女
「私は100円玉1枚だった〜」
(いつもらったの😅)


すると次女がこんな事を言ってきた
「あのね。この間、ねぇね達とコンビニ行った時、お菓子を買ったんだけど、お金が足りなくて一瞬焦ったの💦でも、持ってた1円玉を出してたらなんとか足りた!」

自分「おぉ。そりゃぁ良かったね😁1円玉たくさん持ってて良かったな!」

次女「このまえ、1円玉数えたら51枚あったよ🤭」



キャッシュレス決済が進む昨今。
自分もほぼ現金を使わなくなってきた。

1円玉、5円玉の存在価値が変わってきている。
すでに発行されていない硬貨でもあるし、どんどん追いやられていくのだろうか。
でも、自分も小さい頃はすごく溜めていた記憶がある。(今でも専用貯金箱に貯めています笑)


大人にとっては使う機会が減りつつある。
子供にとっては貯めれば立派なお小遣い。
いきなりキャッシュレス決済を教えてしまうと、小銭の存在を大事にしなくなるのも何か嫌な気がする。

今はコツコツと貯めて大事に使っている子供を見ると、やはりこういう経験は大切だと思う。


キャッシュレス決済が進むにつれ、あまり触れる機会が少なくなった『貨幣』の存在。
お金の存在価値が変わってきたのかと思ってしまう。

お金で得られる物やモノの有り難みを、忘れない様に気をつけていきたいと、無邪気な7才の子供を見て改めて思った。


みなさんは、現金派ですか?キャッシュレス派ですか?

いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集