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遺骨片手に岸田奈美

 今朝、自宅を出るときに母が「これ、電車で読むにはちょうどいいよ。」と言って、岸田奈美さんの『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった+かきたし』を渡してきた。
 そういえば昨日、従妹が「まみは、岸田奈美さんっぽいと思う。」と言っていたのを思い出し、「ありがと。」と言って受け取り家を出た。

 足取りは重かったし、出来たら漫画とか気晴らしになるものがいいんだけどな、と普段エッセイを読まない私は失礼にも思ってたんだけど。世田谷から千葉県市川市は地の果ての様に感じられ、携帯の充電も気になったので、電車の中でそのエッセイを読み始めた。
 話を読んでいるうちに、ああ確かにこの人の思考とか経験とかって自分と似てるなと感じつつ、気になるのはこのやけに多い1人ボケツッコミと例えの独特さ。じわる親近感www
 「赤べこ」って何なん?とか思っていたら市川の駅に着いた。

 後払い式のバスが久しぶりすぎた私は、運転主さんに「あの、障がい者割引は使えますか?あの、どこで支払えば、、、。」と歯切れの悪い質問をしてしまい、尚且つ降りる場所で降りそびれたりして、まったく上の空だった。なんてこった、今日は遅れるわけにいかないのに。
 
 こんなアッツイ日に外になんて出るもんじゃない。汗を滝のように流しながらやっとたどり着いた市川市役所の生活支援課では、生活保護の職員さんと利用者さんらしきおっちゃんが押し問答を繰り広げていた。ここが生活支援課か、ドラマみてえなとこだな。と、頭の中で『すばらしき世界』の役所広司を生で観ている気分になった。
 終わりの見えない二人の会話も途中で打ち切られ、「全然分かんねぇよ。ここ来るの大変なんだよ。どうにかしてくれよ、、、。」とつぶやくおっちゃんに心の中でエールを送ったりしていたら、私の担当者の人が出迎えに来てくれた。

 今日ここに来たのは、ここの生活保護でお世話になっていた友人の遺骨を引き取るためだ。
 友人とは2年ほど前に会ったのだが、それからすぐにALS(筋萎縮性側索硬化症)という致死性の難病を患ってしまい、日本に家族もいない外国籍なので、私が施設の緊急連絡先と遺骨の受取人になることを決めた。月に2度は必ず面会に行って、私たちは本当の家族の様な存在だった。

 パーテーションで区切られた簡素な面談室で、遺言書を提出し、引き取りのサインをすると、職員さんが遺骨を持ってきてくれて、重いので駅まで送ってってくれると言う。ありがてぇありがてぇ。
 「今まで本当にお世話になりました。」と岸田さんの「赤べこ」のごとく職員さんと上司の人に頭を下げまくった。ああ、こういうことね。うん。

 駅で職員さんと別れた後、友人との思い出が湧き出るように頭の中を満たした。彼女は死んだのだ。
 悲しくはなかった。それが彼女の望みだったし、私も彼女が苦しまずに亡くなることを祈っていたから。最後の面会の3日後、施設の職員さんから亡くなった知らせをフランスで受け取ったときは、ただただ安堵感が心の中に広がった。
 でも、今こうして彼女の遺骨を手にしてみた時。あって当然の感情が後ろから私に追いついてきて、とうとう捉まれてしまった気がした。
 とてつもなく寂しい。最期はもう声すらも出せなかったけど、生きていたのに。今はもうこの無機質な箱に入った骨になってしまった。
 遺骨を入れたショルダーバックに人がぶつかる度、それがもう彼女ではないのだという実感がわいてきて、涙が滲んだ。

 バックを片手に乗った東西線で、私はふたたび岸田奈美さんの本を開いてみた。亡くなったお父さんのこと、障がい者になったお母さんのこと、ダウン症の弟さんのこと、どの話も決して軽い話題ではないのに、人生の困難をなんて軽いタッチで描くんだろうか。岸田さんのやさしい文章は、寂しさに捉まってしまった私に、彩り豊かな絵本の様に元気と笑いをくれた。
 私はもう寂しさに捉まれてはいなかった。それは一瞬の出来事だった。
 私の顔にはうっすら笑顔が浮かんでいて、ネガティブな感情は吹き飛ばされてしまった。もう大丈夫。すんげえな文字の力って。
 帰ってやるべきことをしよう。遺骨を何としてでも家族に届けよう。たくさんの楽しかった思い出と共に、頑張った彼女の最期を伝えよう。これは私が選んだことだ。こんな大役を任せてもらえてよかった。本当に、最期まで信じてくれてありがとう。

 うっし!と意気揚々とかけた電話口で、大使館の職員さんに「No, you have to speak in English!!」と強い口調で言われたときには、早速心が折れそうになったけど(笑)くそう、この豆腐メンタルめ。
 でも大丈夫。手元のこのエッセイを見て気持ちを立て直せる。沈んだらまた読み直そう。心強いマジックアイテムを手に入れた気分で、勢いづいてこれを書いている。
 大丈夫。私は岸田さんみたいにスペックは高くないけど、経験なら負けないほどある。今まで生きてこられたんだから、これからも何とかなる。

 今日読むべきエッセイだった。岸田奈美さんのエッセイを教えてくれた従妹と母に感謝!
 
 遺骨はしばらくうちの玄関に鎮座ましますことになった。


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