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重なる。【ショートショート】

 そこに近づくと途端に胸が締め付けられた。暑い夏、蝉は煩いほどに鳴き、私は静かに泣いた。
 青空の広がる公園で、目の前に吊るされた色とりどりの何万羽にもなる折り鶴が私の中に何か訴えてきているようだった。それが悲しみや怒りなのか、祈りや願いなのか、それとも感謝なのかよく分からなかった。とにかく渦を巻くように、波が立つように、自分が何かに呑み込まれるような感覚に陥った。

「大丈夫かい」
 近くに居た年配の男性に声をかけられた。作業着のような服装で帽子を被っている。
「ここは貰いやすいからね」
 そう言って男性は吊るされている折り鶴の束をいくつか手にすくった。
「大丈夫です。すみません。何か自分の中に押し寄せてくる感じがしてしまって…」
 私は吊るされた折り鶴の下に置かれている単体の鶴を一つ手に取った。
「こんなに沢山あるんですね」
「そうだね、毎年一千万羽ほどの折り鶴が届くからね。どれも気持ちがこもってるから、何か感じてしまうのも当然かもしれないね。そこのベンチで少し休むといいよ」

 私は公園のベンチに座った。少し上を向くと、そこには広島の青空が広がっていて、生き生きと揺れる枝葉の隙間から木漏れ日が差し、日常を行き交う人々の姿があった。
 まるでこの街に原子爆弾が落とされたとは思えないほど、今の広島はのどかな場所だった。あの日の惨状は、壊れたまま遺された建造物や撮られた記録、そして被爆者の記憶の中にある。しかし、それは誰かが未来に繋げなければ途絶えて消える。この胸に訴えかけてきた想いの数々を私は次の誰かに繋がなければいけない。
 ポケットからチケットサイズの広告を取り出すと、それを正方形にちぎった。そうして折った鶴に込めた想いを持ってもう一度あの場所へと戻った。

「ここに置いてもいいですか」
 折り鶴を手に持ち、あの時声をかけてくれた男性に訊ねる。
「ダメなことなんてないさ、せっかく折ったんだから、置いていきなさい」
 私はそっと折り鶴を届けた。
「この鶴達は飾られた後どうなるんですか」
 男性は優しく落ち着いた、それでいてしっかりとした声で教えてくれた。
「折り鶴は一度保管された後、再生紙になる。そして、また誰かの想いを乗せて、折り鶴としてここに戻ってくる」
「巡りながら未来に想いを繋いでるんですね」
「そうだね。ただの紙かもしれないけど、そこにはこれまでの人達の想いが沢山詰まってる。きっと何よりも重い紙かもしれないね」
 男性は少し冗談を言うように軽く笑ってみせた。
「人の想いは計れませんから、きっと重いでしょうね」
 私の折り鶴と同じように、何度も沢山の人の想いが重なり折られた紙が、折り鶴としてそこにある。

 折り鶴で過去と未来と今が重なる。そして、これからも紙によって時と人とその想いが繋がっていく。
 私は静かに折り鶴に向かい手を合わせた。



【1166字】




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