3necos(ミネコス)

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ポリハレビーチまで 6)マンゴーがひとつ

大きなオークのダイニングテーブルの上に、キャスに貰ったオレンジ色のマンゴーがひとつ。 凪と一緒に滞在しているこの部屋はAir BnBで借りた。 広いリビングとキッチン、それにロフトが寝室になっている。 キッチンは外国映画で見るような広いL字型で、設備はそれなりに古いが清潔に保たれ使い勝手も悪くない。 ダイニングテーブルのマンゴーを弄びながら、私は椅子に座っていた。 凪がキッチンで料理の準備をする背中を眺めている。 「今日はスーパーで買ってきたポキと、あとはアボカドの

    • ポリハレビーチまで 5)不思議な人

      初夏の午後の光が、街路樹の葉の隙間をすり抜け降って来る。 私はところどころささくれた古いベンチに腰掛けて、自分の褪せた紺色のスニーカーに落ちる光の粒を眺めていた。 (何かに似てる) ぼんやり考えていたら、氷がグラスの中でたてる音みたいに高い澄んだ音色が頭の奥の方で聴こえた。 ああこの光の粒が踊る様は万華鏡に似ているのだ、と思う。 頬を撫でて通り過ぎる風が、隣に座る人の香水の匂いを運んでくる。 名も知らない人とこうして隣り合って座っている不思議より、束の間なつかしさ

      • ポリハレビーチまで 4)凪の視線

        カウアイ島へ一緒に旅することになったのは、不思議な関わり合いを続ける年下の友人「凪」だった。 そもそもは職場の上司と部下として出会った。 当時私は自然雑貨の店の店長で、凪は新人アルバイトだった。 ヨガの勉強を深めている最中だった凪は、入社して3ヶ月ほど経ったころ、 「そのうち1ヶ月ぐらい休みをください。アメリカにヨガのトレーニングに行きたいんです」 と願い出た。 「だったら次のシフトで行けば? 店のことはなんとかするし」 私がそう答えて実際その算段を始めると、凪

        • ポリハレビーチまで 3)カウアイ島へ

          カウアイ島への旅が決まったのは、ヨーコが死んでもうすぐ1年という頃のことだった。 たまたま仕事で長い休みをとれる時期だったことと友人がそこを訪れるタイミングが重なり、どんな島だかよく知らないままついて行くと決めたのだ。 私はヨーコの死を、まだリアルに受け入れられていなかった。 もちろん頭ではもうヨーコがこの世のどこにもいないと知っていた。 けれどふとしたときに、「これはヨーコに知らせなければ」とか「一度ヨーコにも意見をきいてみよう」と、ごく自然に考えてしまうのだった。

        ポリハレビーチまで 6)マンゴーがひとつ

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        • ポリハレビーチまで
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        記事

          ポリハレビーチまで 2)ある日の日記

          ヨーコの夢をみた。 いつものあの、穴倉みたいなヨーコの小さなバーのカウンター席に私は座っている。 店内は薄暗く、ソウルミュージックが低く流れている。 私の斜め前には、カウンターの内側の小さな椅子に腰かけてタバコを吸うヨーコがいる。 夢の中の私はヨーコが死んだことを知っていて、その顔を見つめている。 「なぁちょっと触ってもいい?」 私は幅の狭いカウンターテーブル越しに手を伸ばす。 「なんやの、急に」 ヨーコが照れたように笑う。 「いいから」 私はヨーコの腕を

          ポリハレビーチまで 2)ある日の日記

          ポリハレビーチまで 1)阪奈トンネル

          折谷ヨーコが死んだのは、2月の深夜のことだった。 (明け方にかけて冷え込みが厳しく明日は平野部でも積雪の見込みです) 今夜最後のニュースが伝えているとき、飲み仲間から着信があった。 電話の向こうの声は震えていた。 声が遠い、と感じた。 ラジオのチューニングがあまいとき、雑音に混じって聞こえてくる異国の言葉みたいに。 その声が「ヨーコが死んでしまった」という。 呑んだくれの友人はいつものようにほろ酔いでヨーコが経営するバーに向かい、規制線がはられたビルの入り口で野次

          ポリハレビーチまで 1)阪奈トンネル