【ショートショート】マニュアル【27日目】
物心がついた時からマニュアルのような人生を送ってきた。意思決定が出来ないうちに両親から人生のレールをプレゼントされ、そのレールから脱線しないことだけを考えて生きてきた。
小学校から大学までを有名私立の一貫校で過ごし、トップになるわけでもなく、かといってビリになるわけでもない成績で普通に卒業した。就職先も都内の大手一流企業に、親と学閥のコネで入り、何の苦労もせず、何も努力せず、ただ普通に、マニュアルのように、大きく成長するわけでも失敗するわけでもない選択肢を選び続けてきた。その結果、三十歳になるにもかかわらず、自分のポジションを明確に見極めることが出来ないでいる。仕事の出来る同期や後輩は、もう雲の上の存在だ
「綾瀬君。これ、やっといて」
「綾瀬さん。これ、どうすればいいですか?」
「おい綾瀬。例の資料、期限早められないか?」
毎日を兵隊のように過ごしてつまらないわけがなかった。暇で、退屈で、自分だけの人生なのに何も生産していないことへの焦りを感じて仕方がなかった。でも僕は、今の今まで冒険をしてこなかったせいで、新しい一歩を踏み出すことが出来ないでいる。でも今の人生をつまらないと言うことは出来ても、その人生を投げ出して新しいことをする勇気も僕にはなかった。
転機が訪れたのは会社の先輩が仕事を辞めた時だった。その先輩は僕の何倍も仕事が出来る人で、同じ大学だからという理由でかなり可愛いがってくれた人でもあった。
「なあ、綾瀬。俺と組まないか?」
ヘッドハンティングされたことに僕は驚いた。でもどうして僕なのかという疑問も当然あった。
「あの、どうして僕なんですか? 僕はマニュアルに書かれた通りのことしかできない人間です。これと言って特技もなければ、生産性もありません。僕以上に仕事ができる人なんて、他にもたくさんいるじゃないですか」
「たしかに、綾瀬よりも仕事ができる人間はいる。でも、綾瀬以上に正確に仕事をこなせる人間はそういない。綾瀬は自分のことをマニュアル人間だと思っているみたいだが、それはとんだ勘違いだ。定められたマニュアルをマニュアル通りにできる人間なんてな、滅多にいないんだよ。それはお前の唯一無二の武器だ。だからお前に声をかけたんだ」
何事も決められたマニュアルを守るのは当然だ。でも時と場合を考えた場合、少しだけ破ることも必要だと思った。
僕はマニュアルのような人生を、少しだけ破ろうと思った。
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