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【ショートショート】悪いこと
給食を食べ終えた後の五時間目はいつも眠い。特にカレーが出た日はそれが顕著だ。その証拠に、お腹が満たされたことへの満足感と教室に差しこんでくるやわらかい陽の光のせいで、クラスの半分以上が頭の安定を失っている。特に男子はほとんど安定していない。今このクラスでまともに授業を聞いているのは、多分十人もいないだろう。
そんなごくありふれた教室の中で、私は悪いことをしようとしていた。本当はやっちゃいけないことだってわかっているのに、もう禁断症状が限界を迎えていて、今やらなきゃまともに授業を聞くことができない状態にまで陥っている。
もう我慢できない。
そう思って、私はブレザーのポケットに手を入れた。目当てのものはすぐに掴むことができた。これだけで胸のドキドキが早くなった。きっとこのクラスの誰も、先生でさえも、生徒会に入って毎日真面目な生活を送っている私が、これから悪いことをしようとしているなんて思っていないはずだ。
私はもう一度廻りを見た。こちらに視線を向けている人は一人もいない。先生も黒板への番所に夢中でこちらを見ていない。
やるなら、今しかない。
私は覚悟を決めて、ポケットからそっと花柄模様のハンカチを取り出した。そして四つ折りにしてあるハンカチを半分開いて、鼻に近づけた。
ほのかに香る金木犀の香りが、私の鼻孔をくすぐった。
香水を滲み込ませたハンカチを私は存分に嗅いだ。本当なら堂々と体につけたいのだけど、校則が厳しくてそれはできない。一部の生徒はそれでも体につけたりしているけど、私にはこれが精いっぱいだ。
でも、この瞬間がたまらなくて仕方がない。学校に不必要なものを持ってきてはいけないという校則の網を、ハンカチを使うことで掻い潜り、バレるかバレないかの緊張を味わいながら、大好きな香りを堪能する。これは本当に悪いことだ。
そして悪いことをしていると自覚している分、達成した時の快感が大きいので、余計に辞められなくなってしまう。もしバレたりでもしたら、きっと生徒会を辞めさせられて、先生からの評価も下がるだろう。
「てなわけで、っておい、お前ら起きろよ!」
急に振り向いた先生が教卓を叩いた。私は反射的にハンカチを机の上に置いた。けど先生は少し注意をするだけで、また板書に夢中になった。
未だにドキドキしている心臓は、これまで感じたことがないぐらいに、癖になりそうなほど高鳴っていた。
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