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【ショートショート】正義感の強い男

 僕は今、猛烈に緊張している。なぜなら、絶対に声をかけたくないヤの人に啖呵を切ってしまったからだ。どうしてそんな無謀なことをしたのかというと、クラスメイトの岡本綾香さんが、そのヤの人に声をかけられて、車に乗り込もうとしていたからだ。

「お、岡本さん。い、今なら大丈夫だから。ぼ、僕のことはいいから、は、早く逃げて!」

「ちょっとさあ、そういうのマジうざいんだけど。なんであんたにそんなこと言われないといけないワケ?」

「ぼ、ぼぼぼ僕は、同じクラスメイトとして、お、岡本さんのピンチを、見逃すことができないから!」

「はあ……うっざ」

 岡本さんはものすごくウザそうにしていた。もしかしたら嫌われたかもしれない。でも僕が嫌われることで彼女が助かるなら、それで構わないと思った。

「おい、小僧」

 ヤの人が話しかけてきた。その一言だけで僕は震え上がって、膝が笑い始めた。

「威勢よくワシに啖呵切ったのは褒めてやる。ただな、その威勢だけでワシに勝てると思ってるんか。あ?」

「ちょっと、こんな奴にかまってないで早く行こうよ」

「綾香は黙っとらんかい! 今、ワシはこの小僧と会話しとる」

 ドスの効いた低い声で、ヤの人が岡本さんを脅した。それだけで僕は戦意を失いかけた。

 逃げたい。今すぐにでも逃げたい。でも膝が震えて脚が言うことを聞いてくれない。

「そんなにビビッて、綾香のこと守れるんか。お?」

「ぼ、僕は、確かにビビリです。でも……でも……っ! 僕はそれでも岡本さんを守ります! あなたに殴られようが蹴られようが、それでも岡本さんを守ります!」

「なんでそこまでするんだ。ただのクラスメイトだろ?」

「お、岡本さんのことが好きだからです!」

 ヤの人がにやりと笑った。

「こんなじゃじゃ馬娘を好きになるもの好きがいるなんて、大したもんだ。よし、合格だ。綾香はお前に預ける」

「へ?」

「こんなこと言われたんじゃ、楽しくデートなんてできんわ」

「ちょっとパパ! 何言ってるのよ! 何で私がこんな男と付き合わなきゃいけないの! それに今日は服買ってくれるって約束だったじゃない!」

「いいか綾香。この子は正義感の強い男だ。こんな男、めったにいないぞ。だから試しに付き合ってみなさい」

「嫌よ! パパぐらい正義感の強い刑事じゃなきゃ、私絶対にイヤ!」

 岡本さんのお父さんが僕の肩を叩いた。

「少年よ。この先、大変だぞ」

 僕は腰が抜けて、しばらくその場から動けなかった。



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