【ショートショート】執着心【32日目】
俺は誰にも負けない執着心を持っている。それは俺の原動力でもある。
幼いころから漫画家になりたいと思っていた俺は、その執着心だけで作品を書き続けた。そして高校生の時に書いた漫画が、ある少年誌主催の漫画賞で大賞を取った。その時にもらった記念品の盾は、俺の宝物だ。
大賞を受賞したので俺の進路先は自然と漫画家になった。精力的に作品を書き続けたおかげで、一年後には連載を持つまでになっていた。漫画家としての拍もつき、印税もたんまり入るようになった。
だけど金の余裕が心の余裕を生んだせいで、俺は次第に作品を作らなくなっていった。「アイデアが浮かばない」「今日は気分じゃない」というサボる言い訳ばかりを作り、編集者に何かを言われたら印籠のように記念盾を振りかざした。
サボって出来た時間は金と酒と女で溶かした。毎日のように飲み歩き、キャバクラや風俗に行き、中身のない女で自分の自尊心を守った。そんな生活を送っていたから、編集者からは毎日のように怒鳴られた。
「どうするんですか先生。このままじゃ打ち切りですよ」
「ああ、わかってるよ」
「わかってないから打ち切りって話が出てるんでしょう!」
「アイデアが振ってこないんだから仕方ねえだろ!」
「そうやって逃げる言い訳ばかりしてるから、漫画が描けなくなるんじゃないですか!」
「うるせえ、黙れ! 俺は大賞を取ったんだぞ! 売れる漫画の一つや二つ、すぐに描いてやるよ!」
俺は目の前の惰性と怠惰のために編集者の言葉を無視した。金はたんまりあるし、もし打ち切られてもどうにかなると思った。
結局連載していた漫画は打ち切りになった。別の雑誌ですぐにまた連載を取らせてもらえたが、それも三ヶ月で打ち切りにあった。気がついた時には漫画の仕事はなにもなくなっていた。
このままではいけないと思いペンを取っても、長年の怠惰が邪魔をして描けるものも描けなくなっていた。目減りしていく貯金に恐怖を抱くようになってからは、過去の栄光に縋るように記念盾を見て自尊心を取り戻し、日々の恐怖を和らげるための酒に溺れ続けた。
今、俺の手には大賞を取った時の記念盾が握られている。俺の漫画への執着心を象徴し、また大事な宝物でもあるあの記念盾だ。この盾のおかげで、いい生活が送られて、仕事もたくさんもらって、金と酒と女にも溺れて、死にたくなっても再起を誓えた。
俺は過去への執着心を消すように、大きく振りかぶって投げた。
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