【ショートショート】夢幻泡影【31日目】
幼稚園から大学までを一緒に過ごした幼馴染が車にはねられて死んだ。その知らせを受け取ったのは午前二時頃で、俺はまだ会社にいた。
初めは何かの冗談だと思った。幼馴染はまだ二十五歳だ。死ぬなんて、考えたこともなかった。
翌朝、クソみたいな上司に土下座してまで有給を申請したが当然のように却下された。葬式に行きたいならクビだとさえ言われた。だからその場で荷物をまとめて会社を出た。後ろで上司が何か言っていたが俺は無視した。
葬式は幼馴染の実家で行われた。焼香の時に幼馴染の顔を見ようと思っていたが、蓋が締められており見ることは出来なかった。
そういえば、こいつと最後に顔を合わせたのはいつだっただろうか。つい先日、幼馴染から飲みに行かないかと誘いが来たが、それは仕事が忙しいからという理由で断った。その前にも誘いが来ていたが、それも断った。俺は近いようで遠い記憶を懸命に掘り起こした。そして最後に会ったのが、大学の卒業式だということを思い出した。後悔先に立たずとはこういう時の言葉かと、俺は知りたくもない現実を噛みしめながら思った。
走り抜けるように葬式が終わり、家に帰ってから久々にスマホの電源を入れた。見たことのないメールの数と上司からの不在着信で溢れていた。
少し前の俺なら、上司の罵倒と精神的攻撃を覚悟して、反吐が出る思いですぐに折り返していた。反抗する勇気などこれっぽっちもなかった。それだけ、俺は会社に支配されていた。
でも今の俺は違う。
俺は会社からの連絡をすべて無視することにした。
部屋のカーテンを開けると、眩いオレンジ色の夕陽が目に飛び込んできた。久々に見る夕陽を見て、俺は素直に綺麗だなと思った。
もっと早くこうするべきだった。人生は夢幻泡影だ。あっという間にすべてが終わる。だからもっと好きに生きるべきなのだ。幼馴染の死がきっかけで気づかされたことが、とても皮肉に思えた。
新たな人生の門出を祝うべく、俺は久々に外食することにした。
幹線道を渡った先にあるチェーンのレストランに向かうため、俺は信号が青になったことを確認してから横断歩道を渡った。そして横から強い衝撃に襲われた。
「ああ、夢幻泡影……」
辞世の句をつぶやき終わると、高く舞い上がった俺の体が地面に叩きつけられ、視界が真っ暗になった。
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