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【ショートショート】熱源【28日目】

 熱源ねつげんが壊れた。

 ビル全体の設備を監視しているパソコンからは絶えず警報音が鳴っている。熱源が壊れると、このビル全体に設置されているエアコンや空調の冷暖房が使えなくなり、全てが送風運転になってしまうので、俺は真夜中なのに現場確認をしに行く羽目になった。

 できることなら今日はゆっくりしたかった。バンド活動でメジャーデビューを夢見ていたが、方向性の食い違いや家庭を持つメンバーが出たりしたことで、昨日、解散が決定したのだ。俺は最後までバンド活動をしたいと訴えた。だけど俺に賛同してくれるメンバーは一人もいなかった。

「正直面倒くせえんだよ。売れもしねえのに、せこせこ集まって音合わせすることに何の意味があるんだよ」

「でも話し合って決めたことだろ!」

「何年前の話だよ。もう五年以上前の話だろ。この五年で俺たちは変わったんだよ。家庭を持ったり、仕事についたり。いつまでも学生気分じゃいられねえんだよ」

 メンバーの言葉に反論できなかった俺は、その場で解散することを了承せざるを得なかった。

 ただ、バンド活動のために犠牲を払ったのは俺も同じだ。新卒カードを捨ててフリーターの道を選び、二十八歳になったにもかかわらず、定職に就いたことは一度もない。夢を追うのだから普通の人生を歩む資格はないと自分に言い聞かせ、アルバイトで箱代を稼ぎ、生活費を切り詰めて、バンド活動のためにと、たくさん我慢してきた。それがこんな形で終わるなんて思ってもいなかったから、気持ちの整理もまったくついていない。

 作業着に着替えた俺は、必要な道具を持ち、現場に急行した。熱源室と書かれた扉を開いて、熱源機の所まで小走りで向かう。壊れた熱源のディスプレイを覗くと、今まで見たことのないエラーが出ていた。

 手始めにリセットボタンを押してみたがダメだった。再起動しても結果は同じだった。何をしてもダメなので、俺は電話で本部に報告した。

「ああ、そのエラーが出たらもうダメだね。長いこと使っているから、きっとガタが来たんだろう。しょうがないよ」

「そうですか……」

「もう一台の熱源は大丈夫?」

「あ、今見ますね」

 熱源機は二台設置されているので、俺はもう一台の熱源機のパネルを見た。

「もう一台は大丈夫です。エラーも出てません」

「そっか。それは良かった。とりあえず熱は作れそうだな。ありがとう。戻ってきていいよ」

 俺は電話を切り、その後しばらく二台の熱源を交互に見続けた。



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