【ショートショート】引退会見
今日、一人の野球選手が引退会見を開いた。その選手はドラフト六位でプロ入りし、三年目に一度戦力外通知を受け、それでも諦めずにトライアウトで復活し、不器用ながら五年目に覚醒して、約二十年のプロ生活を送ったレジェンド選手だ。そして、私が子供の時から憧れていた選手でもある。
そんな偉大なる野球選手の引退会見に私は運よく入ることができた。正直、この日のために記者になったといっても過言ではない。この会見が終われば記者を辞めても構わないとさえ思っている。
「それではこれから秋田誠選手の引退会見を始めます」
司会進行の合図で秋田選手が会場に入って来た。一斉にカメラのフラッシュがたかれ、白い光で会場が包まる。そして引退会見がはじまった。
「引退を決めたきっかけは何ですか?」
「年齢ですね。流石にこれ以上自分のエゴでチームに迷惑はかけられません」
「秋田選手は一度戦力外を受けていますよね。それでもプロで生き抜いた秘訣は?」
「常に背水の陣で野球に打ち込んだことと、自分の強みを見つけられたことです」
「現役生活中はその強みを極秘事項と言って黙秘していましたが、今回の引退でその強みは教えてもらえるのでしょうか」
「ええ、いいですよ。私の強みは……相手の癖を見抜くことでした。殆どの選手が気づかないほどの、ほんの些細な癖をね。それを活かしきれたから、今日まで打ててこられたわけですよ。でもいくら癖を見抜けてもね、やっぱり年には勝てませんでした」
最後は悲壮感を交えて言い終えた。やはり、まだ現役を続けたかったのだろうか。
その後も会見は続き、記者からの質問も出尽くしたところで私は手を挙げた。
「○×スポーツの秋田といいます。現役生活二十年、本当にお疲れさまです。戦力外を受けた後、家族と別れて背水の陣で野球に打ち込んできたプロ生活だと思いますが、その家族に向けて何か一言ありますか?」
「……!」
「別れた奥様に対しては引退したら必ず戻ると言っていたそうですね。でも子供に恨まれているから帰りづらい、とも。実は、その子供にも事前に取材をしまして、あの時のことを謝りたいと言っていました。そしてできることなら、引退後はまた家族で過ごしたいとも言っていました」
「……」
「一言……お願いします」
「本当に……ありがとう」
その後会場は涙に包まれ、偉大な野球選手は「もう悔いはありません」と引退宣言した。
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