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人のやさしさで悲しみが薄れていく
数日前、可愛がっていた黒猫を(恐らく腎不全)で亡くした。
我が家の猫3匹の中で、一番年上なのは白猫(11歳)だったので、そちらの健康状態にばかり気を取られていて、具合が悪くなった時は恐らくもう末期だったのだと思われる。
すぐに病院に行き、症状を抑える薬をもらい、
血液検査の結果が出てからもう一度病院に行って、
数日間様子を見た後、
弱ってしまったがこれなら点滴を受けられるか?と思い、
再度、病院に連れて行ったが、
「かえって苦しむから」と、点滴の代わりに痛み止めを打ち、
病院から帰り道で虹の橋を渡ってしまっていた。
具合が悪いかな?と思ってから虹の橋を渡るまで、たったの一週間だった。
もっと早く気付けば、とか
自分が怪我してももっと治療すれば、とか、
後悔する気持ちはもちろんあるが、
多分、どれも焼け石に水に過ぎず、数日の違いだったのだろうと思う。
黒猫はもう痛くない、苦しくないんだ、と信じたい、今は。
幸いと言うかなんと言うか、黒猫が亡くなったのは、ちょうど3連休の真ん中だった。
亡くなったのも真昼で、友人が埋葬を手配してくれたため、その日の午後にはあっという間に埋葬が済んで、大きなケージを抱えて一人で家に戻って来てしまった。
夏の始まりの、天気の良い、暑い日だった。
午前中に病院から黒猫の遺体を連れて戻ってきた時はケージが妙に重く感じたが、埋葬が終わった後のケージは異様なほどに軽かった。
色々と片づけたいのだが、何から始めたらいいのか分からず、あれこれと右から左に移動したりするだけで、部屋は全然片付かない。
何もしたくなくて、全てをそのままにして、近くの酒屋に行ってワインを買って来た。
最近は節約と健康の為にあまり飲んでいなかったし、悲しい時には飲まない主義なのだが、この日はなんとなく飲みたくなった。
思ったより安いワインが手に入り、つい2本買ってしまった。
ちびちび飲もうと思ったのだが、久しぶりでかなり軽いワインだったのでジュース感覚でついつい飲んでしまい、結局夜にはボトルを空にしてしまった。
(注:いつもはボトル2/3ぐらいで止める様にしている。)
そしてそのまま眠ってしまったらしく、次の朝は6時前ぐらいに目が覚めた。
黒猫が亡くなったからって、せっかくの連休をだらだらめそめそしたくなかったので、一度は起きて着替えたのだが、なんかヘンだった。
あれだけ飲んだくせに二日酔いではなかった。
食べすぎだからお腹はぱんぱんだけれども、
そうではなくって、なんとなく熱い。
それに体の節々が痛い。
3連休を無駄に過ごしたくはなかったのだが、しばらく逡巡して心の声を聞き・体の状態を感じた後、再び着替えてベッドに戻った。
なんとなく心の声は「休め」と言っていた気がした。
結局その日は熱を出してしまい、一日中寝ていた。
お腹も空かないので、ひたすら寝て、時々起きては、思い出した様に水を飲み、また寝る。
文字通り(ほぼ)24時間を寝て過ごした。
次の日は月曜日だった。
幸い熱は下がったのだが、体はだるかったし、正直仕事をサボりたくて仕方がなかった。
だけど、今月は既に1日休んでしまっているし、家にいたらずっと黒猫が亡くなった事を思い出しては泣いているだけだろうと思ったので、無理して仕事に行くことにした。
忙しくしていたら少しは気がまぎれるだろうか、そう思いながら。
外に出れば無意識のうちに仮面をつけられるのか、少しはしゃんとしていられた気がするが、それでも時々、ポロリと仮面が外れる瞬間がある。
黒猫の病気の事を教えていた友人達には報告していたため、優しいお悔やみの言葉が返ってきていた。
それを見てしまうと、ほっとする様な気持ちになるが、同時に蓋をしていた悲しみが突然あふれ出て、オフィスにいても涙が出るのを止められず、慌ててトイレに駆け込んだりした。
優しくされると涙が出る、ってホントだなと思う。
その日は腕やふくらはぎにあるかさぶたを、間違って何度かひっかいてはがしてしまった。
それは黒猫に薬をあげる時に抵抗されてできた傷なのだが、かさぶたになって治りかけているところだった。ぼんやりしていうちにひっかいてしまい、かさぶたをはがして血を出してしまった。
ちょっと、オレの事忘れてないだろうにゃ?
って言われている様な気になって、これもほろりとさせられた。
リマインドしに来るのが早すぎるよ。まだずっと泣きたいぐらいなのに笑
やっとの事で一日を終えて家に帰ると、黒猫がまだ治療していた時にアドバイスもらっていた友人のひとりからメッセージが来ていた。
「残念でしたね。でもきっと向こうで幸せに暮らしていますよ」
これは猫を飼っていた人が全員、そう願ってお互いに掛け合う言葉なんだろうな、と思う。
そう思わないと、つい自分を責めてしまいそうになるのだろう。
「おかげでうちの子の健康意識を高める良い機会になったので、この前紹介した健康食品を試してみようかな、と思います。」と続いた。
なんか、ふっと笑顔になれた自分がいた。
こうやって猫好き同士がつながっていれば、うちの子はダメでも、他の子は元気でいられるかもしれない。一匹でも多くの猫が救われればいいし、そしたらきっと良い結果が生まれるんだ、と頭のどこかで思った。
黒猫が亡くなってから初めて自然に出た笑顔だったかもしれない。
友人が言っている健康食品はこちらの事
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火曜日になって、少し自分でも回復してきたのが分かった。
朝ごはんも少しだけど食べれたし、毎朝のトイレ掃除も床掃除も、ゴミ集めもいつも通りできた。
なので、病気の事を知らせていなかった人たちにも、黒猫が亡くなった事を知らせる事にした。
実は黒猫には子供が3匹いるのだが、そのうちの1匹(黒猫にそっくり、笑)を引き取ってくれた人はショックを隠せない様だった。
「ええ!!だからうちの子はここ何日か様子がおかしかったんだ。。。」
(親子だから精神的につながっている、と言いたい。)
その人は本当にショックを隠せない様で、また年齢差があまりない自分の子(黒猫の子供=以降はプチ黒猫と呼ぶ)にも同じ事が起こるかもしれないと恐れていた。
腎不全は(今は)猫の宿命に近い病気なので、何も約束はできないけど、定期的に血液検査に連れて行ってあげて欲しい、と伝えた。
このプチ黒猫はこの人の家に貰われて、家族全員に溺愛されている。大家族なので、家に必ず誰かがいるので、一人で寂しい思いをすることもない。
本当にこの家の子にしてもらってよかったな、と私も心から思っている。
黒猫が亡くなった事をこんなに悲しんでくれる人が家族以外にもいて、
その血を受け継いだプチ黒猫はこんなにもたくさんの愛情を注いでもらっている。
彼女の言葉を聞いた時に、自分の悲しみが、少しだけ砂糖菓子の様に溶けていくような気持ちがしたのだった。
黒猫の写真を見ると、まだ苦しいし涙が出そうになる。
けれど、これからは悲しみは薄れていって、きっとかわいかった思い出だけが残っていくのだろうと思う。
そんな時が来るまで無理する事はないけれども、こうやって周りのみんなの優しい言葉や、猫を想う気持ちに、こんなにも救われている事に感謝したい気持ちになった。
黒猫は、今は新しい模様を選ぶ前で真っ白かな?
天国でものんびりごろりと昼寝してるのだと思いたい。
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