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明かりを灯す

「ああ、歌がうまれ出る時は、歌が、閉じこまった魂の隙間からすすすっと漏れ出てくるようで………」

7年前に生み出された言葉に魅せられる。感銘を受ける。
それは、何億光年も前にあった、星の光を集める、人間の営みに限りなく近いように感じる。

ここ最近は、音楽家 高木正勝さんの著書、『こといづ』を毎日数ページずつ、大切に、大切に読んでいます。「読んでいる」というよりは、「感じている」といった表現のほうがしっくりくるのかもしれない。

音を紡ぎだすように、言葉を生み出す高木さんのエッセイには、暮らしのこと、音楽のこと、自然のこと、五感のこと、あらゆる視点から、彼の感じた宇宙が描かれている。そんな彼の本からは、改めて言葉の力について考えさせられた。
この陽だまりのような言葉で綴られた『こといづ』について、そして、彼のつくる草木が歌っているような、風が踊っているような音楽について、山ほど語りたいことはあるのだけれど、今回はひとつ、彼のおかげで感じた言葉の力について、記憶に刻もうと思う。

この言葉を見た今日は、2021年。それに対して、この言葉は2014年に生み出されているのだ。ああ。ふとした瞬間に湧き出てくる一音一音は、自分では気が付かないうちに、誰かの心にぽっと明かりを灯すことがあるんだなと思う。そしてその明かりは、ずっと歩き続けてきた行き先の見えない山道で、ぽつりと暖炉のある小屋を見つけるように、数年後に灯ることだってある。

何を言いたいかは分からないんだ。
ただ、そんな風に言葉を分かち合うことごできる、にんげんに生まれたことに、ふつふつと喜びが込み上げてくる。

私は心から言葉が湧き出てくるような瞬間がどれだけあるんだろう。その瞬間にピタッとパズルのピースが当てはまるように生み出される音にどれだけ出会ってるんだろう。

ボキャブラリーが圧倒的に足りないように思う。この感情をなんて表現したらいいのか分からないことが多すぎる。この色の名前を知りたいと思う瞬間が今まで数え切れないくらいあった。
それでも、歳を重ねるごとに、伝えたい瞬間に伝えたい表現で言葉を紡ぐ瞬間が増えたように思う。難しい言葉を使うのはあまり得意ではないけれど、それでも、もっと選択肢を増やせるように、沢山の景色や作品、人と触れたい。それと同時に言葉にできない「なんか、いい。」も大切にしていきたい。


ああ。歳を重ねるっていいかもしれない。

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