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【盗塁阻止の深み】弱肩捕手ウィル・スミスはなぜ盗塁阻止率が高いのか?

野球ファンならWill Smithのスローイングにもっと注目すべきだけど、大谷選手の話ばかりピックアップされて、他の選手に焦点が当たらない。(まぁしょうがないことですが・・・)

案の定、誰もスミスのスローイングについて書いていないので自分で書きます。

今回はちょいとディープ気味に。大谷ついでに彼のプレーを見る機会も多いと思うので。


盗塁成功の可否に投手のクイックが重要なのは野球経験者でなくてもファンの方には周知の事実でしょう。

盗塁阻止には捕手以外のプレー要因があまりに多いです。
投手のクイック、癖、投球の質、打者の左右、走者のスタート、走力、カバーに入る守備者の技術etc…

ざっと挙げてもこれだけあるんですよね。
これらを踏まえると、
単純に捕手ごとの「盗塁阻止率」を比較して捕手の力量を分かったつもりでいても、それが正しとは限りません。複雑なプレーを単純な計算に落とし込んで評価するのは、ハッキリ言って無理があり過ぎるんです。

特にクイックは自チームの投手(特に先発)に依存するわけだから、単純比較は難しいのです。

そんな盗塁阻止ですが、こういった複雑な要因をある程度考慮したうえで、捕手の盗塁阻止能力を数値化したデータサイトがあります。
(何でも数値化するアメリカらしいコンテンツですw)

baseball savantっていうデータサイトなんですが、これによるとドジャースのWill Smithがメジャー全体トップの盗塁阻止力をマークしています。

データサイト baseball savantより

ランナーのスピードや捕球時のランナーの位置、握り換えにかかった時間やスローイングの強さ等を記録・考慮して算出しているようです。

しかもこのサイト、評価の際に使用したプレーを全て動画で見ることができます(くそワロタw)

データマニアや私のような分析バカにとっては、ヨダレを垂らしながら永遠と時間を溶かせてしまう恐ろしいサイトです。


話が脱線しました。スミスの話に戻します。

ドジャースの試合をご覧になっている方はWill Smithは盗塁をたくさん阻止してくれるイメージが強いでしょう。
ですが、彼は盗塁阻止に定評のあるキャッチャーではありませんでした。
2023年まではむしろ盗塁阻止に関しては散々こき下ろされていました。

スローイングの強さをデータに基づいて他のキャッチャーと比較しても、
執筆時点でスミスの送球は平均79.6mphとなっており、メジャー全体で28位に位置しています。
つまり客観的に見ても、スミスはそこまで強肩って訳ではありません。
(タイトルの弱肩は言い過ぎかもしれませんが。)

他の要因も見てみましょう。

捕手が送球する際には投手から受けたボールを投げる前に、ミットから利き手にボールを握り換える必要があります。この握り換えにかかる時間も記録されているんで、気になる方はご覧ください。

右側に薄く青色が掛かっている数値が握り換えの所要時間です。

スミスの握り換えにかかっている時間は約0.62秒となっています。
メジャー全体で14位なんで悪くはありませんが、これではスミスの盗塁阻止の高さを説明できません。

つまり、スミスは肩が強いわけではなく、握り換えが特別に上手いわけでもありません。


ここからが本題です。

ではなぜスミスは盗塁阻止でメジャートップの数値をたたき出せるようになったのか?


弱肩捕手であるスミスが「盗塁阻止」でメジャートップレベルの評価をたたき出している理由。

それは送球コースの限定安定性にあります。
スミスはこの点で優れているんですよ。


二塁送球の極意

具体的な話に移りましょう。

二盗阻止の際、私の評価軸というか優先事項みたいなものがあります。
それが以下の3点です。

①ボールを途中で握り換えない
②低く投げる
③3塁方向(2塁ベースより左側)に送球してはいけない

つまり、「強くて速い送球を投げられるか」は実はそれほど重要ではありません

まずは3点の評価軸について説明していきます。


①ボールを握り換えない
これやったら二塁は刺せません。
握り換えて投げるくらいなら、諦めて余計なプレーをしない方が良いです。

②低く投げる
送球が高く浮くとアウトにできる確率が下がります。走者は低い位置にいるので。
大きく高めに逸れてしまうとボールが外野に抜けてしまい、走者が3塁まで進んでしまうリスクもあります。
低い送球であれば、1バウンド、2バウンドするボールでも内野手は処理できます。高過ぎる送球だと内野手の手に届かないので処理ができません。

③3塁方向(2塁ベースより左側)に送球してはいけない
これも盗塁阻止率に直結します。
送球を逸らすのであればランナーが走ってくる方向。捕手から見て2塁ベースの右側(1塁寄り)に逸れなければいけません。
逆側に逸れてしまうと、ランナーがよっぽどトロくない限り刺せません。
カバーに入った守備者が送球を受けてから走者をタッチするまでの「距離」が発生してしまい、時間がかかり過ぎてしまうからです。

反対に2塁ベースの右側に逸れた場合は、送球の行き先と走者との距離が近い位置取りになります。
こちらのパターンだとボールを受けた守備者が走者と入れ替わる形になったとしても、タッチにいける可能性が残るってわけです。

スミスが二盗を刺した場面。2塁から大きく逸れているが、逸れた先が一塁側であればアウトにできる可能性が残る。

スミスはこの3点をしっかりと意識してプレーしているように見受けられます。これこそがスミスは肩がそれほど強くなくても、メジャートップレベルの阻止力を持つ理由です。

スミスとリアルミュートの比較

スミスの凄みを理解するためにフィリーズのリアルミュートと比較してみます。リアルミュートは2019、22年に盗塁阻止率でメジャートップになった選手です。
リアルミュートは先ほどのランキングで、送球の速さはメジャー全体で7位、握り換えの所要時間は第9位となっています。
つまり、リアルミュートスミスよりも送球が強い、かつ握り換える時間も短い捕手です。


この2人の送球を見比べるとハッキリと傾向が分かれます。
スミスの2塁へのスローイングは、前に挙げた3点をしっかりと踏まえているのに対し、リアルミュートは送球自体は速いものの、特に3塁側に大きく逸れるケースが目立ち、ボールがあちこちに飛んでいきます。
こういうのはハイライト動画だけ見ていても分からない部分です。
(何個か動画を見てみると違いがわかりやすい)


書くだけだとあまりに客観性に欠けるのでスミスとリアルミュートの2024年のレギュラーシーズンの二塁へのスローイングをパターン別に集計しました。(すごく面倒くさい作業でしたw)

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良くないパターンをコース別に集計。
A:上に逸れる(定義:内野手が上方向にジャンプして捕球)
B:大きく上に逸れる(内野手の頭を越えて捕球できず)
C:左側に僅かに逸れる(2塁ベース上ではあるが、真ん中より左寄り)
D:左側に大きく逸れる(2塁ベースの左側を通過)

ACはやや軽微な逸れ(Aは高い、Cは左側)
BDは大きく逸れたものと捉えてください(Bは高い、Dは左側)

(※カメラの視点上判断が難しい場合や、確認が取れないプレーは集計していません)

ウィル・スミス
被盗塁企画数67
うち送球回数57 
A:2回(うち盗塁阻止1回)
B:1回
C:8回
D:0回
失敗割合
全体:19.2%、うち(B,D):1.7%

J.T.リアルミュート
被盗塁企画数46
うち送球回数37 
A:1回
B:0回
C:4回
D:9回(うち盗塁阻止1回)
全体:35.1%、うち(B,D):24.3%

見比べてみるとハッキリと違いがわかると思う。

リアルミュートは途中1か月ほど離脱があったので、プレー機会がスミスより少ない。にも関わらず、リアルミュートは3塁側、特にDを9回記録している。
スミスは自分が確認した範囲で何とDはゼロ。
最低でもベースライン上には乗せてくるのがスミスの真骨頂。

Dを1度も確認できないとなるとスミスの頭の中で「2塁ベースの右側に投げること」を優先事項として言語化出来ているはずだし、ABも少ないので低い送球も意識しているはずなんですよね。

リアルミュートは低い送球は意識していそうですが、コースはかなり左右にブレているのが数字からもわかると思います。
コースよりも「強くて速い送球」が優先事項となってしまっていることが推察できます。

今回の調査で、左側に逸れてしまうとリアルミュートの肩をもってしても1度しか刺せていないことから、やはり自分の中の評価軸「3塁側に逸れてはいけない」は正しかったと裏付けが取れました。
というより、スミスを含めて実際には2塁ベース上の左側(Cのエリア)ですらほぼ刺せていないという事実があり、メジャーはよりシビアなのだと痛感しました。

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筆者はイチロー選手が在籍していたこともあって、マーリンズ時代のリアルミュートのプレーを何度も見ましたが、2塁への送球に関して上手いと思ったことはありませんでした。
当時は握り換えの時間が今より遅かった印象もありましたが、スローイングが特に上や三塁側へ逸れがちな傾向にありました。
リアルミュートが盗塁阻止率でメジャートップになったときは筆者はMLBから離れていた時期だったんで、リアルミュートがメジャーNo.1と言われてもやや懐疑的でした。

今年改めて観察すると、握り換えに関しては改善されているようですが、送球が安定しないという点では当時の印象のままです。



際立つスミスの送球技術

以下の動画をご覧ください。

動画では盗塁を許していますが、注目ポイントはスミスの投げ方です。


グラスノーのスライダーが構えた所よりかなりアウトコースに逸れていますが、サイドからしっかり2塁ベース上にスローイング出来ていることがわかります。
スミスは捕球体勢が悪くてもボールを握り換えたりせず、正確に送球することができています。
こんな風に色んな体勢、色んな握りで正確な送球が出来ていると、走者を刺せる可能性が出てきます。

これもスミスの大きな武器です。


「ただ強く速いだけ」の送球に価値はない。その他に及ぼす影響とは。

盗塁阻止の観点のみから語ってきましたが、他の部分でも影響があります。
例がわかりやすい記事の一部を紹介しておこう。

元阪神の辻恭彦氏のインタビュー記事です

ヒゲさんで不思議だったのがスローイングです。肩は大して強くないから、いつもひょろひょろの球でしたが、なぜか盗塁を刺していたんですよ。

(中略)

 もう一つ見ていて気付いたのですが、ヒゲさんのときと僕のときで二遊間の位置が違っていました。ヒゲさんのときのほうが明らかにセカンドベースから遠くを守っています。

 だから、例えば三遊間寄りのゴロでヒゲさんのときは追いついてゲッツーなのに、僕のときは捕って終わりか、抜けてしまうこともありました。

 なぜかそうなるのかと、あらためてじっと観察して分かったことがあります。

 走者一塁で盗塁されたとき、ヒゲさんの送球は安定しているからゆっくり入れますが、僕は球が変化するから早めに入らなきゃいけない。だから少しベース寄りにポジショニングをしなきゃ間に合わないわけです。

https://column.sp.baseball.findfriends.jp/?pid=column_detail&id=097-20231104-02


送球が正確でないと走者を刺せないだけでなく、守備側の動きも制約してしまうという例です。

(ドジャースの内野陣はスミスの送球の正確性を踏まえて守れると良いんですけどねぇ。。。)長くなり過ぎるので、それはまた気が向いたら書きます。

アメリカのトレンドを追いかけて日本でも最近は何でも数値化することが多いのですが、ただ目先のスタッツや数字(今回で言えば送球速度や捕手が球を受けてから守備者に到達するまでの時間etc)ばかり追いかけても野球が良くなるとは限らないよというお話でした。(野球に限らずだけど。)

イチローが言う「頭を使う野球」ってのは、こういう部分が抜け落ちているんでしょうね。

ではまた。

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どなるどson
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