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1983年
《この記事はいつもの記事ではなく、挿入記事です。》
目の前に1冊の雑誌があります。この雑誌の誌名は「CYCLE WORLD」。創刊号です。1983年8月号ですが、以下のデータを見てください。
CYCLE WORLD誌(発刊〜休刊)=1983年〜1990年
日本バブル景気=1986年〜1991年
日本のバブル景気の3年前にSONY出版から発刊され、バブル崩壊の直前に休刊になった雑誌です。音楽系出版社のSONY出版からバイク雑誌が発行されること自体がバブリーな出来事だが、それはともかく、この雑誌をたどれば、日本の黄金時代を垣間みられるかもしれない雑誌ということになります。創刊号の表紙を飾った人物は片山敬済(かたやま たかずみ)氏。1977年に日本出身者(日本生まれ、日本育ちの在日韓国人)として初めてのモーターサイクル・ロードレース世界選手権(ワールド・グランプリ)チャンピオンとなった人物です。つまり、CYCLE WORLD誌は自転車の雑誌ではなく、モーターサイクルの雑誌です。CYCLE WORLD誌発刊時、片山敬済32才。70年代の日本ではモーターサイクル・ロードレースを報道するマスコミは皆無でした。しかし、モーターサイクルで速く走ることに興味のある人間たちにとって、片山敬済はカリスマでした。これが表紙に起用された最大の要因だったと思われます。さあ、CYCLE WORLD誌を“探検”することで、日本の黄金時代にタッチしてみよう。
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CYCLE WORLD探検記 1 (1983.08号)
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片山敬済氏は座禅や気功、メディテーションに通じていたこと、突然変異的な速さを獲得していたこと、骨折治療のボルトを入れたままレースに出場する(これは彼の前例で現在では当たり前の行為となっている)など、さまざまな奇行から海外では「オリエンタルミステリー」と認識され、国内では「世界のタカズミ」と認識されていた、セルフ・プロデュースにも長けた人物だったようだ。
創刊号の本文中には以下のインタビュー記事がある。
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その記事のタイトルは「TAKAZUMIのちょっとだけサティスファイ」だ。
「サティスファイ」は片山氏の言葉ではなく、70年代っぽさを表現したいライターの言葉だろう。
「サティスファイ」は「満足・楽しむ」を示す言葉だ。
記事の内容は1977年に350ccクラスのワールド・チャンピオンになって以後の3年間で、ホンダNRの開発に関わってレース生活を棒に振り、「4サイクルで世界制覇」の夢に敗れ、1983年現在、再び2サイクルのNS500でGP500ccクラスに参戦、当時7戦を消化し、ランキング4位の状況で、このインタビューを受けている。
このインタビュー直後の8月8日、片山氏は第10戦のスエーデンGPで空白の3年間以後初の優勝を飾っている。
その後の記事外の出来事だが、複数回の優勝はあるものの、2度目のワールド・チャンピオンは無く、1985年にレーサーとしては身を引いている。
その後、レーシングチーム監督を務め、ダカール・ラリーに4輪車ドライバーとして参戦しているが、ともに優勝はない。
さて、CYCLE WORLD誌表紙には、いくつかの特集記事がピックアップされている。
その中で目に付くタイトルが「ブガッティの一番長い日」だった。
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「ブガッティ」とは1909年にエットーレ・ブガッティが創業したイタリアの自動車メーカーだが、同時に二輪車のル・マン24時間耐久レースの行われるブガッティ・サーキットのことでもある。
記事の内容は1983年の5月に開催されたル・マン24時間耐久レースをカラー写真をメインに紹介したものだが、カメラマンの名が無いので、現地から買い取った写真で構成したものだろう。
最初の見開き写真はル・マン特有のスタンディングスタートで愛車に駆け寄り、エンジンを始動して走行を始めたシーンだ。
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次の見開きはKAWASAKIを操って力走するイタリアのレーサー、J・コルヌーだが、この直後にTOPに立っている。
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ル・マンは24時レースなので、夜間走行もあれば、雨に降られることも多い。
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そして、チェッカーを受けたのはライムグリーンの車体のカワサキだった。
それも1-2-3フィニッシュだ。
ちなみに、2輪のル・マンは24時レースにおいて、今だ日本メーカー以外のモーターサイクルがチェッカーを受けたことは一度も存在しない。
次に表紙で目についたのはタイトルが「NEWZEALAND南島を呼吸する」だった。
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エエ〜ッ!海外旅行がまだ日本では庶民のものでなかった時代、バイク雑誌で海外取材とは、さすがSONY出版。
その後、「CBS・ソニー出版」、「ソニーマガジンズ」を経て、雑誌『WHAT's IN?』WEB版が2016年に休刊となり、出版活動が停止しているものの、この年末になってCBS・ソニーによる角川出版買収が話題になっている。
ところで、「NEWZEALAND南島を呼吸する」の記事だが、記事の扉の対抗ページにはCBS・ソニーのモノクロ広告が載っている。
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特集記事「NEWZEALAND南島を呼吸する」扉/「サイクル ワールド・イメージ ソング」広告
キャッチコピーは「2輪ロックはこのノリだよ」というインパクト0な上に意味不明なものだが、「このノリだよ」は70年代っぽいフレーズだ。
「サイクル ワールド・イメージ ソング」とあるが、どれが曲名なのか不明だ。
もしかして「2輪ロックはこのノリだよ」が曲名で、演奏が「シャドウ」?
そして詩・曲・編曲はジャックス出身、「メリー・ジェーン」で知られた、つのだ ひろ氏だ。
それはともかく、記事「NEWZEALAND南島を呼吸する」の扉は澄んだ空気感と雄大な山を撮影した写真で、そこにオフロードバイクに乗ったライダーの写真やライダーが川をバイクで渡る写真が挿入されている。
続く頁に大自然の中のライダーたち、それに続く頁に街中のライダーたちが紹介されているが、ニュージランドに行ってみたいと思わせるほどの記事構成ではなかった。
さて、雑誌からは外せない、裏表紙の広告はどうなっているんだろう?
HONDA XLX 250Rの広告だ。
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キャッチコピーは「いまスーパー4サイクル・ランドスポーツ」だ。
ちょうど、ニュージランドを思わせる景色の中に深紅のXLX250Rが映えている。
HONDA車で3文字目の「X」は「究極」を意味するものだが、この車種はCYCLE WORLD誌と同じ1983年生まれで、XLX250Rの方はデュアルキャブレター調整の難易度が高いことから、翌年に生産を終了している。
このタイプのモーターサイクルは林道の舗装化が進んだことなどで、現在はほとんど需要が無くなってしまっている。
グラビアの見開き広告の中にスクーターであるHONDA SPACY 125 ストライカーの広告があった。
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完全にガンダムスタイルのデザインで、ヘッドライトが車体内蔵から立ち上がるリトラクタブル式(収納式)なのが特徴だ。
ちなみに『機動戦士ガンダム』が放映されたのは1979年だから、HONDA SPACY 125 ストライカーが市場に登場したのは、その4年後のことになる。
ただ、現在ではリトラクタブル式のヘッドライトは衝突事故を起こした場合には可動部分が外れて凶器となるので、現在の新車では見られなくなっている。
ガンダムスタイルのデザインは2019年に発売された私の愛車HONDA ADV150も同系で、近年見られるようになってきている。
記事ページに戻ると、当時、TV タレントとしても一世を風靡したフォトグラファーの加納典明(てんめい)氏の愛車BMW R1000RSが紹介されている。
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一般には知られていないが、典明氏は広告写真で数々の受賞歴のあるフォトグラファーでもある。
だから、BMW R1000RSをレーサーとするために500万をつぎ込んで改造する道楽があったとしても不思議ではないだろう。
典明氏は体格も大きく、表向きには男臭さが売りのタレントだったので、体格の小さな男性や女性ライダーが持たざるパワーを手に入れようとして大型&大パワーエンジン車を望むのとは異なった嗜好があるのだと思われる。
典明氏は、その体格からもネームバリューからも一般のナナハンクラスのモーターサイクルでは格が合わない気はする。
続いてA・J・S M・アンドリュース・レプリカが紹介されている。
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M・アンドリュースとはトライアルレースで5度のチャンピオンシップに輝いた英国人天才ライダーのことで、その愛車を再現したレプリカであり、一般の日本人には縁の遠すぎるモーターサイクルだが、来るべきバブルの到来に供えるには格好の車種と言える。
「トライアル」とは一般に「高低差や傾斜が複雑に設定されたコースを、乗車したままで走り抜けることができるかを競う競技」と説明されており、自転車競技も存在する。
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創刊号探検では日本の黄金時代は感じられたでしょうか。意外と貧しくても現在の日本人の方が贅沢な生活をしているような気がしてきました。ル・マンに限らず、あらゆるスポーツが居間で観戦できるし、ニュージーランド旅行は気軽に誰でも行けるようになっています。