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麻生田町大橋遺跡 土偶A 29:三河湾を望む蛙
豊川市の砥鹿神社(とがじんじゃ)奥宮の表参道に点在する日月岩(ひづきいわ)や個人的に気になった巨石の脇からさほど遠くない場所だが、「蛙岩」という立て札のある石が、珍しく崖側に立っていた。
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![](https://assets.st-note.com/img/1640168716467-P2E9pGTFBJ.jpg?width=1200)
なるほど!
ガマガエルが天を仰いでいるように見える。
立て札の立っている反対側から見てみると、こちらは天に向かって口を開いているように見える。
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ところが、2017年に出版された『本宮山あれこれ探索』(杉下五十男著 出版:東愛知新聞)には、ほかの石は紹介されているものの、蛙岩の記述が無く、近年になって名付けられたものではないかという。
参道を挟んで崖側にある蛙岩と反対側には岩山がそびえていて、岩山の上に休息所を兼ねた、あずま屋の展望台が設けられていたので、登ってみた。
このあたりではまだ、自分の脚は元気だった。
展望台から真下の参道を見下ろしたのが以下の写真だ。
![](https://assets.st-note.com/img/1640168889354-pzmkh53nXb.jpg?width=1200)
上から見下ろした蛙岩はまったく表情を変えた。
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ハート型に見える。
展望台からは南西方向に豊川市の市街地が望めるが、右手には三河湾と、その奥に渥美半島が延びているのが眺望できた。
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展望台の標高が503mらしいので、一ノ鳥居から394m登ってきたことになる。
南東方向には新城市の里山や森と住宅街が見下ろせた。
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展望台から参道に降り、再び表参道を辿ったが、岩山部分を通り過ぎたようで、土の参道が続いた。
途中、檜の根元に「卅町(さんじゅっちょう)」の石標があった。
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この石標は一町がどこにあるのか不明なのと定期的に立っていないので、役に立たなかった。
参道路面に石が出ているものの、傾斜は緩やかだ。
石で歩きにくい参道を進むと、再び巨石が現れた
![](https://assets.st-note.com/img/1640169333451-7J7owMdkkz.jpg?width=1200)
巨石は参道側が平面で、やはり「日」と「月」が見える。
表参道の向かい側に「ん」の形をした木の根が残されていて、おもしろい対になっていた。
「新日月石」と「んの根」から数十メートルで「風越峠」に到達。
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「卅町」石標から風越峠までほぼ10分だった。
風越峠から5分ほどでニノ鳥居前の石段の麓に到着。
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本宮山登山道に入って以来、初めて本物の石段だ。
下の2段は崩れているものの、それ以外の段は健在だ。
蛙岩からこの石段下まで200mあまりの道程は奥宮参拝でもっとも楽な道だった。
そしてニノ鳥居の先は砥鹿神社奥宮「境内」とされている。
〈この項続く〉