【短編】無くすなよ
僕は物をすぐ無くす。
ハンカチ、ボールペン、イヤホン…細かい物をちょこちょこ無くす。だから、できるだけ安くて、カッコ良くない物で、間に合せで…って、考えて買うことにしてる。結果、シンプルでチャチーものが僕の机にはよく転がっている。自宅でも学校でも。
「一ノ瀬の文房具、おっさんくさ。」
隣の席の片山くんのペンケースにはちょっと高い文房具が入っている。振って芯の出てくるのシャープペンシルに、回して2色使えるボールペン。
「そんなんじゃ、気分下がるよ。」
「別に文房具が成績を上げてくれるわけじゃないし。」
片山くんは、まあまあ成績が良いが、それは単純に頭が良いからだと思う。
周りの音を遮断したくてイヤホンを耳に入れた。兄から貰った古いMP3プレイヤーから音楽を聴く。兄の趣味の音楽だ。
「イヤホン、おっさんくさ。」
片山くんが、僕のイヤホンを片方抜いてわざわざ言ってくる。
「なんなの?」
片山くんは、僕をからかってちょっかいを出してくる。
「持ち物、全部おっさんくさいのな。」
ちょっと頭にきたから
「すぐ無くすから良いんだよ。ボールペンなんて使い切ったことないし、消しゴムだって、1回消しただけで無くなった。シャーペンも移動教室とかあると無くなるし。この前無くしたのは入学祝いで従兄弟からもらったシャーペンでちょっと良いやつだった。それに…イヤホンなんてiPodごと無くしたんだ。だから、カッコいいのいらないんだよ。」
一気に言ってやった。
片山くんは、少し驚いた様子を見せたけど、
「そんなん、お前の不注意じゃん。」
と、正論を投げつけてきた。僕は返す言葉がなくて、顔が熱くなってイヤホンを耳に突っ込んだ。
こんな時に聞こえる音楽が、サンボマスターの【ミラクルをキミとおこしたいんです】
「一緒に買いに行かね?」
片山くんがまた、僕のイヤホンを外して声をかけてきた。
「え?」
「せめて、イヤホンだけでも無くさない努力しろよって話。」
片耳からサンボマスター、片耳から片山くんの説教。
「余計なお世話!」
「怒ってんの?」
僕だって本当はもっといいイヤホンが欲しい。こんなおじさんがラジオ聞いてるような800円の黒いイヤホンじゃなくて。ワイヤレスで音が良くて…でも無くしたらすごくがっかりするだろうし。
「ミラクルをキミとおこしたいんです。」
「ええ!?」
「…その、音漏れしてるやつ。前から気になってたんだけど、そのイヤホン音漏れすげえから。古い曲ばっか。サンボマスターにハイローズ、それにエレカシ。……懐メロ?好きなの?」
「コレは兄の古い……。」
MP3プレイヤーを見せた。
「カッケー!ちっちゃ。」
「え?」
グレーのシンプルなMP3プレイヤーを見ながら片山くんが目を輝かせた。
「それは無くさないの?」
「兄のだから…多分無くしたら怒られる。」
「そういうプレッシャーが欲しいわけか。」
片山くんが少し考えて
「なあ、俺とお揃いにしない?」
彼女にするような提案をしてきた。
「え?なんで?」
「無くしたら俺が怒ってやるから。色違いとか良いよな。」
「いやそれが、なんで?」
「隣の席だから」
理由がよくわからない。
よくわからない理由なのに、学校帰り片山くんといっしょに電気屋さんにきてしまった。
「プレイヤー見せて。」
片山くんに言われて見せた。
「普通にイヤホンジャックか。」
片山くんがなんか、楽しそうにしてる。僕は親以外の人に物を選んでもらうのは初めてだ。
「僕、ワイヤレスのが欲しい。」
「無くすなよ。」
「うん。」
片山くんがワイヤレスのイヤホンを見つけて僕を呼ぶ。
「これなら、相性良いと思う。」
「詳しいの?」
「SONYとSONYじゃん」
「それだけ?」
「そ。どの色好き?」
緑に青にピンクに黄色。
「片山くんは?」
「俺、青。」
「じゃ、僕。黄色。」
「黄色?え、黄色好きなの?」
「うん。目立つし。無くさなさそう。」
イヤホンを商品棚から取った。
「どう?」
耳に近づけて見せてみた。
「一ノ瀬によく似合う。」
片山くんも耳に近づけて僕に見せる。
「どう?」
「片山くんぽい」
「じゃ、決まり!」
いつもの片山くんは、なんか僕にちょっかいを出してきて嫌な感じなんだけど、こういうふうに普通に楽しく買い物ができるのは楽しいなって思う。
何より、一緒に買ったイヤホンは特別に思えて無くせないと思った。
次の日、片山くんが隣の席にいない。遅刻?休み?珍しいな。
「片山、学校辞めたらしいよ。」
クラスの女子が話しているのを聞いて、僕は教室から飛び出して、知るはずもない片山くんの家を目指した。
嫌だ。なんで?仲良くなったばっかりなのに。
学校から近い駅についた。ここにはもういるはずはない。でも、片山くんの好きそうなお店を回ってみる。でも、いない。
駅ビルを出て、少し寂れた商店街を歩く。コロッケとか焼き鳥とか…中華屋さんの匂いがする。
僕はすぐ物を無くす。でも、絶対に無くしたくないものができた。
「あれ?一ノ瀬。何してんの?」
片山くんが私服で中華屋さんから出てきた。エプロンをつけている。
「なんで?なんで片山くん!?やっと友だちになったのに!なんで急に学校辞めたの?」
「…一ノ瀬には急だけど。辞めるのは決まってたんだ。この店、ウチなんだ。俺、今日から副店長。」
「え」
「良かったら学校帰りにでも来て。」
片山くんは、ビジネススマイルでずっと笑っていた。札を準備中から営業中にひっくり返して中に戻ろうとする。
「なんで、そうなるの」
片山くんは少しめんどくさそうな顔をした。
「去年、お父さん死んでお母さん一人でやってたんだけど、やっぱ大変だから。俺、学校辞めて手伝うことにしたんだよ。一ノ瀬に関係ないじゃん。」
僕を突き放そうとする。僕は、引き下がれないと思ったから、じっと片山くんの目を見た。
「ちょっかい出されなくなって、良かったじゃん。一ノ瀬、俺のことウザいって思ってたじゃん?」
思ってた。文房具のこともイヤホンのことも。おっさんくさって、馬鹿にしてくる感じ、いつもムカついてた。
「なんで僕にちょっかい出したんだよ。」
片山くんは困った顔をする。
「こんな風にいなくなるなら、ちょっかい出すなよ!」
「何が悪いんだよ!」
「はあ!?」
片山くんが顔を真っ赤にして逆ギレしてきた。こうなったら僕だって引けないって思った。
「いや、ごめん。違う。…嫌な思いさせてごめん。一ノ瀬…。」
片山くんは、僕の顔をじっと見た。
「一ノ瀬…移動教室で、一ノ瀬がなくしたシャーペン俺が持ってる。」
「え」
まさかシャーペン、コイツにパクられてた!?
「一ノ瀬の忘れ物だと思って、渡そうとしたけど、何度も思ったけど、タイミングが難しくて。ずっと、意地悪してきたから、優しく渡すことできなくて。それで、ずっと持ってる。」
「どういうこと?」
片山くんは、店に入って行って、また戻ってきた。
「一ノ瀬の…だよな。」
片山くんはシャーペンを握っていた。
「従兄弟からもらったやつ。ありがとう。」
「ごめんな。迷ってないですぐ渡せば良かった。」
なんで迷ったんだろう。いつも通りに嫌なこと言いながら渡してくれれば良かったのに。
「学校はやめたけど、友だちはやめなくて良いかな?」
片山くんがシャーペンを渡しながら言った。僕の手を片山くんはしっかり握った。
「ほんと、帰りにうちに食いに来いよ。お母さんの麻婆豆腐、美味いから。」
僕は少し考えて、「うん」と返事をした。
「一ノ瀬、そのイヤホンまだ使ってるんだ?」
僕は、大学1年生。イヤホンを大事にケースにしまってバッグに入れる僕に、片山くんは、洗い物をしながら僕に声をかけた。
「無くしたら、片山怒るだろ。」
「まあな。」
「片山こそ無くしてないよね?」
「あるよ。ちゃんと。ラジオ聴く時使ってるし」
「なんだ、使ってんじゃん。」
不思議なことに、片山くんにイヤホンを選んでもらってから無くし物をしていない。
「一ノ瀬。何食べる?」
「麻婆豆腐。」
たったひとつ。大事な友だちが選んでくれたものが、ミラクルを起こした。
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