息子が急性散在性脳脊髄炎になって倒れた話24
病棟に入ると、ナースステーションからほど近い個室を案内された。
そこにはベビーベッドを大きくしたような、柵で囲われた金属製のベッドに入った長男が居た。
ひどく不安気な長男の様子に、あえて明るく声をかける。
「長男!ママきたよ!長男がいっぱい頑張って元気になってきたから、今日から一般病棟に来られたんだって。やったねぇ!」
私の顔を見ると、ホッとしたのか仏頂面がみるみる泣き顔に変わっていった。
「ぼく帰りたい。保育園にいきたいよ。連れて帰って!パパに会いたい!」
うわぁぁんと泣く息子の様子に、今まで張り詰めていたものが切れたんだな、と感じた。
まだ点滴はついていたが、PICUのベッドに寝ていた頃より、だいぶ身軽になった長男を持ち上げて、抱っこをしながら椅子に座る。
身体がくっつく面積を出来るだけ増やしてぎゅーっと力いっぱい抱きしめた。
背中をトンッ、トンッ、とゆっくり叩きながら、
「長男、今までずーっと頑張って闘ってきたもんね。すごいことだよ。
やっと慣れてきたと思ったら、お部屋変わっちゃったらびっくりしちゃうよね。
でもね、ここの看護師さんたちもとっても優しいって聞いたよ。
ママとパパが居られる時間も、こっちのお部屋になったから少しだけ長くなるみたいだよ!
ママも、長男と居られる時間が増えてすごく嬉しいな。」
そんなことをぽつぽつと喋りながら、
「違うの!僕はもうここに居たくないの!
保育園行きたいし、おうちにも帰りたいんだよぅ」
話の合間に聞こえる長男の反論に、「そうだよね、うん、うん。」と相槌を打ちながら、背中をさすった。
いくら訴えても、帰ることは出来ないと分かっていたのだろう。
少しすると、ぴったりとくっつき、ぎゅっとしがみつく腕に力を入れた。そして、
「…立って抱っこして。」と言った。
彼なりに気持ちを切り替えようと頑張っている。
そのいじらしさに胸を締め付けられながら、
「いくよ〜!」と狭い個室内で、出来るだけ高く抱っこをし、ぎゅーっと抱きしめた。
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長男は部屋移動への不安や、泣いたこともありくたびれた様子だったが、少しずつ落ち着きを取り戻していった。
2人で、退院したらどこにいこうか?どんな遊びがしたい?などと話していると、主治医の先生が部屋を訪れてくれた。
「長男くん、どうかなー?あら、泣いたみたいだねぇ。」
笑顔で長男に話しかけてくれた。
そして、私に向かい、
「お母さんも、顔色少し良くなりましたね。
長男くん、このとおり順調に回復していますし、一般病棟にも移れました。良かったですね。」
そういって微笑んでくれた。
「そうですね…。ここまで回復出来たことは病院の皆様のおかげです。
本当にありがとうございます。
引き続き、よろしくお願いします。」
そんな会話の後、先生は昨夜から今日までの息子の様子を説明してくれた。
前夜はおかゆをペロリとたいらげ、今日の朝から通常の幼児用病院食に切り替わったこと。
点滴を今までは二箇所(右の二の腕と、左手甲部分)から取っていたが、今日から左手だけになったこと。
病棟移動の際に少し歩いたが、筋力の衰えも相まって左側に傾きフラフラしている状況だったとのこと。
まだ分からないけれど、病変が脳の右側に大きく複数箇所出ているため、左側に麻痺があるのかもしれないこと。
左手は点滴を取っているため外さないようにグルグルと巻かれている状態だった。
そのため指先の細かい動きは分からないが、手足は左右問題無く動かせているので、リハビリを続けることで日常生活に支障の無いレベルにはなるだろう、とのことだった。