理由
「雪が好きだ」とあなたが言って、
名前を呼ばれたような気持ちになった。
「どうしたの?
あんまり唐突に言うから、
わたしの名前を呼んだのかと思った」
と笑ったら、
背中越しのあなたの気配が一歩近づいた。
なのに、「ん?」としか返事をしなかったから、少しむっとして振り返ると、
あなたは、オルゴール店内の背の高いクリスマスツリーを見上げていた。
「夏のほうが好きだったんだ」と言ったあなたは、グレーのジャケットに、白いタートルネックを着ていた。
「なんとなく」と答えるのはわかっていたのに、
「どうして?」と尋ねた。
あなたは、「なんとなく」と笑った。
「どうして?」と尋ねてこないのはわかっていたのに、
「わたしは、冬が好き」と返した。
その後、手を繋いだ。
そのまま、オルゴール店内を回る。
クリスマスを少し先取ることは、まだ三回目で、ふたりの冬のルーチーンと呼ぶには、まだ早い。
けれど、「雪が好きだ」と、あなたが初めて言ったことが、わたしはたしかに嬉しかった。
なにも考えられなくなって、ただ手を握り返していたら、あなたが、ジャケットのポケットにふたりの手を入れた。
最近は、夏が、春を先取りする。
でも今年は、冬も、秋を先取りした。
曖昧なことが薄れゆくことは、この星から面白味を奪うことだ、と思っていた時、
「夏が好きだ」
と、はっきりと言う、あなたと出逢った。
四年前の春だった。
せっかちな人で、笑った。
でも、あなたを好きになってゆくなかで、
恋に、曖昧な言葉など望まない自分もわかって、笑った。
ポケットにふたりの手を入れたあなたを見つめたら、
「冬も好きになった、なんとなく」
と、少しはにかんだから、
「雪が降るからでしょ」
と笑って、オルゴールに目を落とした。