【福岡観客賞受賞作品】インド映画「シヴァランジャニと2人の女性」感想
専業主婦の労働を賃金に変換すると、その額は年収にして300万円程にもなるらしい。
それなのに、どうして専業主婦の頑張りは軽んじられるのだろう。
いや、それ以上にどうして家庭に入った女性は、自分の個性を消して家族に尽くし、そして時には奴隷のように家長に奉仕しないといけないのだろうか。
女性を取り巻く環境は、インドの方がより過酷だ。
男尊女卑が激しいインドの家庭を、今作では3つの時代とパートに分けて描いている。
最初に描かれる女性サラスワティーは1980年代を生きる女性。
幼い子を抱えながら、暴力を省みない主人に怯えながら暮らしている。
作品冒頭のシーンである、サラスワティーが我が子を抱えて、主人と走り去るバスを追いかける場面が何とも印象的だ。
彼女の主人は、サラスワティーに両手に有り余る荷物を押し付け、一人だけバスに乗り込もうと彼女と自分の幼子を置いて走り去ろうとする。それを見た周囲は「少しは奥さんを気遣ってやれよ!旦那だろ?」といなすも、主人はその言葉を右から左へ流してしまう。
つまり彼にとってサラスワティーは、人ではなくモノなのだ。だから、サラスワティーが意見しても、耳を貸すことはない。
そんな折、暴力を振る主人に嫌気が差し、サラスワティーは「私に手をあげないで!」と抵抗する。これに対して主人は、サラスワティーに謝罪する代わりに彼女と一切言葉を交わさなくなってしまう(この時点で観客の「何だこのクズ男!!!」という怒りはマックス値に達したことだろう)。サラスワティーが夕食を準備しても何も応えない、コーヒーを淹れてあげても無視をする、挙句の果てに「食料が底をつきそうだから、お金が必要なの」というサラスワティーの悲痛な 訴えにもだんまりを決め込む始末。そしてなんと最後には、サラスワティーと幼い娘を置いて、姿をくらましてしまう。サラスワティーは途方に暮れながらも、決断する。そう、働きに出たのだ。収入を手にし、自らの選択で「人生を取り戻した」サラスワティーは、みるみるうちに自信を取り戻していく。
2パート目の主人公の女性、デーヴァキも「自らの選択で人生を取り戻した女性」だ。保険会社で働くデーヴァキは、専業主婦よりも自立した考えを持つ女性だ
。そんな自立した女性だからこそ思うところが多い彼女は、思いの丈を密かに日記に綴っていた。普通に日記くらいつけるよね?と私たちなら考えてしまうが、ある日「うちの嫁は人に隠れて日記をつけているのか!?」と親族から叱責を受けてしまう。その理由はこうだ「日記を隠れてつけているくらいなんだから、きっと家族の悪口を書いているに違いない」。自らの潔白を晴らすために、家族の前で日記を朗読するよう迫られるデーヴァキ。この様子を見ていて「いや普通、どんな理由であれ自分の日記を人前で読まされるなんて、そんなの人権がないよ!」と思ってしまった。インドの女性は、自分の考えを持つことすらも許されないのだろうか。デーヴァキも自分が置かれた状況に失望し、日記を朗読する代わりに自分の手で日記を引きちぎり、1枚ずつ燃やしてしまう。そして、この事件をきっかけにデーヴァキは夫の元を離れ、会社の女子寮に引っ越してしまう。思わぬことがきっかけとなって家族と離れ離れになってしまったデーヴァキだが、彼女は決して悲観に暮れない。
最後のシーンで、彼女が自分の収入でチャイティーを買って飲んでいる様子はとても自信に溢れていて、その姿はキャリアウーマンのように精悍だった。
そして最後のパートを飾るのが、シヴァランジャニだ。学校では優秀な陸上選手だったシヴァランジャニだったが、学生結婚を経て妊娠した瞬間から人生が一変してしまう。それまでは将来の活躍を期待される選手だったのにも関わらず、彼女を育ててきた女性顧問から「もう試合には出場しないでくれ」と告げられてしまったのだ。さらに嫁ぎ先では姑から「料理がマズい」と罵られ、夫は電話やメガネすらシヴァランジャニに取りに行かせるほど亭主関白な始末。まるで家族の奴隷のように扱われるシヴァランジャニ。彼女は自分のアイデンティティーを取り戻すために、母校を訪れ自分が納めたスポーツの実績を辿ろうとするも、彼女が勝ち取ったトロフィーすら飾られてはいなかった。
途方に暮れる彼女は、一体どんな選択をして、自分の人生を取り戻していくのだろうか。
家庭に入ったことで、一度は人権や尊厳を奪われてしまった女性が、自らの選択で自分の人生を取り戻す様子を描いた今作は、アジア地域以外でも大きな反響を呼んでいる。事実、アメリカでも単館上映されており、現地では共感し過ぎてしまい、泣き出してしまう女性もいたそうだ。無意識のうちに女性が受ける差別を、男性の監督がノーナレーションで描いた意欲作でもあるこの作品が、今回の福岡国際映画祭で映えある賞を受賞することは、なんら不思議でもないだろう。
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