エッセイ『嘘をつける人』
年末商戦で遂にダウンして、風邪を引いてぶるぶる毛布に包っている千本松です。
もうあれから四年も経つんだな。早いもんだね。メンタリストDaiGoの、例の発言から。一週間後に自分のYouTubeで自分の発言に対して、彼は真っ黒のスーツにネクタイを締めて、あれは失言だったと涙を流した。
私はそれを見て、ああ、この人は嘘をつける人なんだな、と強く感じた。人生の中で培ってきた自分の思想が、数日で変わる訳がない。
七年前に日本に行った時、東京湾岸近くのホテルに数日泊まった。すると毎日、同じ様な白いシャツに黒のスーツを着込んだ、不気味な男女の若者グループが目に入った。三十人弱くらいいたと思う。後でよく考えてみたら、あれはなんかの会社のなんかの新人研修で、ホテルに泊まっていたのだろうみたいなことだと思う。
自分の個性を失わせるような恰好をして、新人研修を受ける。私にはできない。もしも、あのリクルートスーツみたいなのを着て、その会社でどうしても働けないとやばいから命を懸けてやっているならいいけど、みんながその恰好をするから自分も着る、というとなると、それは嘘をついているのと同じだと思う。自分が嘘をついていることをちゃんと自覚することが大事。
それで、DaiGoの発言だけれども、四年経った今も日本人の思想に大した違いはないと思う。ホームレスはいなくなった方がいいし、生活保護等に自分の払った税金を使われるのは心外だし、みんなもそう思っているだろう? みたいな発言。
精神病だと糾弾されるから、病気なのに病院に行かずに中学生を刺し殺してしまう。生活保護を受けていると世間から糾弾されるから死を選ぶ、また、は犯罪を選ぶ。
ちょっとDaiGoの発言のおさらいをしてみよう。Wikipediaより。
私は精神病だし、アジア人だし、生活保護も受けているから、私なんかがナチスの親衛隊SSに捕まったら三回殺される。「生きるに値しない命」だから。
しかし、ヒトラーの「生きるに値しない命」という言い草は、今でも日本に生きている。DaiGoの発言は今でも人々の心に、人々の本音として生きている。
日本は非常にナイーブな国で、自分が差別を行っていることに気付かない。結構最近、人気作家によるロリコンをテーマにした小説があって、映画にもなった。小学生の女の子の独白であるこの言葉が気になった。
「あの人はロリコンだけどまだ犯罪は犯してない」
フィクションである小説の中でさえ、小 学 生 に こ ん な こ と を 言 わ せ て は な ら な い。
この小説と映画では、ロリコンの人達を侮辱している。ロリコンを犯罪者と決め付けるのは馬鹿げたことである。ロリコンとは性的倒錯の一種であって、男が裸のけつをハイヒールで踏まれたいのと同じことだ。
特に映画では、ロリコンであるためにいかに世間から執拗に差別されるかをとことん描いている。この映画を観たロリコンの人々は、自分の人生に絶望するだろう。なにも悪いことをしていないのに。
私だったらどう書くか? 警察がロリコンだからと差別する連中を探し出して侮辱罪で訴えるまでのストーリーを書く。
それからこれも最近の小説だけれども、舞台はロンドンで、出演者もイギリス人である。その中でこんな発言がある。奇しくもこれも中学生の女の子の独白である。
「お母さんは生活保護のお金をみんなドラッグに使ってしまって、私は学校の制服も買えない」
非常にステレオタイプの生活保護受給者への侮辱である。フィクションである小説の中でさえ、中 学 生 に こ ん な こ と を 言 わ せ て は な ら な い。
私だったらどう書くか? もう一人登場人物を増やして、お母さんから制服を買うお金を貰う。依存症のセミナーに放り込む。
編集者はなにをしているのだろうか? 私には英語の小説の先生がいて、英語を直してもらうけど、小説の内容についても意見を貰う。これは書いてはいけない、みたいなアドバイスを貰って、私もその意見に従う。
私はカナダに来て、なんて車椅子の人が多いんだろうと驚いた。交通事故が多いのか、と色々考えたところ、それだけ日本の車椅子の人達が家に籠っているんだな、ということに気付いて恐ろしくなった。
それは車椅子に乗っていると「迷惑」だと思われるからだ、と推測される。「迷惑」という日本語は英語に訳せない。直訳はあるけれども、日本の「迷惑」という意味とは全然違う。私の国では、「迷惑」だと思ったら引き受けないし、「迷惑」だと思ったら頼まない。それだけのことだ。日本の「迷惑」という言葉には酷い自己嫌悪が付き纏う。
このドラマは1979年に放送されたもの。車椅子に乗っている障害者は、世間にもっと迷惑をかけてもいいんだ。君達は特殊な人生を生きている。もっと人に迷惑をかけて自由な生活をしろと言っている。しかし、日本の状況は放送された時とあんまり変わっていない。
私がサンフランシスコに行った時、車椅子でバスに乗ろうとした男性がいて、今、機械が壊れていて乗せることはできない、と運転手に言われていた。そうすると男性は非常に怒りだして、運転手はバス会社を訴えてやる、と言われ、運転手も自分は何回も会社に直してくれ、と要求しているのに、やってくれない。どんどん訴えてくれ、と応戦した。私はこの国では車椅子の人の方が偉そうなんだな、と驚いた。
このドラマの脚本を書いた山田太一は、村上龍の次に好きな作家で、私はあの二人は絶対嘘をつかないと思う。
私のYouTubeより。
関連動画。
8、小説は綺麗ごとではない。小説家は嘘を書いてはならない。上手ければいいわけではない。読者をあなどってはいけない。