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『女神のバグノート』6


 ついにその日がやってきた。

 「お姉さま……緊張してきた……!」

 妹はパソコンの前でガチガチに固まり、手を震わせていた。目の前には「配信開始」ボタン。押せば、いよいよ彼女のVTuberとしての活動が始まる。

 「大丈夫よ。最初は誰も来ないかもしれないけど、気楽にやればいいわ。」

 「う、うん……よし!」

 妹は深呼吸をして、意を決したようにマウスを握る。そして——

 『配信開始』ボタンをクリック。

 画面には、可愛らしい探偵風のアバターが映し出された。

 「み、みんなこんにちは! バグ探偵しすたーです!」

 初めての挨拶。視聴者の反応は……

 (視聴者数:1)

 「……えへへ、やっぱり最初はこんなものだよね!」

 妹は気を取り直して、自己紹介を始める。

 「私はバグを探し、調査するVTuber! 今日は記念すべき初配信ということで、私が今まで見つけた“奇妙なバグ”の話をしていこうと思います!」

 (視聴者数:10)

 「……あれ? ちょっと増えた?」

 「いい感じじゃない?」

 「うん! じゃあ最初のバグを紹介するね!」

 妹はノートを取り出し、「鏡の中の私が勝手に動いたバグ」の話を始めた。

 「ある日、私が鏡を見ていたら、なんと……!」

 (視聴者数:1000)

 「え?」

 妹は画面の視聴者数を二度見した。

 「お姉さま……これ、バグじゃない?」

 「……1000人!? そんなはずは……」

 確かに、登録者ゼロの状態から始めたばかりの配信で、突然1000人も来るはずがない。

 しかし、次の瞬間——

 (視聴者数:10,000)

 「ひゃっ!?」

 妹の叫びと同時に、チャット欄が一気に流れ出した。

 「何これ?」「誰?」「新人?」「バグ?」「急におすすめに出てきたんだが」「英語?」「どこの国の人?」

 「え、え、え!? 何が起こってるの!?」

 妹はパニック状態になり、コメントを追うのもやっとだった。

 「お姉さま! どうしよう、なんか海外の人も来てる!」

 確かに、コメントには英語やフランス語、スペイン語、果てはアラビア語まで混じっている。

 (視聴者数:50,000)

 「えええええええ!?!?!?」

 妹は完全に固まった。

 「お姉さま、何これ!? 私、世界中の人に見られてる!?!?」

 「……ちょっと待って、これ本当にバグかもしれないわ。」

 異常なまでの視聴者数の増加。考えられるのは、システム的なエラー、もしくは——

 「もしかして、私が“バグ”について話してるから、バグに巻き込まれたの!?」

 「その可能性もあるわね……!」

 (視聴者数:100,000)

 コメントは爆速で流れ、もはや妹には読めないレベルになっていた。

 「えっ、どうしよう、何か話さなきゃ! でも、英語わかんない!?」

 「とりあえず、何か言ってみたら?」

 「えっ、えっと……え、エ、エ、エクスキューズミー……?」

 (チャット)  「!?!?」「草」「急に英語www」「かわいいw」「今の何www」

 「わああああ!!? もうダメだぁぁ!!」

 妹は頭を抱えた。

 配信を始めたばかりなのに、なぜか世界中の人が見ている。

 「お姉さま!! これ、どうすればいいの!!?」

 「もう……やるしかないわね。」

 私は肩をすくめる。

 こうなってしまった以上、今更どうしようもない。

 「とりあえず、落ち着いて配信を続けなさい。」

 「ううう……こ、こうなったら……!」

 妹は意を決して、画面に向かい直した。

 「……えっと! みんな! 今日は、来てくれてありがとう!」

 (チャット)
 「おお!」「急に堂々としたw」「かわいい」「頑張れ!」

 こうして、妹の初配信は、思わぬ形で世界中に広がっていった。

 しかし、このバグの正体はまだ分かっていない。


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