特権と欲望
アマプラで見かけて気になった作品「Saltburn」。疎いので監督の前作や俳優さんのことも存じ上げないまま、紹介文だけを見て軽い気持ちで視聴。以下あらすじを挟んでネタバレを含む感想を綴ります。
ざかざかと大雑把に記しているため未視聴の方には優しくないです!
なんといっても印象的だったのはバリー・コーガン演じる主人公の一挙手一投足の不気味さや違和感です。学内での格差の描写がリアルで、正直カーストの底辺に居たような自分はそれだけでひょえ…と声を漏らしそうになる。格差や差別的な側面を描写する時ってそれを受ける側は善人にして際立たせるものかと思っていたけれど、オリバーに関してはそういうわけでもなく、ある種そこもリアルだと言えます。日の当たらないところで、楽しそうにつるむ人間を羨ましそうに眺めるという行為にはそもそも卑屈さがないと成り立たない。気にすること自体が「持っていない」ことをコンプレックスに思う証拠になってしまうのです。
オリバーに対して人の集まるところの中心に、フェリックスの姿はあります。彼の貴族階級という立場、そしてその振る舞いは多くの人を惹き付けますが、ある日自転車がパンクしたところをオリバーに助けられた事から、彼を気にかけるようになり、友人となっていきます。
フェリックスの分け隔てなく接する優しさ、オリバーの身の上話に心から同情するところなどは余裕のある人間特有の無垢さがあります。周りに人が絶えず、やんちゃもする彼ですが、人間性の中心にある無邪気で純粋な部分が彼の魅力を一層強いものにしているように思いました。
そうやって距離が近づいて行った2人、夏の間家に帰りたくないとこぼすオリバーに、それならうちに来たらいい、とフェリックスは誘います。タイトルにもなっている「ソルトバーン」に建つフェリックスの実家は邸宅というよりはお城。オリバーを部屋まで案内する際に城内の様々な場所をフェリックスが紹介するシーンが楽しくて好きです。様々な部屋を次から次にコミカルに紹介するフェリックスの愛嬌たっぷりの姿が良い。
この辺りまでは、オリバーはすっかり彼に魅了されて、でも恋愛感情のような違うようなそれが実ることなく翻弄されるのかな~~などと悠長に構えていました。
ソルトバーンでの日々は特に肌色が強く、というかそもそもこの映画はそういう描写が多いし生々しいので苦手な方は控えた方が得策だと思います。ただ、ソルトバーンでの開放的な雰囲気やそれを日常とするフェリックスの価値観や生活が、この土地自体を浮世離れさせる要素に感じるので、必要なものなのかなと個人的には思います。
ひと夏の楽しい非日常をフェリックスと共に過ごすオリバーですが、この間もずっと不気味さがあります。明らかにその場から浮いていて、フェリックスの母からの安い同情を受けて居心地の悪さを感じているのかと思えば、自分の誕生日パーティーを開くことに同意するし、断れないだけというには図太く家の中に居座っている。その感覚がとても奇妙で、得体のしれなさが終始漂います。フェリックスの友人として招かれているにも関わらず、姉のヴェネチアと関係を持ち、更にはそれをフェリックスに問い詰められれば、迫られたのだと相手のせいにする始末。この辺りの言動から、信頼できない語り手っぽさ、サスペンスやミステリーっぽさが漂ってきます。
バスタブのシーンについては語るには少々荷が重い……。ただオリバーに対してシンプルに嫌悪感を抱けるのでいっそすがすがしくもありました。彼の異常性がはっきりと描かれていることで、今まで抱いていた違和感に納得がいくシーンでもあります。じわじわと感じていたバリー・コーガンのお芝居の凄まじさをここから終盤にかけてわ~~!!!っと目にすることで当然の如くファンになってしまいました……。
さて、この作品を見た後、考えるのは「特権と欲望」についてです。「特権」は貴族であるフェリックスとその家族の姿といって差しさわり無いかと思います。この作品で彼らは、ただそこに産まれただけで力を持ち、自分で何を為すこともなく、特別な扱いを受けることでその立場を享受している、空っぽの存在に感じました。悪意に鈍く、無防備で、簡単に中を食い破られてしまう呆気ない結末はあまりにも愚かです。
「欲望」については、オリバーの抱くものを指すと考えるのが自然でしょう。強かにフェリックスに近づき、ソルトバーンの中に居座り、乗っ取る。それは一見格差社会で割を食ったオリバーの復讐の物語のように見えます。勿論そう見ても構わないと思うのですが、私はやはり「上手く演じられなくてごめん」という言葉は彼の本心だったのではないかと思うのです。
フェリックスに連れられ実家を訪れた際、オリバーがフェリックスに語った生い立ちが嘘であったことがバレてしまいます。その時、オリバーは「上手く演じられなくてごめん」と話すのです。この嘘は二人の関係に大きな亀裂を生み、裕福な自分に取り入ろうとした人間としてフェリックスは強くオリバーを拒絶するようになります。何度も話がしたいと頼むオリバーを無視し続けるフェリックス。その末にパーティーの夜、オリバーがフェリックスを殺害するに至ったのは、その方法でしか手に入れられないと悟ったのかもしれないと感じました。本来ははあのまま嘘を吐き通すつもりだったのでしょう。可哀想な労働階級出身の友人として振舞い、自分に優しくすることでフェリックスに「誰にでも平等に接する善良な貴族」としての満足感を与え、唯一の存在となりたかったのかもしれません。あるいは、そうやって安全な立場を得てからじっくりとキャットン家へ入り込む計画だったのか。
フェリックスの葬儀の後、墓で行う行為は彼の欲望の姿をはっきりと描いています。それはフェリックスを、そしてソルトバーン、あるいはキャットン家を辱める行為でもありました。ここから不自然なほど急速に、オリバーの計画は進行していきます。
フェリックスが亡くなった後の食事のシーン、気味が悪く滑稽で、作り手の皮肉や意地悪さを感じると同時にどうしてもクスっとしてしまった私も性格が悪いかもしれん……などと思いながら見ていました。空っぽの恰好だけ、見てくれだけの貴族がその形を保とうとしている姿を描いていて秀逸です。ずっと一貫して特権を纏った傀儡でしかないんだろうな。
そうして最終的にオリバーはキャットン家をその手中に収めるわけです。心の隙に上手く入り込む狡猾さ、図太さ、大胆さ、それはオリバーのふるまいからは誰も想像できなかったのだと思います。登場人物たちの視点とは違う視聴者の視点では度々些細な違和感を抱くようにされていて、それが拍車をかけて気味の悪さを演出していたと思います。
結局「何のために」それを行ったのかは想像でしかない。フェリックスが得ていた特権、立場、土地を手に入れて彼を手に入れた気になりたかったのか、それとも持たざる者から脱却したかったのか。私は愛憎に似たものを感じたけれどはっきりと言い切れないのは、私の察しの悪さなのか、そう感じさせる作品のせいなのか。分からなくても終わりを迎えるその不可解さも好きです。
エンディングについては沢山の人が感想で触れてると思うけど普通にびっくりしました。ただオリバーのカタルシスを表現するには適切であり、観た後の妙にすっきりする感じを与えてくるのが面白い。本当の最後まで印象的な一本でした。
ただ人にはすすめづらいよ!面白いけどさ!私は好きです、って言葉しか言えなくなっちゃうなと思いました。私は大好きな作品です。
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