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どこにいるの?とあなたを探して犬が泣いた
食欲もある。
睡眠も良好。
体が少し疲れてると感じた時は、チョコラBBロイヤルをクィッと飲めば、いつの間にか疲れていた事も忘れる。
やっと、日常が取り戻ったそんな感覚。
わんのマティンロウには好きな言葉がある。
好きな言葉を聞くと、首を右に傾ける。
これからいい事があると認識するために、
「え、もう一回言って」
とでもいうかのように、その言葉を聞いた途端に全ての動きが静止する。
「外行く?」「おいもだよ」「ボールちょうだい」「じぃじ」
が代表的な好きな言葉。
「散歩」と「ごはん」は彼にとって最上級の言葉であり、首を傾けるだけでは済まず、それにもう何かを完全に理解しているため、ここでは好きな言葉に当てはまらない。
今回は、「じぃじ」について書き留めておこうと思う。じぃじは、私にとって義父である。
夫の実家は我が家を真っ直ぐ下っていった海側にある。マティンロウの散歩コースとしてもちょうど良い距離だ。
そちら方面に行くと、賢いマティンロウは「じぃじ」に会える!と正しい道順で家まで足早に向かう。
玄関を開ける前から尻尾をちぎれんばかりに左右に振り、玄関に入り広い土間に上がるとそこで待つじぃじに飛び付くのがルーティンだ。
趣味の釣りと畑での野菜作りに毎日精を出しているため、ガッチリとしたその体が30㎏のマティンロウをしっかりと受け止めた。
ちょうど2年前じぃじは、
「あと5年は生きたいから、全力の治療をお願いします」
と、誰もがめげてしまいそうな大変な治療に挑んでいた。
しかし今年に入り少し弱ったじぃじを感じた私は、マティンロウの勢いと力を受け止められないかもしれないという不安があり、実家方面の散歩は極力さけていた。
義母や夫からも、じぃじの体調が良くなさそうとのメールが頻繁のため、すぐに受診するように促し、翌日受診しそのまま入院となった。
「病院にいれば少し安心」と誰もがホッとしたのだった。
じぃじが入院した翌日、私はいつも通り仕事をしていたが、始業してすぐに
「306号室コードブルー 306号室コードブルー」
と院内全館に響き渡り緊張が走る。
急変患者です、医師、看護師直ぐにきて!
と人手を集める緊急コール。
我が部署の医師と師長も駆け付けたが、「人が多過ぎて入れなかった」と直ぐに戻ってきた。
なんとなく…内心不安に思っていたのだが、その不安は的中してしまった。
じぃじのカルテ内の家族緊急連絡先に、嫁である私の部署が記入されており、
「先程のコードブルーはお義父様です。HCUに運ばれました」
と連絡がきた。
朝、心停止を起こし、スタッフの懸命な処置で心拍再開したとのこと。しかし、病室で対面したじぃじは人工呼吸器に繋がれており、意識はない。
もし入院時にDNAR(Do Not Attempt Resuscitation:心肺蘇生を行わないこと)が確認されていたら、心停止した時点でじぃじは亡くなっていた。DNARを希望したと思うから。
今回それが確認されていなかったため、心肺蘇生により一命を取り留めた。
意識は戻らないが一命を取り留めた事と、本人が望まない治療に踏み出さなければならない事で、家族はとても混乱した。
じぃじが心肺蘇生を望まないことを、誰もが聞いていたから…。
しかし二日後じぃじの意識が戻り、あぁ、助けてもらって良かったと心から思った。
「マティンロウも待ってますから、退院したら一緒にお祝いしましょうね」
と声をかけ、
じぃじは涙を流して大きく頷いた。
その日以降じぃじは悪化の一途をたどり、呼吸器に繋がれたまま9日後に亡くなった。
義母は言う。
「じぃじが一番望まない形になってしまって、申し訳なかった」
夫が言う。
「おばさんたちも来れたし、皆んなとお別れする時間を作れたからこれで良かったんだ」
我が町から見える海の向こうには、空気が澄んでいると山脈が見える。
その堂々たる姿はまるで義父と重なり、いつまでも、大好きな海を眺めていて欲しいと思った。
そして義父の家族は全員言った。優しい人だったと。
全てが終わって夫が仙台へ戻る前夜、じぃじが大切に飲んでいたシーバスリーガルで献杯した。
「しばらくマティンロウは実家に連れていけないね。マティンロウはじぃじをずっと探すと思う。で、泣くと思う」
と、二人で最後の涙を流した。
じぃじが家族に残してくれた有難いものがある。
農薬を使わず手塩にかけて育てられた野菜たちが、立派に育っているのだ。
ピーマン、なす、じゃがいも、きゅうりなどなど、色鮮やかな夏野菜がたくさん。
まだこれから、かぼちゃも収穫されるとか。
毎回じぃじの野菜が届くと、美味しい料理を作るぞ!という気持ちになる。
じぃじがいないという喪失感が、これで少し和らいだのだった。
これが最後の野菜になり、釣れたての刺身ももう食べる事ができないと思うととても寂しいが、この記事で義父との別れを悼み、日常に戻ろうとマティンロウと散歩に出掛けた。
noteでの出会いに感謝します
☺︎マティ☺︎