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読書記録.2 「傲慢と善良」/辻村深月

辻村深月さんの傲慢と善良を読んだ。
売れっ子人気作家の恋愛長編で、ファンも多いだろうが、残念ながら私は少しも好きじゃなかったというのが正直な感想である。
あまり肯定的なことは書けなそうなので、辻村深月さんのファンやこの本が好きな人は、この記事は読まない方がいいと思う。

私はもともと好き嫌いがはっきりしていて、良いと思った本は底抜けに大絶賛するが、駄目だと思った本は一切良いと思えない。お世辞も言わない。
そういう感受性の領域で嘘をつけない。
ある意味それだけ、言葉と物語へのこだわりが強く、自分の中に理想の小説や文学があるのだろうなと思う。
私の理想に合致しなかったからといって駄作と言うわけではもちろんないし、司書的思考で届くべき人に届くべしと思うが、例えばその本が世の中であまりに大絶賛されていると、自分とのずれを感じてちょっとなんだかなあと思ったりする。割とこういうことは多い。まあ、要は好みが独特で、相対的に少数派ということなのだろう。

物語自体は、婚活アプリで出会った婚約者が失踪し、その行方を追う過程でこれまで知らなかった彼女にまつわる色々なことが明らかになる…というミステリ風に進んでゆく。
家族でも友人でも恋人でも婚約者でも、誰かと接するときに私たちが持ってしまう「物差し」、値踏みしたり、ほかの誰かと比べてしまう感覚を「傲慢」と「善良」という言葉に絡め、全編に渡って描き出している、といった感じだろうか。サブリミナル効果的に傲慢と善良という言葉が出てくる。

私自身は婚活アプリをやったことがなく、一人が不安だからという理由で結婚したいタイプでもないので、そもそも状況的に(性格的にも)主人公の女性に感情移入できない読者である。
しかし、物語というのは本来的にすべて虚構であって、どんな物語も本当の意味で自分事と思って読める人はいないはずだ。
それでも、物語がまるで自分のことのように思える、すなわち心を打つときがある。そんなとき私は、書かれた言葉と自分の感受性が美しく共鳴するのを感じるのである。私の思う良い小説の一つの答えは、こういうことだ。
残念ながらこの本の言葉たちは、私にとってはひどく陳腐に感じられた。
物語を読んでいれば、大体、登場人物の気持ちは同じ人間としてわかるものだ。彼らの優しさも寂しさも悪意もずるさも、私たちは想像することができる。
しかし、この本の言葉たちは、彼らの感情を表現するにはあまりに陳腐で、なんというか、私には嘘っぽく感じられてしまうのだ。いや、そうじゃないでしょう。この感情は、その言葉じゃないでしょう、と、読者の私が思ってしまう。
最初から最後まで、登場人物全員がマネキンのようであった。いや、正直顔や背格好すら想像できなかった。それを狙っていたのかしら。
どんな状況でも環境でも、人間である限り本物の感情や思考というものが存在する。私はそこのリアリティに関してかなり厳しい、その真実さを求めて物語を読んでいるのだと、この本を読んで初めて自覚した。いや、そうじゃないでしょう、と思ってしまう物語は、たぶん私にとっては本物ではないのだ。
虚構であるにも関わらず物語が私たちの心を打つのは、そこに、人間の持つ感情や思考が、その真実さが、巧みに描き出されているからなのだろう。
それが決して簡単ではないのだということも、よくわかった。

物語の終盤、婚約者に何も言わず行方をくらませた主人公の女性が、東北地方の写真館で写真洗浄のボランティアをするシーンがある。東日本大震災から数年がたった彼の地では、引き取り手がなく、持ち主のもとへ帰らない写真も多い。洗浄の説明を受ける彼女と写真館のスタッフの間で、以下のような会話がある。(本文引用)

「だから、急ぎじゃないんです。依頼があったわけではないけれど、ひとまず保管しておくための洗浄で、自治体とかボランティア団体の中には、こういう写真洗浄の作業を打ち切ってしまったところもあります。写真の保管場所がなくて、処分せざるを得ない事情もあるし」
「もったいない。これなんて、誰かの結婚式みたいなのに。」

この、「もったいない」という言葉に強烈な違和感を持つ人が、どれくらいいるのだろうか。もったいないじゃ、ないでしょう。震災で流された誰のものかもわからない、しかし間違いなく誰かの思い出そのものであり、もう二度と戻らない思い出そのものである誰かの写真の価値を、そもそも「もったいない」なんて言葉で部外者がはかれるわけがないでしょう。それをまるで、食べ残した料理のように言わせてしまえる感覚。暴力的ですらあるが、作家はそのように彼女を描きたかったのだとは思えない。彼女の感情がわかるだけに、ああ、こりゃ駄目だと愕然としたのを覚えている。
あまりに感受性の領域である。違和感を、持たない人は持たないのだろう。

もともと読む前から眉唾な感じではあったけれど、合わないなと思う本を読むのも、それはそれでいろんなことを考えるので悪くないかもしれない。
次は何を読もうかな。

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映画化されるらしい。映画のほうがいい気がする。


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