グリエルおじさんと白崎

  野球観戦は、他のスポーツ観戦に比べて、とにかく周りが気になる。攻守交替はもちろん、ピッチャーの投球間隔のようにボールが動いてない時間が多いからだ。ボールが動いてない時間でも、試合中は選手やベンチを見ているファンが圧倒的に多いんだろう。でも元来の集中力の無さと変な好奇心で、試合の余白みたいな時間に私は周りばかりを見てしまう。更に、ビールが効いて酔っ払ってくると、すぐに周りに話しかける。完全に面倒なおっさんタイプだ…

こんな性格なので、過去のハマスタ観戦を振り返ったとき、試合内容じゃなく、その日に周りに居たファンのことを思い浮かべることがある。交流戦で斜め後ろに居た大学生二人組が、野球が好き過ぎてほぼすべての球団の応援歌を歌えると知って驚いたこともあったし、太洋時代からの生粋のベイスターズファンのお父さんがガンの手術と再発を重ねて、去年まで持っていたシーズンシートを手放し、今シーズンは家族に止められながらも、お酒をやめてちょこちょこと一人でハマスタに通っていることに、胸がぎゅっとしたこともあった。逆に、応援歌の間奏部分で必ずジャイアンツの悪口的な合いの手を入れてくる、思い出すたびにイラっとするウザい男も居た(お前むしろジャイアンツファンだろ!)。

そんな観戦の中でも、もう強烈に心に残って忘れられない人がいる。


2014年の6月に来日した“キューバの至宝”グリエル。その活躍ぶりはもちろんのこと、構えや、ユニフォームの着こなしといったスタイル、こだわりや独特の我儘さえ、全てが様になっていて特別だった。その年の9月15日、対中日戦。生粋のベイスターズファンである友達が「今日はグリエルを見るために取った席だから」と言って、3塁側内野・前から2列目の席で観戦していた。当時、年に数回のハマスタ観戦する程度で、グリエルのすごさを全く理解していない私でさえも、球場に出てきた瞬間から、スターのオーラを放つ稀有な選手であることを感じていた。
そしてその日のグリエル初打席、忘れられない“グリエルおじさん”は突如として降臨した。

『うわぁぁぁぁぁい!!!!』3歳児男子が意味も無くはしゃぐような、あの感じの奇声を発しながら、おそらくその日に手に入れたであろうグリエルのボブルヘッド人形を持って、最前列の通路を全力疾走する“グリエルおじさん”。唖然とする周囲。一球一球に、まるで祭のクライマックスのように走り回るおじさん。止める警備員。失笑する周囲。 ・・・この打席、おじさんの熱烈応援の甲斐あってか、グリエルはタイムリーヒット。既に数回警備員に注意を受けていた手前、通路を走れなくなったおじさんは熱い気持ちが治まらず、着席したその場で手足をジタバタさせて騒いでいる。マジで3歳児男子… おじさん、梶谷の先頭打者ホームランの時、そんな騒いでなかったよね?

 友達と私は、“グリエルおじさん”をチラチラ見ながら…いや、むしろおじさんを見ながら、試合も観戦した。今日はグリエルを見るための試合だったけど、それと同じぐらいグリエルおじさんを見るための試合にもなっている。デイゲームで試合はまだ序盤なのに、おじさんは酒の補給もぬかりなく、既にかなり酔っ払っている。グリエル以外にはさして大きな変化を見せず、かなりグリエルに心酔しているな、ベイスターズファンってよりグリエルファンなのかな…と思って、引き続きおじさんに好奇の目を向けつつ試合を観戦していた。
 試合は進んでいき、2巡目のグリエルの打席まであと少しあるなと思い、こちらもビールを飲みながらのほほんと観戦していた時、突然怒号のようなヤジが聞こえてきた。

『てめぇ、この野郎!やる気あんのか!打つ気ないなら辞めちまえ!!』 

・・・白崎が打席に入った瞬間だった。大声での選手へのヤジに慣れていない私は、びっくりして声の出所を辿った。視線の先に居たのは“グリエルおじさん”。おじさんはただのグリエルファンじゃなく、歴としたベイスターズファンであった… その打席、期待に応えられず凡退した白崎に対して、『バーカ!バーカ!だから言っただろ、バカバカ!』と、最早3歳児未満の語彙力でベンチに下がるまで更にヤジっていた。白崎の1巡目の凡退ではそんなに騒いでいなかったのに、2巡目も凡退してしまったことに、酔っ払ったおじさんの気持ちは耐え切れず、堰を切ったように気持ちが溢れ出していた。

 私は友達に「あのおじさん、白崎のこと嫌いなんだね…」と話しかけた。友達は「お前わかってねーな、あのおじさんは白崎が大好きなんだよ。」と言った。
ドラ1で華々しく入団したものの、思ったように結果が出せず、1軍に定着もできず、代打でも目立った活躍ができない。ここぞという打席では凡退するのに勝負が決まったような試合に限ってヒットを打つことが多くて、打ったホームランは全てソロ。知っているからこそ、白崎のことを素直に信じて応援なんてできない。でも白崎が打席に入れば、他の選手以上に気になってしまう。おじさんはずっと白崎を見てきたんだろうな。
  白崎は2打席凡退の後に途中交代となり、グリエルは4打数1安打1四球。リードしていた3点を終盤で追いつかれて同点となり、緊迫した9回裏を迎えた時、おじさんは大きめの寝息をたてて眠っていた。代打ブランコがサヨナラホームランを打った後、友達が「おじさん、良かったな!」と話しかけた。おじさんは聞き取れない一言を小声でごにょごにょと発していた。あの試合、本当最高だったな… 

グリエルがキューバから帰ってこなかったときも、白崎が日本シリーズで同点ホームランを打った時も、白崎がトレードされた時も、私は“グリエルおじさん”を思い出していた。おじさん、グリエルも白崎もいなくなっちゃったよ。そして、来季からは筒香も居なくなる。それでも、おじさんにはベイスターズファンで居て欲しい。私はおじさんを見て、ベイスターズファンって良いなって思ったんだ。うるさくて、口が悪くて、酒吞みで、純粋で、面倒なファン。ヤジこそないけど、私もおじさんに近づいてきたと思う。おじさん、野球観戦って自分流に楽しんでもいいってこと、教えてくれてありがとう。通路を全力疾走したり、愛が溢れて憎たらしくなるほど、好きな選手はまだいないけど。

来シーズン、アメリカからすごい選手が来ることになったらしい。私は来年、ベイスターズファンとして、あの時のおじさんみたいにキラキラした目で、その活躍を見届たいと思っている。

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