星と屑鉄|140字連作掌編|連載中 5 石森みさお 2021年11月29日 21:28 #ノベルちゃん三題 のお題で綴る140字連作掌編。スペースデブリ(宇宙ごみ)回収人の青年と先輩のお話。うっすらとプラネテス。どこに着地するかはわからない。銀河を見てるとココアを飲みたくなると言ったのは先輩だった。スプーンでくるくる回して、ふうふうしながら飲めたらな。幸福を思い出すように目を細めた彼女にスペースデブリが直撃して、俺が掴めたのは千切れたポリウレタンやらの宇宙服の欠片だけ。宇宙掃除業者の死に労災はない。#ノベルちゃん三題 https://t.co/ldxBZ6BFRm— 石森みさお (@330_ishimori) November 14, 2021 フライドチキン食べてぇ。閃いた願望は増えるわかめのように膨らんで口から漏れた。通信機から先輩の笑い声。「地球の味が恋しいね、香川君」「月にマックほしいっす」軽口の合間に衛星の破片を牽引機に繋ぎ本船へ帰投する。陸に戻ったらマック行きません?と誘えないまま先輩とは別れることになる。 https://t.co/sGxVPaGEvF— 石森みさお (@330_ishimori) November 21, 2021 会社の勤労感謝パーティーのために地球に降りることになった。船窓から大陸を見下ろしてため息をつく。降りると、実家の親がたまには帰って来いと煩い。「先輩も実家に帰ったりします?」俺の頭空っぽな質問に先輩は何て応えたっけ。彼女が地図から消えた貧民街出身だったと知るのはずっと後のこと。 https://t.co/xW1MlFMOYP— 石森みさお (@330_ishimori) November 24, 2021 端末に表示された契約書にタッチペンで署名する。長すぎて読む気もしないが要は『死んでも文句言いません』てことだ。今回の仕事は衛星衝突事故地点へのアクセスとデブリ回収。危険度が高い。搭乗者の中に先輩のみかん色の頭を見つけて喜んだ馬鹿は俺。危ないから帰れって、叫べたらよかった、あの時。 https://t.co/DmL1SeYgmT— 石森みさお (@330_ishimori) November 27, 2021 あまねく星を星屑と最初に言ったのは誰だろう。本当の星しかなかった頃には美しかった言葉が、宇宙にゴミ屑が溢れた今となっては酷い皮肉だ。拾い損ねたデブリが太平洋沿岸部に落下し、一つが体育館に落ちて死者が出た。文明がもたらすものは果実ばかりじゃない。俺も先輩も、もう流れ星には祈れない。 https://t.co/LGMdh9MYUJ— 石森みさお (@330_ishimori) November 28, 2021 魚のみりん干しみたいだな、と思った。それは茶色く干涸びて、衛星の破片に混ざって漂っていた。「さっき回収した有機体、和歌山宇宙港でDNA鑑定してくれるって」先輩が呟く。人体が宇宙に投げ出されたらどうなる?あれは明日の俺か先輩だ。無邪気な天体観測者の頭上で俺たちは、死の隣で生きている。 https://t.co/rVUVsYbvdH— 石森みさお (@330_ishimori) November 30, 2021 妻子持ちは船に乗るな、とはデブリ回収屋の間でよく言われることだ。「娘はさ、俺は宇宙で悪者退治してると思ってんだよ」作業中に太陽フレアに吹っ飛ばされ、船体に激突したジェイが軽口を叩く。先輩が硬い顔でジェイの腕に痛み止めを打つ。彼は家族のもとへ帰り、恐らくそのまま戻らない。戻れない。 https://t.co/pMpQmqvbdm— 石森みさお (@330_ishimori) December 4, 2021 休暇明けに合流した先輩の髪は緑色に変わっていた。「マラカイトグリーン。いい色でしょ?」実家で飼ってたフェレットみたいに先輩は首を傾げる。基本的に明るい感情しか貯金していないような彼女が髪色をころころ変えるのは、どこか自傷めいている。宇宙船に乗り込む細い背に届く言葉を俺は持たない。 https://t.co/w4amxaz8ck— 石森みさお (@330_ishimori) December 6, 2021 「香川くんの家の話には癒し効果がある」と先輩が言うので、回収作業中に思い出話をする。風邪ひくと母さんが卵酒つくってくれたとか、実家では色んな動物を飼っていて、よく縁側で団子になって寝てるとか。「…ジェイは家に帰れたのかな」通信機ごしの呟きには気づかないふりをして、笑ってほしくて。 https://t.co/q0HaOlOjda— 石森みさお (@330_ishimori) December 8, 2021 「あいつら何て言ってんの?ア、ルエ?アロエヨーグルト?」「暗号…いや、彼らの架空言語じゃな、多分」宇宙の民を名乗る新興宗教団体の船に航路を塞がれ小一時間。交渉が捗らず通信士の爺さんは苦い顔だ。「デブリも我らの財産だから勝手に回収するなって」「先輩、何で分かるんですか?」「…秘密」 https://t.co/ptaaj8OCY1— 石森みさお (@330_ishimori) December 11, 2021 『実家の縁側で団子になって寝ているもふもふ』の写真を先輩に見せたら「心のバッテリー充電中…」と呟いたきり停止した。「…可愛いの遊園地や〜」端末の画面を見つめる表情は完全に《無》だが、癒されてはいるらしい。宇宙での作業は心が擦り減る。人が生きられない場所で、人らしくあるのは難しい。 https://t.co/fJwz7q2Kn9— 石森みさお (@330_ishimori) December 13, 2021 「香川くんって香川生まれ?」「んなわけないでしょ。福岡ですよ」デブリを回収しながら世間話。ジェイが船を下りてから、先輩はやたらと俺の実家の話を聞きたがる。何かの埋め合わせをするように。「そういう先輩は?」「…今日は地球がクリアに見えるね〜」「おい」「ほら、南極が白い蟹爪みたい!」 https://t.co/NkVsbQXy37— 石森みさお (@330_ishimori) December 15, 2021 宇宙幻覚症はデブリ回収人が罹る病の一つだ。暗黒空間で作業するうち、鮫が銀河を泳いでいたとか、グリフォンや竜に襲われたとか、荒唐無稽な幻をみるようになる。弱いやつがなる病だと昔は思っていたが、今なら少しわかる。心に灯る蝋燭の炎がふっとかき消え暗闇に囚われてしまう、そのやるせなさが。 https://t.co/wsFHFCvVO5— 石森みさお (@330_ishimori) December 18, 2021 《観測衛星“燕”からの最新映像です。夥しい数のデブリが宇宙軌道を塞いでいます》船内の休憩所のモニターで衝突事故のニュースが流れている。げ、あそこ帰り道じゃん。隣の先輩も深刻な表情だ。「ねえ…おびただしいってこんな字だっけ?」先輩が指で宙に書いた字は果月。惜しい!…ってそうじゃない。 https://t.co/ZkRrLQfmbI— 石森みさお (@330_ishimori) December 20, 2021 宙域に滞在する回収船は事故現場のデブリを緊急撤去せよ、と社命が下った。「クリスマス…帰れんのかな」と遠距離恋愛中の同僚が嘆く。「合衆国のアストロノートが全面協力するってさ。すぐ終わるよ、多分な」人類の敵・デブリを排せと国をこえて人が集う。これは美談だろうか。身から出た錆なのに。 https://t.co/m0ZnZ5Lpn4— 石森みさお (@330_ishimori) December 22, 2021 宇宙という書物は数学で書かれていて、自然界の現象は全て微分方程式で書くことができるそうだ。今頃地球ではサンタが仕事中で、遠恋の同僚は結局彼女に会えず、流した涙は水とナトリウムで、とりこぼしたデブリは大気圏に落ちて流星になる。人が宇宙に来なきゃ生まれなかったはずの、計算外の星に。 https://t.co/CtgPEWMgVY— 石森みさお (@330_ishimori) December 25, 2021 補給港はデブリ回収船で混雑していた。クリスマスローズの紋章は英国の公式船、キマイラの腕章の奴らは俺たちと同じ民間回収屋。事故のせいで夢も希望も休暇も消え、みんな目に見えて苛立っている。勿論俺も。「これだけ集まると壮観だねぇ」先輩の暢気な声と笑顔に救われる。あんたも疲れてんのにね。 https://t.co/dz891IBnlU— 石森みさお (@330_ishimori) December 27, 2021 月基地に《Merry Xmas》のネオンサインが踊る。事故の収集作業オールアップ。今日は会社得意の飴と鞭…もとい一足遅れのクリスマスパーティーだ。先輩を会場にエスコートすると同僚に冷やかされ、にやっと笑った先輩は俺の頬にキスをした。ふわふわ浮かれて、幸福で。あのまま時が止まってほしかった。 https://t.co/7cObOVZJmw— 石森みさお (@330_ishimori) December 29, 2021 小学生の頃『水仙月の四日』の朗読鑑賞会があった。内容は忘れたが、BGMの琵琶の音と、雪道を行く子が一心に《カリメラ》のことを考えていた場面だけ覚えている。宇宙で屑拾いをしていると時折そんな《辛い時に思い描く甘い呪いのような希望》で頭が一杯になる。浮かぶのは先輩の声と笑み。…重症だ。 https://t.co/6DJumfBq7E— 石森みさお (@330_ishimori) January 3, 2022 氷柱のような冷たい棘がずっと胸に刺さっていた。気付きたくなかったから宇宙に逃げた。「長野の観測所から通信来てたよー…って香川君?」先輩が小動物みたいに背伸びして俺の顔を覗きこむ。「どっか痛む?」「…先輩ってカワウソに似てますね」「それ褒めてる?」貴方の隣で、心臓が鼓動を思い出す。 https://t.co/DFPDmuBRki— 石森みさお (@330_ishimori) January 5, 2022 「香川君ちは七草粥食べる派?」いつもの、作業中の世間話。先輩に問われるまま応えるが、対して俺が彼女について知っている事は多くない。獅子座AB型、動物好き、髪色をすぐ変える癖、趣味はドラム。どうして宇宙で屑拾いをしているのか……核心に踏み込めないのは、俺が、踏み込まれたくないからだ。 https://t.co/kPAFqK8b9K— 石森みさお (@330_ishimori) January 8, 2022 某国の王女殿下が視察に来るとかで月基地がざわついている。しかも社会見学と称してデブリ回収にも同行するとか。「クイズ、そんなリスクの高い要人を乗船させる馬鹿な会社はどこでしょう?」「弊社ですよ、先輩」わざわざ死と隣り合わせの暗黒に来るなんざ正気の沙汰じゃない。人のことは言えないが。 https://t.co/qyCPKa2z9n— 石森みさお (@330_ishimori) January 9, 2022 王女殿下同乗での作業二日目、俺たちは早くも彼女への評価を改めた。飛行士養成学校に通って試験も一発合格したとかガチだこの人。各種言語や文化にも精通していて日本の鏡開きも知っていた。今は宇宙食のオレンジジュースを興味深そうに飲んでいる。知らざれば学べと、己の美学を貫く姿はただ眩しい。 https://t.co/klasXcHZfb— 石森みさお (@330_ishimori) January 13, 2022 女性船員と組みたいという希望が出たため、王女殿下はしばらく先輩とバディを組むことになった。「王女様さ、作業前に必ず黙祷するの。今までの宇宙開発で犠牲になった飛行士とか、カエルやサルみたいな実験動物に。天使みたいな人だよね」作業から戻った先輩が独り言みたいに呟く。「私とは全然違う」 https://t.co/dcKIhsXigH— 石森みさお (@330_ishimori) January 16, 2022 調味料のさしすせそは砂糖、塩、酢、醤油、味噌。宇宙飛行士に必要なさしすせそは最善、信念、睡眠、節制、即応。王女殿下という模範の星のもと、船員はそんな基本に立ち返っている。カリスマってのはいるもんだ。「王女様、素敵だよね」「先輩の方が素敵ですよ」「酔ってる?」「船内は禁酒禁煙です」 https://t.co/N141hw4p8U— 石森みさお (@330_ishimori) January 18, 2022 先日から先輩の挙動がおかしい。俺を目にするとフィギュアスケートの選手かなんかみたいにクルクル飛んで回って逃げていくし、ようやく捕まえた手は炎みたいに熱くて頬はいちご色。まあ原因はわかっている。先輩は自己評価が妙に低くて、直球な好意に弱い。そういうとこも「素敵ですよ」「やめてー!」 https://t.co/wHL5YsL4k7— 石森みさお (@330_ishimori) January 22, 2022 からかいすぎて先輩が心を閉ざしてしまった。メールの返事は来ないし、王女殿下の世話と称して明らかに俺を避けている。このまま先輩に嫌われたらと仮想するだけで、日差しを失った植物みたいに心が萎れていく。作業中もぼんやりとして、いつもならしないミスを犯した。下手したら死ぬやつ。あ、やべ、 https://t.co/RdqU7GYJLf— 石森みさお (@330_ishimori) January 24, 2022 回収用ワイヤーに足を巻き込まれるなんて初歩的なミスだ。気づいた時、ザァッと滝の音のような耳鳴りがして一瞬血の気がひいた。結果として運良く俺は死なず、おでん鍋で茹でられたりホットケーキミックスに混ぜて焼かれる悪夢から目覚めたら医務室のベッドにいた。傍らでは、先輩が俯いて泣いていた。 https://t.co/N0iZdU6by4— 石森みさお (@330_ishimori) January 26, 2022 先輩は無言で医務室を出て行って、それから何となく気まずい雰囲気が続いている。顔を合わせ辛いからといって宇宙船が職場では早退するわけにもいかない。俺にコピーライターか作家の才能でもあれば、泣いてる先輩に気の利いた台詞でも言えたんだろうか。必死にもがいても、理想の自分はあまりに遠い。 https://t.co/UR3vLN45UJ— 石森みさお (@330_ishimori) January 30, 2022 《宮城天文台から宇宙天気予報をお伝えします。活動領域2947で発生したフレアは――》補給基地の食堂で、少し離れた席でニュースに耳を傾ける先輩の横顔をみつめる。俺の胸の内では吹雪が冷たく荒れ狂っている。流れ星に三回願いを、なんて言い伝えにも縋りたい気分だ。先輩がもう一度笑ってくれるなら。 https://t.co/eMu8a8MHUp— 石森みさお (@330_ishimori) January 31, 2022 続きはこちらから↓ ダウンロード copy いいなと思ったら応援しよう! チップで応援する #140字小説 #掌編 #140字SS #twnovel #ノベルちゃん三題 5