星と屑鉄|140字連作掌編|2 1 石森みさお 2022年2月3日 22:46 31〜のまとめです。最初から読む方はこちらからどうぞ↓ 香川君は何も悪くない。私が勝手に情緒不安定になってしまっただけだ。医務室に横たわる彼を見てぞっとした。胸に顔を寄せて呼吸を確認して、彼の匂いにほっとした。彼の目が開いた時、胸の奥が炭酸水を飲み込んだみたいにざわめいて、涙が溢れた。怖い。失うことが怖いと思ってしまうことが、怖いの。 https://t.co/hqxgTXhS8x— 石森みさお (@330_ishimori) February 3, 2022 私が育ったコミュニティには学校がなく、私塾で辛うじて読み書きを学んだ。外の人がドブに捨てた古い漫画で学校を知り憧れた。学食で買う焼きそばパン、気怠い午後の授業。香川君によれば20年代のパンデミック以降、学食は姿を消したらしい。とうに失せた憧れを胸に抱いて宇宙に逃げた、立春のあの日。 https://t.co/epzL3rt02m— 石森みさお (@330_ishimori) February 6, 2022 香川君のおうちの話は面白い。節分に食べた海苔巻き、少し苦手なひじきの煮物、友達と一緒に探検した近所の幽霊屋敷。私の知らない、普通の家庭の話。だから不思議で仕方がない。君はそんなにあたたかい場所にいて、どうしてこんなにつめたい宇宙へ来たの?聞けないのは、私が、聞かれたくないからだ。 https://t.co/3opDJpGoo0— 石森みさお (@330_ishimori) February 7, 2022 殿下の任務終了日が迫っている。補給港を経由して、私達はもうじき地球へ帰る。地面に足がつけば正気に戻れるだろうか。にわとりが朝を告げれば晴れ晴れと目覚められるのだろうか。そのまま船を降りて会社との契約を更新しなければ、私と香川くんの繋がりは切れてしまう。たったそれきりの、儚い糸だ。 https://t.co/rxRG0xmKwn— 石森みさお (@330_ishimori) February 13, 2022 明日、地球に着く。降りたら二度と先輩に会えない気がして実力行使に出た。「陸に帰ったら花見でもしませんか」久しぶりに掴んだ先輩の手はやっぱり熱い。「…日本は今頃冬でしょ」「んー、雪割草とか?」「花見かなそれ」「先輩と見られるなら何でも」「…馬鹿」「緑茶と団子持っていきましょ。約束」 https://t.co/XX8ghHR08C— 石森みさお (@330_ishimori) February 14, 2022 港では報道陣が帰還した殿下を待ち構えていた。これでミッション完了、と乗組員の緊張も緩む。その刹那、記者の群の中から猫柳のような風貌の男がゆらめき出て殿下に向かって腕を伸ばした。耳を劈く爆音、連続して響く金属音。「狙撃されてる!」誰かの叫び声。「香川君!」先輩の叫び声、衝撃――暗転。 https://t.co/8B3YEqXo5R— 石森みさお (@330_ishimori) February 14, 2022 雪崩のように押し寄せた群衆に潰され、俺は気を失ったらしい。気づいたらまたも医務室で、先輩も隣のベッドにいた。「私は銃弾が肩をかすめて全治二週間、香川くんは頭打ったけどすぐ退院できるって。あー、なんかアイスクリーム食べたい」誤魔化すように笑う先輩は、生きてる。生きている。俺の隣で。 https://t.co/fVWK1NBgc1— 石森みさお (@330_ishimori) February 18, 2022 首謀者はどこのテロ組織か。王女殿下は無事なのか。様々な疑問が湧いても、薄情なことに、今俺にとって大切なのはただ一つだけだった。「先輩、少し話をしませんか。俺のこととか、先輩のことも」飛行者――宇宙飛行士になり損ねたやつはそう呼ばれる。非行者。避行者。これは、二人の飛行者の、お話だ。— 石森みさお (@330_ishimori) February 18, 2022 俺と先輩は、重力適応のリハビリも兼ねて施設の庭へ散歩に出た。自然と始まる小さな暴露話。「冥王星が惑星じゃないって知らなかった」「よく宿題忘れて居残りしてました」「ほうれん草苦手…」本題へ入る前の助走のような猶予期間。太陽の下で屈託なく笑う先輩。これから先、何度も思い返す一瞬の光。 https://t.co/qede2vlRwt— 石森みさお (@330_ishimori) February 20, 2022 俺には優秀な兄がいた。アレルギー持ちなのに動物が好きで、人が好きで、何より星が好きな人だった。彼は歩道へ乗り出してきた車から俺を庇って、一億光年先の星より遠くへ逝ってしまった。自分のせいだと嘆いて首吊りの真似事をしても叶うはずもなく、後悔から逃げて、逃げて。流れついた先が、今だ。 https://t.co/W5hmHZBZOE— 石森みさお (@330_ishimori) February 22, 2022 「神様とか魔法使いとか陰陽師とかが特別な力で全部消してくれたらいいのにって、私も思ったことあるよ」猫のようにそっと寄り添い先輩が呟く。「でも全部消えちゃったら、私たち今ここにいないね」そう。俺はもう過去を否定できない。スプーンひと匙分の幸福が、ここにあることを知ってしまったから。 https://t.co/BMeyLp1bLN— 石森みさお (@330_ishimori) February 23, 2022 福の禍と為り、禍の福と為る、化、極むべからず、深、測るべからざるなり。漢文の教科書に載っていた『塞翁が馬』だ。兄の死から立ち直ろうとする家族の絆は、俺にとっては呪縛だった。未来は黒いペンキで塗り潰されて二度と星なんか見えないと思っていた。けれど今、禍福は転じる。「先輩、好きです」 https://t.co/ZgTw3qjlny— 石森みさお (@330_ishimori) March 2, 2022 香川君の真剣な目に、私の心臓は乱れた行進曲を奏でる。『たった一度でも愛の腕に抱かれたことがあるならば、おまえの人生はおちぶれくちはてうす汚れることはない』私塾の先生が草臥れた詩集から教えてくれた詩を思い出す。どんなに石鹸で洗っても落ちない程全てが汚れていた頃に憧れた、たった一度。 https://t.co/oqucJ92eWa— 石森みさお (@330_ishimori) March 5, 2022 狐につままれたような顔のまま固まってしまった先輩と俺の横を、見舞客らしき高校生が訝しげな顔で通り過ぎる。沈黙に耐えかねた頃、ようやく先輩が口を開いた。「…もう少しだけ待ってくれる?」拒絶でもなく受容でもない、見えないミシン目のような危うい境界線。「話せてないこと、全部話せるまで」 https://t.co/IEMuqG7LSQ— 石森みさお (@330_ishimori) March 7, 2022 後日、俺と先輩は警察から事情聴取を受けた。ネットニュースからスポーツ新聞までを騒がせた王女殿下襲撃事件の黒幕は新興宗教団体《宇宙の民》。巻き添えで死者が出たが殿下は無事。浮かれていた俺は、告白の答えとプールしていた有給の残日数ばかり気になって、聴取後の先輩の様子に気づけなかった。 https://t.co/3jETTAondo— 石森みさお (@330_ishimori) March 9, 2022 「陸にいるうちに何食べます?」「胡椒たっぷりのカルボナーラ」エスカレーターを下りて二人で食堂へ向かう。告白は中途半端なまま、けれど肩が触れる距離にいても先輩が逃げることはない。今はそれでいいと甘い夢を見ていた。金属と燃料、星と屑、死と暗黒の世界が、そんなに甘いはずはなかったのに。 https://t.co/JcSSLtDgGq— 石森みさお (@330_ishimori) March 13, 2022 船窓からオーロラを見下ろしていると、帰ってきたなという感じがする。現実逃避するように宇宙へやってきたのに、随分馴染んだものだ。暢気な同僚は地表の光の帯を携帯端末で動画に収めているが、日本書紀で「雉の尾に似ている」と記された扇型オーロラは巨大な磁気嵐の証左だ。今日の空は荒れそうだ。 https://t.co/tjB6s8try3— 石森みさお (@330_ishimori) March 14, 2022 船内の禁酒法を無視するやつはたまにいる。本を分解した中に忍ばせたり、酒入りのビニール袋を飲み込んで持ち込んだり。まあ少し気配りのできる人間がそばにいればすぐ匂いでバレる。今回の船でも一人発見されたが、出航後では追い出すわけにもいかない。不穏な気配を孕んだまま船は暗黒を進んでいく。 https://t.co/PYq6mhmXyH— 石森みさお (@330_ishimori) April 2, 2022 オリーブを肴に一杯やりたかっただけだ、日本ではツキミザケって言うんだろ?と酒を持ち込んだそいつは嫌な顔で嗤った。俺の沈黙を是ととったのか、馴れ馴れしく肩を組んできたので払い落とす。「怒りっぽいな、タンパク質とれよ。あ、カルシウムか」笑い声が耳障りだ。「短気だと彼女にふられるぜ?」 https://t.co/gtlPo6VNiY— 石森みさお (@330_ishimori) March 21, 2022 「俺、日本のコメディが好きでさぁ。なにわグレート花月に行くのが夢なんだ」自称《親日家》の男は以来何かとまとわりついてくるようになった。「あとタカラヅカもいいな。美しい女生徒の園!」リップサービスなのか冗談なのか、誤解混じりの軽口は奇妙に憎めない。けれど背中がざわつくのは、何故だ。 https://t.co/xMCJGK5z25— 石森みさお (@330_ishimori) March 26, 2022 男の印象を例えるなら、花に擬態する蟷螂。韮に混ざった水仙。河原から覗く暗い淵。チューリップを背景に背負ったような能天気な男にどうしてそんなイメージが重なるのか分からなかったが、観察していて気づいた。こいつが時折、先輩へ向ける目。嫌悪?警戒?何にしろ、それだけで俺にとっては、害だ。 https://t.co/xQLgBI1IbO— 石森みさお (@330_ishimori) March 26, 2022 「そうそう、まだニュースにはなってないが、殿下の襲撃犯が拘置所で首吊り自殺したそうだぜ」「…何でそんな事知ってるんだ?」ピリピリとした静電気のような不快感が明確な警戒音に変わる。男は答えず、軽薄な声でさらに続ける。「ま、自業自得か。罪人は紅蓮の炎で焼かれるべきだ。そう思うだろ?」 https://t.co/x8B9bFYa0L— 石森みさお (@330_ishimori) April 2, 2022 男の胸倉を掴む。自分の性根にまだこんな暴力的な衝動が残っていたことに失望する。男は怯むでもなく、へらりと笑った。「なんてな、冗談だよ。信じちゃった?これでも元演劇部だったんだ」掴んだ手を軽く払われる。「…お前は一体何なんだ」うーん、と男は大仰に首を傾げた。「自由を妬む山椒魚かな」 https://t.co/wMXUBwPPgc— 石森みさお (@330_ishimori) April 3, 2022 何の因果か山椒魚野郎とバディを組む事になった。男は作業中、通信機ごしに無遠慮に話しかけてくる。「女は怖いよなぁ。鈴蘭や沈丁花みたいに可憐な花でも毒がある」「作業に集中しろ」「高所恐怖症だから怖くて」「なんで宇宙に来たんだよ」「ははっ。金とナンパの一石二鳥を狙ったんだが失敗したな」 https://t.co/6qBSqjeF6I— 石森みさお (@330_ishimori) April 3, 2022 王女殿下襲撃事件の内通者がいる――そんな嫌な憶測が船内を巡っている。出鱈目だと一蹴する俺を、山椒魚が嗤う。「セロテープで貼り合わせた薄っぺらな嘘でも、曇った目から真実を隠すには十分さ。人は見たいものしか見ないし、信じたいものしか信じない」見透かすような眼差しに、危険信号が明滅する。 https://t.co/9WNfqqBm1M— 石森みさお (@330_ishimori) April 11, 2022 船の排水システムの不具合で一時寄港することになった。作業遅延の皺寄せをくらうのは現場だ、と船員は不満顔だ。だが山椒魚野郎はどこ吹く風で、女性クルーたちにコインを使った手品を披露し暇を潰している。「ちょっとしたギミックさ。派手な仕草で気をそらすんだ」無邪気にも見える笑顔が胡散臭い。 https://t.co/2G6Fzujm9t— 石森みさお (@330_ishimori) April 12, 2022 要人がズボンを前後ろに履いたら世界転覆のメッセージ、研究者が特殊なヘアカットをしたら極秘実験の合図。陰謀論やら秘密の暗号やら、人類が宇宙を旅する時代になっても馬鹿げた噂はなくならない。一介のデブリ掃除屋が王女殿下暗殺未遂犯?そんな話を誰が信じる?そう思っていた。思っていたかった。 https://t.co/GIsBwrV5rm— 石森みさお (@330_ishimori) April 17, 2022 ジャングルのような配線をくぐり抜けて整備工のじいさんに声をかける。「どんな塩梅ですか?」「もうちっとかかるな」すぐに直ると思われていた排水システムの修理に手間取り、俺たちは港から動けずにいた。「そういやお前の彼女さんもさっき来て、手紙預かっとるぞ」「正確にはまだ彼女じゃ…手紙?」 https://t.co/HleJ0kjVUp— 石森みさお (@330_ishimori) April 17, 2022 宇宙ヨットIKAROS2が木星トロヤ群に到達しただの、有名バンドのボーカルが宇宙に駆け落ちしただの、大型モニターから雑多なニュースが流れてくる食堂で俺と先輩は向かい合ってカレーライスを食べていた。「…なんか二人で話すの久々ですね」手紙で日時指定されて来たものの、先輩の表情はどこか硬い。 https://t.co/z7cd5yT0QO— 石森みさお (@330_ishimori) April 23, 2022 無許可のバルーン宇宙葬業者を摘発、背後に宗教団体の影――とりとめのないニュースが行き交う中、先輩が口を開いた。「私たち、もう船を降りない?」「え?」「ずっと陸で生きていくの。白髪のお爺ちゃんお婆ちゃんになるまで。それで、たまに空を見上げて、私たちはあそこで出会ったねって笑い合うの」 https://t.co/dWxmnP7sAM— 石森みさお (@330_ishimori) April 23, 2022 続きはこちら↓ ダウンロード copy いいなと思ったら応援しよう! チップで応援する #小説 #140字小説 #掌編 #140字SS #twnovel #ノベルちゃん三題 1