家庭科を通して生徒の思考力を伸ばすヒント ~「進化思考」活用例~
1 はじめに
家庭科教育に携わる方々のサードプレイス「みらい家庭科ラボ」では先生方が対象の研修を担当させていただく機会があります。「みらい家庭科ラボ」のスタッフ二名、木村か布村のどちらかが担当致しますが布村が担当させていただいた場合「進化思考」という本をベースにしたワークを先生方に体験していただいております。
研修の時間内で「進化思考」について説明する時間を十分とる事は難しいのが現状です。そこで研修では説明出来なかった事をふまえ、こちらにまとめさせていただきました。
また研修で関わらせていただく先生方以外の家庭科教育に携わる皆様に、少しでも思考法や活用の仕方などを知っていただく事で生徒の思考力を伸ばす家庭科の授業のヒントになるのではないかと思い記事にすることにしました。
この記事は「進化思考」に含まれるワークのごく一部をお伝えしたものですが、この内容が少しでも先生方のお役に立る事が出来れば幸いです。
2 進化思考との出会い
「進化思考」は2021年4月に発売された本です。著者は太刀川英輔氏で海士の風という離島の小さな出版社から出版された本です。この本との出会いは
たまたま視聴したオンラインセミナーの視聴でした。そこで知った本の内容に「何で学校を辞めたタイミングで、こんな本と出会ってしまったんだろう!」と心底ショックを受ける程、この本には在職中に探し求めていたものが詰まっていました。
在職中に探し求めていたものとは何か? それは高校家庭基礎でのホームプロジェクトをはじめ、中学家庭分野での探究学習などで実用的に生徒達自身使える思考を深めるためのフレームワーク(思考のためのツール/道具)の事です。さらに言えば斬新なアイデア発想方法と言ってもいいかもしれません。
その背景には進学校での家庭科の授業中に生徒達から聞いた「面白いアイデアが出て来ない」「発想力が乏しい」「「創造性に欠けている」などの言葉があります。「もし思考を深める効果的なツールやフレームワークなどを生徒達が知っていれば、自信を持って課題に挑み、新しい可能性の扉が開いていくに違いないのに!」という申し訳ない気持ちがありました。
それまでいろいろな本を読みセミナーなどに参加し効果的な思考法を探してはいました。が、どれも決め手に欠けるものばかり。結局、退職するまで模索は続きました。
辞めた後とはいえ、ようやく出会ったこの本と思考法は自分にとっては希望となり、この内容を先生方にお伝え出来ればという気持ちにつながっていきました。
3 「進化思考」とは
「進化思考」とはどんなものでしょうか?この本には次のような内容が書かれています。実は「進化思考」増補改訂版が発売予定で、次の文章は出版社の特設サイトの紹介の概要をこちらでまとめたものです。
『進化思考』は、生物の進化の仕組みを応用した創造的な思考法を教える本です。変異と選択という二つのキーワードで、自分のアイデアを変化させ、進化させていく方法を学べます。多くの賞を受賞し、3万部も売れたベストセラーで、著者の実践経験に基づいて書かれている実践的な書籍でもあります。また生物学者の監修で信頼出来ます。写真や図版で進化のプロセスを見たり進化ワークで自分の創造力を試したりできます。
創造とは何か、進化と思考の構造、変異と選択の方法、創造性の進化という4つの章で構成されています。創造的な思考法を身につけたい人におすすめの本です。
この進化思考について興味を持っていただいた方には次の2つのサイトを紹介させていただきます。
〈出版社海士の風特設サイト〉
〈進化思考の思考法紹介動画〉
4 家庭科の授業での活用アイデア
進化思考を家庭科の授業に関連して活用するアイデアを2つに分けて紹介させていただきます。
①授業作り(授業の構成やデザイン)への活用
この活用法は教員研修でも先生方に体験していただいたワークの内容となります。ワークのテーマは「気になっている授業」。日頃から気にかかっている授業を一つ選んでいただき、その授業についての観察と分析を行っていただきました。そこでの気づきをもとに、さらにアイデアを発想し、気になっている授業の構成、デザインを考えていくという内容です。
気になる授業とは、もっと違うアプローチや展開を取り入れたいと考えている授業やどこかの分野で新規の授業を取り入れてみたいと思っている授業としました。
ワークではワークシート1枚の中にテーマと自分が書き出した言葉やフレーズをおさめる事で全体を俯瞰し気づきや新たな視点を得る事を目指す事としました。次の画像は使用したワークシートの例です。(シートが2つあるのは、マス目ありとなしの違いだけです。)
この2枚のワークシートは「進化思考」の2つの思考プロセスの1つをベースにしたシートです。縦に時間軸、横の空間軸をとり、授業について観察を進めます。研修では、気になる授業について思い浮かんだ言葉やフレーズなどを自由に書き出してもらい、それをシートに整理していただきました。
さらに具体的に授業を作っていく場合は何らかのアイデアや新しい切り口が必要となるので、アイデアの発想についても少し紹介させていただきました。ここでも「進化思考」の変異というプロセスの9つのパターンを取り入れたワークシートを用いました。
実際の研修では変異の説明と家庭科の授業に関する実例の紹介をさせていただきました。変異の説明で使用したのは次の資料です。「進化思考」増補改訂版では一部、改訂されていますのでご了承下さい。
この変異の9パターンに、在職中に経験してきた授業のアイデアをあてはめると次のようになります。
〈変量〉
超長く授業数をとる。高校家庭基礎で企業とコラボして行った商品の広告実習についての授業数を2学期の半分を使って実施していた事例です。
〈擬態〉
研修でテーマとして「ワークショップ型」授業。詳細は後述のHPの記事をご覧ください。
〈欠失〉
私学の男子校での被服実習では「持ち物」が一切ない実習を行っていました。全て学校で準備し持ち帰りも禁止する方法をとっていました。
〈増殖〉
私学では家庭科室がない学校もあったので、とにかく授業場所に掲示物や実物など生徒達が興味・関心を引きそうなものを増やしていました。
〈転移〉
男子校の私学で調理室がない学校で調理実習をした時は食堂にシンクを設置していただき食堂の休業日に実習をしていました。場所を調理室から食堂に転移した例です。
〈交換〉
私学の中学の調理実習では食堂で行う際、炊飯をしにくい状況にあったので、災害時の「アルファ米」を炊いたご飯と交換して取り入れていました。〈分離〉
私学の女子校で調理実習を担当した時、高3学年だったので、最低限やって欲しい基本の調理実習の献立の部分と生徒達が自由に出来る自由調理の部分に分けて実習を行っていました。実習を分ける方法でした。
〈逆転〉
「正解を引き出す授業」から「正解のない問いに答えてもらう授業」への逆転。通信制高校での講師歴が長かった自分にとっては、この逆転には苦戦しました。
〈融合〉
家庭科の授業に思考法を取り入れる取り組み、家庭科と思考法の融合として私学の中学ではマインドマップを取り入れた授業をしていました。
これらの実践は、実際に課題として目の前に出て来た時には本当に大変で頭を悩ませました。ただ今ではどんな環境でも状況でも家庭科の授業は可能で柔軟に対応できる科目である事を改めて感じる事が出来るいい経験となりました。
しかし、このような進化思考を使った授業の再構築や新しい授業のデザインが出来る事と生徒の思考力の向上は関係あるのでしょうか?
私は個人的に先生方が思考を深め授業を見つめ直す事で、授業への思いに気づき、自分が本当にしたい授業・自身がワクワク出来る授業にシフトしていく事が可能となる。その先生の姿勢や新しくなった授業内容が生徒達の主体的で意欲的な姿勢につながるのではないかと考えます。
自分でやりたいと思えた生徒の行動力やテーマに対する観察、深い洞察には目を見張るものがあります。それは思考の深まり、思考力を伸ばす事に密接に関連すると思います。
最後になりますが、教員研修で痛感したのはワークでアウトプットされた内容をもとにして同業の他の先生方と自分の気づきや思いについて共有する時間の大切さです。
みらい家庭科ラボでは将来的にこのようなワークにご一緒出来る場づくりを提供出来ればと考えています。
こちらのみらい家庭科ラボのHPにもワークについてまとめていますので、よろしければご覧ください。
②授業への思考法の取り入れ
この進化思考は、私個人としては家庭科の授業で紹介し取り入れて欲しい思考法です。次の文章は思考法についてcopilotにまとめてもらった内容です。
このように進化思考はこれからの時代に必要となる創造的な活動に役立つものです。この思考法を実際に使うかどうかは生徒本人が決める事ですが、このような思考法があり、使える思考のツールがある事を生徒が知る事で学校卒業後に役立つ場面があるかもしれません。
家庭科の授業を通して何かの形で、思考法の紹介・思考法の体験・他者との思考法を使った気づきの共有等が出来れば、生徒達にとっては時代を生き抜く道具を身に付ける事になるのかもしれません。
みらい家庭科ラボでは進化思考も含めた先生方への思考法の紹介や体験の場づくりも企画・検討しております。また、ご要望がございましたらHPからお問い合わせいただければと存じます。
5 仕事や家庭生活での活用アイデア
この進化思考は実は授業以外に校務にもお使いいただけるのではないかと思います。
例えば、生徒との面談などの場合、先に紹介した時空間マップで生徒の情報を1枚のシートにまとめておく事で生徒の全体像の把握が可能になるのではないかと思います。
また校務の中で課題を感じている事については9つの変異のパターンを使って考えてみる事が出来るかと思います。
さらに学校以外のプライベートでも家族関係の見直しなどに進化思考はお使いいただけるかと思います。興味を持たれた方はこちらの記事を参考にしていただければと思います。
6 まとめ
ここまで長文をお読みいただきありがとうございました。
すでに学校を退職した身で家庭科教育について書かせていただく事に躊躇はありましたが、先生方に何か参考になればとの思いから「進化思考」の紹介をさせていただきました。
冒頭にも書きましたが、こちらで紹介した進化思考のワークは全体のごく一部に過ぎません。興味をお持ちいただいた方は、ぜひ本を手に取っていただければと思います。
ここに書かせていただいた内容は私見ですので「進化思考」の活用法は多様にあるかと思います。今後は進化思考自体の他の活用法に加え、進化思考以外の思考法についての家庭科への活用法やアイデアなども検討していければと思っています。
この内容が少しでも家庭科教育に携わる皆様のお役に立てれば幸いです。(終わり)