「手紙」本を読んだ感想

「手紙」 東野 圭吾(著者)

 言わずと知れた東野圭吾の名作。読んだのは逮捕された当初。留置場で他の囚人に官本でお勧めは何か聞いたところ、「全ての犯罪者が一度は読んだ方がいい名作」と言われ、手にしたのがこの「手紙」だ。

 現在本が手元になく、記憶をたよりに書くので、内容について間違っているところがあってもご了承いただきたい。また、展開や結末などについても言及するが、もし未読だったとしてもこの本の魅力は展開そのものではないので、是非手にしてみてほしい。

 物語は主人公の兄が強盗殺人を犯すシーンから始まる。主人公一家は若くして両親を失い、まだ10代後半の兄は、弟である主人公を養うために引っ越しなどの力仕事で身を粉にして働いていた。しかし体を酷使しすぎたことで体を壊してしまい仕事を失い、生活が困窮してしまう。

 追い詰められた状況の末に盗みをはたらき、その際にある意味事故とでもいうべき形で人を殺めてしまうのだ。そして兄の犯行シーンの後からは本編である主人公の物語が始まる。

 兄は刑務所に行き、「殺人犯の弟」として身の回りの人々から後ろ指を指されるようになる。大学進学の夢をあきらめ、生きることで精一杯の生活を送る。

 そんな中でも主人公は腐らず辛抱し、いい出会いにも恵まれて人生に希望の光も見えてくるが、またあの「殺人犯の弟」という悪魔のレッテルのせいで全てが台無しになる。それが何度も繰り返すのだ。

 この話に大どんでん返しや逆転サヨナラホームランなんてものは存在しない。ただ坦々と主人公の人生が進んでいき、真綿で首を締められるようにジワジワと苦しさが募っていく。

 兄がどうしようもないクズ人間で、自分の私利私欲のために罪を犯したのであれば、主人公にとってはある意味救いだったかもしれない。「あんなやつ家族じゃない」「あいつのせいで」と突き放し、貶す事ができただろう。

 でも兄は主人公を養うために自分の学業、青春、夢を犠牲にしてまで働いてくれた。「お前は俺の分まで大学まで行ってしっかり勉強してくれ」と言ってくれた。主人公が好きだった甘栗を持って帰ろうとしなければ、殺人ではなくただの窃盗で済んだかもしれないし、そもそも主人公を大学に行かせるという強い使命感がなければ窃盗にも入らなかった。

 盗みをはたらき、人を殺めたことは肯定できない。でも、兄は誰よりも自分を想ってくれた。自分の存在が兄の人生を台無しにし、犯罪の道に走らせてしまったという想いが主人公にはあったはずだ。だからこそ、どれだけ兄の存在によって自分の人生が狂わされても完全に憎むことはできなかった。

 そんな兄は刑務所から毎月「手紙」を送ってくる。満足に勉強できなかったからか字は汚くてひらがなばかり。でも被害者遺族と弟への謝罪の気持ち、そして弟の行く末を案じる気持ちで溢れている。

 この「手紙」の存在も主人公の心情をより一層複雑にする。主人公はこの兄の存在を自分の中でどう消化すべきか長年迷うが、守るべき家族ができたこともあり、最終的には兄への手紙に今までの想いを全て吐き出して、兄と絶縁することを記すのだ。

 僕はこの小説を読んで、そして罪を犯した者として、我が身を振り返って、本当に色々なことを考えさせられた。自分にとっての一番の気づきは、当たり前のことかもしれないが、人が社会を形成し、その中で暮らしていく以上、自分の人生はもはや自分だけのものではないということだ。

 主人公の兄は自分の犯した罪によって、弟の人生、そして何より被害者と被害者遺族の人生を狂わせた。僕自身も本当にたくさんの方々に迷惑をかけ、場合によっては人生を狂わせた。犯罪以外に視野を広げても、人の行動は大なり小なり他人の人生に何らかの影響を与えているはずだ。

 もう過ぎてしまったことは取り返しがつかないし、今後どれだけ償おうとしても償いきれないかもしれない。でも自分の行動がどのような影響を及ぼしてしまったのかを決して忘れず、自分の人生には責任が伴っていることをしっかり意識して今後の人生を歩んでいきたい。

 冒頭にも書いたが、僕はこの小説を逮捕されて1週間そこそこといった時期に読んだ。

 裁判所から接見禁止令が出ていて外部とのやりとりは一切禁じられていたので、外がどうなっているか分からなかった。もちろん逮捕された時点で、取り返しのつかないことをしてしまった。多くの方々に大変なご迷惑をかけてしまったと考えてはいた。だが、この小説を読んで、私の罪によって身の周り人や被害者などがどんな状況におかれ、どんな心情でいるかをより鮮明に感じることができた。

 僕はそこで大きな恐怖を感じた。自分は他人の人生を壊してしまった。そして家族などの身の周りの人に見捨てられるかもしれない。いや、見捨てられても仕方がないと思った。でも刑事から「親から連絡が来た。とても心配していた。」と聞き、そして家族から差し入れの服が届き、本当に嬉しかったと同時に、ここで腐ってはいけないと決意した。

 この小説のラストには少し救いのようなものが用意されている。主人公が友人とバンドを組み、兄のいる刑務所で慰問公演をしにいくのだ。(実際には親族のいる刑務所には慰問に行けないらしいが…)演奏するのはジョン・レノンの「イマジン」。主人公の心情ははっきりとは描かれていない。でもおそらく、縁を切ったとしても、兄のことをいつも思っているよと伝えたかったのではないかと僕は思いたい。


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