全部見てたよ
近頃、認知症の義母はよく眠る。
あまり言葉も発せず、話しかけても返事がない。
デイサービスのない日の午後、このまま家の中でウトウトしてるのも良くないな、と思い、マンションのロビーに出た。
大きなガラス越しに、外の景色を眺めながらジュースを飲んだ。
けれど、数口飲むと、義母は再び眠ってしまった。
家にいても外に出ても同じやったなーと、ちょっとガッカリしながら、でも、義母の主治医は、「身体が楽だから眠れるんだよ。」と仰っていたのを思い出し、眠れることはいいことなんだろう、と思い直した。
そうこうして、私は通りかかった、幼稚園児の男の子とお話をして、風船で一緒に遊んだ。
「また遊ぼうなあー。」と言い残して男の子は去って行った。
普段、あまり触れ合うことのない子供と遊べて、私は楽しくて満たされた気分だった。
赤ちゃんや子供が好きな義母も一緒に遊べたら良かったのになー。
「さっきの男の子、可愛いかったわぁ。」と、眠ったままの義母に話しかけたが、目は開かなかった。
私はジュースを飲み干し、義母の残ったジュースも飲んでやろうかとチラッと見ると、義母の目が開いていた。
「ジュース飲む?」と、義母の口元へ近づけたコップを傾けた。
すると、ゴクンと喉を鳴らした義母が、
「全部見てたよ。」
と言った。
「さっきの男の子、可愛いかったわぁ。」と私が繰り返すと、義母は頷いて微笑んだ。
実際に遊んでいる男の子を見ていたのか、私が5分前に耳元で、男の子が可愛かった、と言ったので、その映像を義母の頭の中で思い浮かべていたのか、はたまた、全く違う話を言っているのか、それはよくわからない。
けれども、義母の表情からして、なんとなく、私と同じ気持ちのように思う。
「全部見てたよ。」の言葉で、私の心のモヤモヤは吹っ切れた。
眠っていたって、喋らなくたって、気持ちは通じ合っているじゃないか。
アルツハイマー型認知症は進行する。
どのみち、これから先、眠る時間が長くなり、こちらに対する反応は薄くなっていく。
それでもいいじゃないか。
もっと反応してくれたらいいのに、もっと喋ってくれたらいいのに、なんて思うのはよそう。
義母はきっとずっと、全部見ていてくれるのだから。
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