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書評:『祖母姫、ロンドンへ行く!』(椹野道流)

私は江藤淳さんに評論というものを習った。江藤淳さんが言うには、評論というものは、何かを否定したり文句を言ったりすることではなく、良いものを世の中の表舞台にあげるためのものだと言っていたのを思い出す。

そう言った意味で、私は、この本がもっと世の中に出回ってくれれば良いと思うのです。

この本は小説というか回顧録というか、作者の椹野さんの物語である。

英国に留学していた主人公が、おばあちゃん(=祖母姫(ソボヒメ))に話をしていたら、その祖母姫と二人でロンドンを旅することになり、その珍道中の物語である。

祖母姫は育ちが良くて、気品高い。それでいて腹が座っている。で、歳をとっているので、もう少しで死にそう。死ぬ前に、20代の孫と旅行に行きたいという話である。主人公の女性は、祖母姫をエスコートする。

祖母姫は、家族に大事にされており、高齢なので、周りがみんなで高級ホテルなどを手配してくれている。主人公はさながら、秘書役といったところ。主人公もアテンドするのであるが、さらに、高級ホテルのバトラーが祖母姫にアテンドについて、心優しい物語が進むのである。

主人公は留学経験があるので、遊びに行きたい。でも祖母姫がいるから遊びに行けない。夜にちょっと出かけて、とか、悪さもするのだが、そこがまた面白い。また、大英博物館とかロンドンの名所も出てくる。私は、ロンドンに何度かいったことがある。観光旅行にいったし、仕事で出張したこともあるので、なんだか、ロンドンの話も懐かしい。そして、バトラーのキャラも、英国紳士らしいホスピタリティに溢れていて、感動的なのである。

ちょっとわがままで、家族思いのおばあちゃんを楽しませるために、孫と周りが頑張る物語なのだが、その家族愛に溢れるやり取りが小気味よいストーリーで進んでおり、良い意味でのロンドンや英国気質の解説になっているところが面白い。

ロンドンに旅をするなら、そして、ロンドンに旅をしたいなら、是非とも読んでほしい心温まる一冊である。

私は、こういう小説が好きなんだよなあ。

思い出したこと

この本を読んで思い出した旅行のシーンがある。私はサッカーが好きで、何度かワールドカップを見に旅行に出たことがある。日韓ワールドカップの時にも旅行をしていて、確か、ポルトガルチームの追っかけをしていた(今風に言えば推し活で、ルイコスタが私のヒーローであった)。ポルトガルチームの勝ち上がりを追いかけるチケットなので、周りにポルトガル人が多かった。ポルトガルチームは、当時の韓国チームのラフプレー(ヒディング監督の采配は確かに戦略的で効果的ではあったが、レフリーが公平であるようには思えなかった)もあって、結構あっさり敗退してしまったのだが、そこには高校生か大学生ぐらいの男性と、80歳ぐらいに見えたおじいちゃんがきていた。

欧州ではサッカーに歴史があるので、おじいちゃんはワールドカップが見たかった。それをサポートしにきていた孫という絵がとても素敵に見えたのだ。決して一人では、極東の国に来れないおじいちゃんと、それをサポートするがきっとお金はない元気一杯のお孫さん。この二人が、会場中で騒ぐ韓国サポーターに囲まれつつ、ポルトガルファンの日本人とカタコトの英語でコミュニケーションをするのである。でも、心は一つ。

もっと、世の中のおじいちゃん、おばあちゃんは、お孫さんのスポンサーをして、一人では行けない旅行に行けば良いのだと私は思う。そうすれば、この本のように、世代を超えて伝わるものや、継承されていくものも多いんじゃないかなと思った一冊であった。

スルスルと読めると思うので、旅行好きな人は、年末にでも買って読むことをおすすめする。


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