数えるときに「正」の字を書くようになった理由 (元教授、定年退職196日目)
先日、ある会場で1時間の講演を行いました。ありがたいことに、多くの聴衆にお集まりいただき、講演は何とか無事終えることができました。以前 note で紹介しましたが(5/28)、最近私は従来の PowerPoint ではなく、GoodNotes を使って講演を行っています。このアプリの最大の特長は、発表中に図の拡大や手書きでの書き込みが容易にできることです。特に理系の発表の場合、図を拡大したり、線を書いて傾向をトレースしたり、構造式を書き込んだりすることがとても重要だからです。
しかし、今回は ApplePencil で線を描いている途中に、「ボールペンモード」から「鉛筆モード」に誤って切り替わってしまうというハプニングがありました。バージョンアップ版から取り入れられた鉛筆モードは、絵画などを描く際に適したモードで、線や点を書いた時には薄くかすれてしまい発表には向きません(下写真)。幸い、すぐに気がついて数分後には元のボールペンモードに戻すことができ、事なきを得ました。今日は、こんなかすれやすい「鉛筆」にまつわる話をします。
数日前、この note で「イクラが赤いのはなぜ?」というテーマについて書いた際、NHK の「チコちゃんに叱られる」という番組を紹介しました。同番組内で「なんで数える時に『正』の字を書くの?」というコーナーもありました(下写真)。私は理由が思いつきませんでしたが、答えは「鉛筆が普及したから」でした。
興味深いことに、数える時に「正」の字を書くようになったのは明治時代からだそうです。江戸時代の終わりまでは、小判、銭、呉服、錦などお金やモノを数える時には「玉」の字を使い、筆で書いていました(最後の5つ目に点を打つのは、確かに視覚的にわかりやすいですね)。(タイトル写真、下写真もどうぞ:注1)
明治時代になり文明開化が起こる中で、鉛筆も普及しました。鉛筆は墨を使わず手軽に書けるためすぐに広がりましたが、意外な問題点がありました。それは「玉」の字を鉛筆で書くと、最後の5つ目の点が薄く、線も細いため、見間違えやすいということです(下写真)。特に当時の鉛筆は、線がかすれやすかったことも原因だったのでしょう。
一方、「正」の字は5画すべてが直線で構成されているため、見間違えることが少なく、「玉」の字に代わって普及しました。5画の漢字は「正」以外にもたくさんありますが、すべて直線で何画目かがわかりやすいのは、やはり「正」だったのです。この説を紹介していた国語辞典編集者の飯間浩さんが「たぶん」と前置きを付けてはいましたが、私はこの説明に非常に納得しました。
ちなみに、アメリカやヨーロッパでは、線を使って数を数える際に、異なる方法を用います。縦に線を4本まで引いていき、5本目はその上に横に線を1本引くのです(最後の1本でまとめるイメージです)。この方法も明確ですが、個人的には5つ揃うと「正しい」という文字が生まれる日本の方法に魅力を感じます(笑)。
最後に、冒頭の GoodNotes の話題に戻りますが、このアプリでは下写真のようにボールペンのアイコンの横に鉛筆モードがあり、私は講演中に誤ってここをタップしてしまったようです(緊張する場面では、思わぬトラブルが起こりやすいものです)。アイコンの位置は自由に配置を変更できるので、次回からは間違えないように鉛筆アイコンを他の場所に移動することにしました。
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注1:NHK番組「チコちゃんに叱られる(10/5)」より