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元教授が「がっちりマンデー」で学ぶ、においの未来: 定年退職169日目

毎週日曜の朝は、お気に入りの番組「がっちりマンデー!!」を楽しみにしています。3週間ほど前には「プロ向け文房具」の回をきっかけに記事を書かせていただきましたが、今回は、昨日番組で特集されていた驚くべき「においビジネス」について、私自身の経験も交えながらご紹介したいと思います(タイトル写真:注1)。


においは、五感の中でも定量化や再現が難しい感覚ですが、我々の感情に影響を与えるだけでなく、記憶とも強く結びついています。雨が降りそうな時、深い森の中に入った時、配られたばかりの教科書、図書館や本屋などのにおいを嗅ぐと、一瞬で昔の思い出が呼び起こされます。

私自身、長年化学の研究に携わっていた経験から、人間の嗅覚の鋭さとにおいに対する記憶力には驚かされるばかりです。何百種類も薬品を使用しましたが、そのほとんどのにおいを今でも覚えていますし、化学式を見ただけでそのにおいをおおよそ予測できます。また、炭素の数が一つ違うだけでにおいが変わるのはもちろん、同じ構造式でも立体構造が異なるだけでも、全く異なるにおいを感じることができます。例えば、d-リモネンと l-リモネンは、どちらもリモネンという物質ですが(キラル化合物:左手と右手の関係(下式))、d-体は柑橘系の香りなのに対し、l-体は石油のようなにおいがします。以前、授業で学生たちにこの違いを体験してもらったことがありますが、全員がその違いを明確に認識していました。

d-リモネンと l-リモネンの化学構造式(注2)


9月15日の「がっちりマンデー!!」では、「におい」に関する3つのトピックスが紹介されました。

「におい」のデータ化により世界を変える

まず、ベンチャー企業の(株)香味発酵についてご紹介します。私が最も注目したのは、この企業がにおいをデータ化するところから始めた点です。最初の「人工鼻」の開発では、人間には約400種類の臭覚センサーがあることがわかり、それを 20 X 20 のチップのような四角プレート(下写真)で再現し、あらゆるにおいをその組み合わせで表現できることを見いだしました。この技術により、データさえあれば、他の場所でもいつでも同じにおいを再現することが可能になります。

開発した「人工鼻」四角プレート(注1)

番組内では、デジタルディフューザーのデモが行われ、5種類の基本となるにおいを混ぜ合わせることで、様々なにおいを再現してみせていました(下写真)。「インクジェットプリンタが4〜5色のインクでほぼ無限の色を再現できるのと同じ仕組みです」という説明は非常に分かりやすく、感銘を受けました。このマシンを世界中に設置し、においのデータを送付することで、同じにおいを世界中で感じることができるのです。

デジタルディフューザーのデモ(注1)
デジタルディフューザーの説明(注1)

さらに、この企業は応用例として、悪臭に反応する鼻のセンサーも特定し、データベースを作成していました。そのデータを使うことで、悪臭に対してのみ反応を抑え、不快なにおいだけをピンポイントで消すことが可能になります。また、広い畜産場や介護施設などでは、スプレーしたマスクを着用するだけで悪臭対策ができるというのは画期的だと思います(下写真)。

スプレーしたマスクを着用する悪臭対策の例(注1)


食品ゴミから香りを創る: 驚きの技術革新

2つ目のトピックスとして、(株)ファーメンステーションからは「ゴミから香りを作成する」というコンセプトが紹介されました(この業績でベンチャー企業の大会でグランプリを獲得したそうです)。ここでいうゴミとは、米ぬか、さつまいもの切れ端、りんごの搾りかす、コーヒーかすなどで、そこから、それぞれもも、マスカット、パッションフルーツ、バニラの香りを作り出すことに成功しています。ビジネス面では、キロ数十円の食品ゴミがキロ数〜十万超円の香料に生まれ変わるという、究極のアップサイクルです(下写真)。しかも、これらは天然素材由来のため食品への利用も可能という点で、多くの食品会社から注目されているのも頷けます。

究極のアップサイクル(注1)

その具体的な方法として用いられているのが「発酵」です。例えば、米ぬかから桃の香りを生成するには、酵母菌と乳酸菌を添加し、1日〜1週間、35℃で撹拌するそうです。番組では、おからからミルクの香りを作る会議の様子が紹介され、様々な分野の研究者が集まり、全体の設計、菌の種類、温度、時間など、科学的な議論を交わしているシーンが印象的でした。

様々な分野の研究者による会議の様子(注1)


進化する「におい」テクノロジー: 病院からエンタメまで

紹介されていたもう一社は、ソニー(株)でした。ソニーは、病院で使用される臭覚検査装置の開発や、香りによる没入感や臨場感を提供するエンターテインメントの創出に取り組んでいました。「においの出るテレビはすぐそこに」という番組の締めくくりの言葉には、まさに現実味を感じました。


ご紹介したい研究や技術はたくさんありますので、また、次をお楽しみに!

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注1:TBS テレビ「がっちりマンデー!!」より

注2:龍谷大学 農学部ブログより


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