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伊能忠敬、隠居してからが本番? : 国土地理院特集を見て考える (元教授、定年退職327日目)
球体に描かれた日本: リアルな丸みとスペースシャトルからの視点
先日、NHK 番組「ザ・バックヤード:知の迷宮の裏側探訪」において、国土地理院が特集されていました。国土地理院と聞いて、小・中学校時代に地図帳の地図記号で馴染みがあったため、懐かしい気持ちでチャンネルを合わせました。軽い気持ちで見始めたのですが、特につくば市にある国土地理院の敷地内に設置された球体模型の日本地図には、強く引き込まれました。(下写真もどうぞ)
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この模型は、単なる地図ではなく、地球の丸みを忠実に再現した立体的な表現が施されており、これまで見てきた平面的な地図とは全く異なる印象を与えました。さらに、見ている視点がスペースシャトルの高度に設定されているという点にも驚かされました。地球全体の中に浮かぶ日本の姿が、よりリアルに、そして新鮮に感じられたのです。(下写真もどうぞ)
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「ザ・バックヤード」で知る古地図の魅力
番組の中で最も興味深かったのは、貴重な古地図を保管する倉庫の紹介でした。その中には歴史の教科書で誰もが目にしたことのある伊能忠敬の地図も含まれていました。残念ながら、地図のオリジナルは火災で失われたそうですが、現物を忠実に複写したものが所蔵されていてその迫力と緻密さは十分に伝わってきました。関東地方を描いた地図は約2m ×3m という巨大なスケールで、全国規模の地図にすると部屋一杯を占めるほどの大きさになるとのことです。目にした地図は、私が想像していたものよりもはるかに精巧で、描かれた地形は現代の地図と比べてもほとんど変わらないほど正確でした。当時の測量技術の高さに改めて驚かされました。(下写真もどうぞ)
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立川志の輔「大河への道 〜伊能忠敬物語〜」: あっという間の2時間
伊能忠敬の測量に関しては、以前、立川志の輔師匠の落語「大河への道 〜伊能忠敬物語〜」で聴いたことがありました(note, 5/26)。落語といっても、志の輔師匠が噺の冒頭で「今日は笑うところはありませんよ」と口にするほど、真面目な講談のような内容でした。確かに、笑いどころはいつもの噺に比べ少なかったのですが、それでも師匠の話術に引き込まれ、約2時間があっという間に感じられた名演でした。話の中では、伊能の生い立ちから、天文学との出会い、全国測量の実施、そして地図の完成と死までの軌跡が、深く語られました。
<追記> その落語会で、いつも購入する師匠の手ぬぐいと共に、下写真(タイトル写真)の興味深い本を購入しました(注2)。『アメリカにあった伊能大図とフランスの伊能中図』という 2004 年に発行された本でした。日本全国の地図が掲載されており、大阪も市内は詳しく載せられていましたが、私の現住所は山の中でした(笑)。
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伊能忠敬の挑戦: 知の探究に年齢は関係ない
特に衝撃的だったのは、伊能が全国測量を始めた年齢でした。彼が天文学に目覚めたのは 49 歳のときで、家督を息子に譲り隠居してからのことでした。現代に置き換えると、65〜70 歳で新たな学問に挑戦するようなものかもしれません。
天文学を本格的に学ぶため、50 歳で江戸に出て、20 歳も下の天文方に師事。そして、地球の大きさを正確に測りたいと思うようになったのです。年齢や身分にとらわれない、この学問的探究心には、感銘を受けずにいられません。55 歳のときに私財を投じ、いよいよ蝦夷地への測量旅行に出発。以降、17 年間にわたり全国を 10 回に分けて測量し続けました。その間、何度も病に倒れながらも、徒歩による測量を続け、71 歳で全国測量を完遂。しかし、完成した地図を見ることなく、わずか2年後にこの世を去りました。(下写真もどうぞ)
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伊能は、日本の測量史に大きな足跡を残した偉人ですが、彼の情熱と探究心はどこからきたのでしょうか。私は、生涯学び続け、挑戦し続けた彼の隠居後の人生はさぞかし充実していたと思います。伊能をして「生涯学習の先駆者」とも言われますが、本人はそんなことは全く考えていなく、きっと楽しくて仕方がなかった人生ですね。うらやましい限りです。
幕府も使いこなせなかった? 伊能図
当時としては驚異的な精度を誇った地図だったのですが、面白かったのは、伊能図をどのように幕府が利用したかについての記録は残っていない、つまり使いこなせなかったことです。非常にもったいない話ですが、実際は将軍家斉の個人的な目的だったのでは、という説もあるそうです。
進化する現代の地図作り: ハザードマップや地震予測へ
番組では、現代の地図作成技術にも焦点が当てられていました。航空レーザー測量や人工衛星による地殻変動の解析技術が進化し続けている様子が紹介されました。その成果は、防災に欠かせないハザードマップの作成や地震予測などにも応用されており、地図が単なる地理情報ではなく、命を守るツールへと進化していることがよくわかりました。(下写真もどうぞ)
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また、番組の最後には、明治時代に作られた渋谷の地図と現在の地図を比較するコーナーがありました(下写真)。現在も入り組んだ道路が残る地域は、かつての田畑や茶畑の中を走る農道がそのまま発展したものだと知り、思わず歴史の奥深さを感じました。地図には、こうした楽しみ方もあるのですね。それではまた。
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注1:「ザ・バックヤード:知の迷宮の裏側探訪」、国土地理院の特集より
注2:『アメリカにあった伊能大図とフランスの伊能中図(アメリカ伊能大図展 実行委員会編)』日本地図センター (2004)より