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花進化の謎を最新科学が解く: ダーウィンの疑問に答える @「地球ドラマチック」 (元教授、定年退職331日目)

学生時代、「今西錦司全集」という本を手に取った時の衝撃を、今でもはっきり覚えています(下写真)。それまで私は、ダーウィンの進化論とメンデルの遺伝学が統合されたものが現代の進化論の基礎だと教えられ、そのように信じて疑いませんでした。ところが今西錦司は、「種社会」や「棲み分け」を核とした独自の視点から、進化論に新たな理論を提示していました。当時の私にはその詳細な内容まで理解することは難しかったのですが、「確立された」とされる学問体系に対して根底から問い直しても良いのだという学問の自由さと深さに、大きな感銘を受けました。今振り返ってみると、それが私自身の研究姿勢の原点となった気がします。

「今西錦司全集」


「地球ドラマチック」で知る新技術が切り拓く進化研究

今回紹介する NHK の科学番組「地球ドラマチック:フラワー・パワー」は、ダーウィンの進化論に新たな視点をもたらす内容でした。先日、この前半部分を「花が地球を席巻する理由:多様な生存戦略による驚異の進化」と題して note で綴りましたが(2/24)、今回はその続編として、さらに踏み込んだ最新の研究を紹介します。まず驚いたのは、番組に登場した植物学者が、なんとダーウィンの玄孫であったことです。彼女の話によれば、ダーウィン自身が花の出現という現象を進化理論の中にどう位置付ければよいのか、大いに悩んでいたといいます。その理由は、ダーウィンの説く緩やかで漸進的な進化に反し、花が短期間に爆発的な多様化を遂げたからでした。(下写真もどうぞ)

「地球ドラマチック:フラワー・パワー」と ダーウィン(注1)


ここでは、(1) 花はいつ地球上に現れたのか、(2) 進化の速度とその仕組みはどうなっているのか、 (3)「めしべとおしべ」を持つ「花」という仕組みはどのように誕生したのか、この3点に焦点を当てます。そして最終的に、最新技術が明らかにしたダーウィンも驚くような新事実を示します。


(1)  花の出現の年代について: 世界最古の花が明かす新事実

南太平洋のニューカレドニアに自生する「アンボレラ」という地味で小さな花が、世界最古の被子植物であることが分かっています。アンボレラの花には 花びら と がく の原型の花被片があり、この系統をたどれば、他の植物と共通の祖先にまで遡ることができるはずです。この植物から抽出された DNA をゲノム解析し、他の植物との遺伝子と比較した結果、花を咲かせる被子植物の共通祖先が 2億1400万年前に出現したことが判明しました。これはダーウィンが考えた年代よりも1億年も古いものであり、従来の認識を大きく覆しました。つまり、花は予想よりずっと早く地球に登場し、長期間をかけて多様性を育んでいたのです。(下写真もどうぞ)

「アンボレラ」、花被片、ゲノム解析した結果(注1)


国際的研究チームが描いた被子植物の共通祖先の想像図は、蓮の花に似ていて、中央にはすでに雌雄の生殖器官を備えていました(下写真)。

被子植物の共通祖先の想像図(注1)


(2) 進化の速度とメカニズム: 蜂とアブが変えた花のかたち

花の進化の速度と仕組みを調べるため、研究者たちは世代交代が早い(7週間で次の世代へと移行する)菜の花を使い、花粉を媒介する昆虫として、香りの強く大きな花を好む蜂と、小さな花を好むアブをそれぞれ異なる温室に入れました。

その結果、わずか1年半で、二つの環境に置かれた菜の花は明確に異なる進化を遂げました。蜂が花粉を媒介した菜の花は大きく香りが強くなり、一方でアブが媒介した方は小さく香りが弱くなったのです。この実験により、花の形態や香りという進化は、花粉を媒介する昆虫との相互作用にも強く影響され、非常に短期間で目に見える変化が現れることが実証されました。(下写真もどうぞ)

菜の花を使った実験、下はその結果(左が蜂、右がアブが媒介した菜の花)(注1)


(3) 「めしべとおしべ」がどう出現したのか: 花を作りそこねた失敗が語る真の進化

最後に、花の特徴である「めしべとおしべ」がどう出現したのかを調査したところ、意外なことが判明しました。アフリカ南部のナミブ砂漠に生息する古代熱帯植物「ウェルウィッチア」に焦点を当てました。この植物は、被子植物よりずっと古い時代からある裸子植物(花のない植物)なので、生殖器官は雄花と雌花に分かれていますが、他の裸子植物と大きく異なり、雄花に雌花の胚珠が存在していたのです。その胚珠は不完全で、実際に受粉することはできませんが、これは普通、花にしか見られない構造です。すなわち、ウェルウィッチアは花を作ろうとして失敗した植物と考えられます。(下写真もどうぞ)

ナミブ砂漠に生息する「ウェルウィッチア」、雄花に雌花の胚珠が存在(右下)(注1)


最先端の加速器を使った研究でウェルウィッチアと花の細胞内を調べると、下写真中の青色で示した花を作るタンパク質と設計役である DNA 鎖が、分子レベルでほぼ同じと確認できました。つまり、ウェルウィッチアと花の基本的な構造にはほとんど変わりがないことがわかったのです。すなわち、花の出現はダーウィンが考えたように急激に起きたものではなく、遺伝子レベルで少しずつ段階的に進んでいたという新たな真実が見えてきました。(タイトル写真、下写真もどうぞ:注1)

最先端の加速器を使った研究の結果(右下で、緑(花)と青(今回)がほぼ一致)(注1)
左が花、右が裸子植物の進化の図。ウェルウィッチアはそれをつなぐ白い線(注1)


これらの最新の研究成果を通じて、花の進化はダーウィンの進化論における例外ではなく、むしろ素晴らしい進化の一例だったことがわかりました。2億年以上前に現れた花は、環境を利用し、虫と協力することで多様化し、植物界の主役となったのです。私はこの一連の進化研究の流れをみて、壮大なドラマを目のあたりにしたような感動を味わうことができました。


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注1:NHK 番組「地球ドラマチック:フラワー・パワー ~花が地球を“征服”できたワケ~」より

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