30年前のアメリカ留学時のビデオに残っていた驚きのサプライズ: 元教授、定年退職107日目
先日、アメリカ人のコミュニケーション能力の高さについて触れ、特に感銘を受けたサプライズ文化について紹介しました。その頃の写真を探している最中に、当時の映像も出てきました! 30年以上前のものですが、ビデオテープを処分する際に近くのカメラ屋でDVDにダビングしてもらっていたのを忘れていました。久しぶりにその映像を見返したところ、印象深いものが一本ありましたので、今回ご紹介します。それは、Cさんの博士最終試験(ディフェンス)後の映像で、アメリカらしいサプライズでした(タイトル写真は、卒業式)。
博士論文の最終試験の形式は日米で大きく異なります。私たちの時代(40年前)の日本では、複数回の予備審査の後、公聴会と呼ばれる公開の場で発表と質疑応答による審査が行われました(その後、主査・副査を中心にした教授間での審議、教授会での承認(投票)を経る)。当時は、大学院重点化前で院生数も少なかったため、長時間の発表と際限なしの質疑時間(発表が60分、質疑30分以上)でした。私の場合、論文提出直前に興味深い結果が出てきたので、その内容に関して多くの質問が集中しました。生成物は素晴らしかったのですが、奇妙な現象があり、その機構について議論が白熱したのを覚えています。個人的には、厳しいというより非常に楽しい時間でした。
当時はゆったりとした時代で、多くの博士課程の学生が3年ではなく4〜6年かけて学位を取得していました。しかし、最近の大学院は重点化され、院生の数も増加し、修了年数もほぼ3年になりました。また、研究内容だけでなく様々な能力も求められるようになっています。これは社会で活躍するためには必要なことですが、その分、研究に集中するのが難しくなっているのも事実で、私は非常に悩ましいことだと思っています。これからの日本の研究を背負っていく若い世代には、ぜひ頑張ってほしいです。
一方、アメリカの大学院では状況がかなり異なります。日本では、修士課程と博士課程がそれぞれ2年と3年に分かれていますが、アメリカは5年一貫制です。代わりに、2年目に予備試験があり、基礎的な学問知識や研究計画に関する審査が行われます。例えば、熱力学の法則など大学(院)で学んだ内容に関しての質問です。私の在籍時は、飛び級で進学した優秀な学生が予備試験で不合格となり、その結果、修士学位のみ取得して他大学に移籍していき、この試験が非常に厳しいことがわかりました。
さて、話をビデオに戻しましょう。順に写真をお見せします。最終試験中は研究室の学生たちは廊下に座って待っていました(写真1:これは学生が一番リラックスしている状態で、昼食時には自分で作ったサンドイッチを紙袋に入れ、この状態で廊下に座って食べていました)。試験が終わると、受験者のCさんが廊下に出てきました。彼女とともに廊下でしばらく待つと、審査が終えた教授連が現れ、最後に主査の先生が出て握手をして合格を伝えたのです(写真2)。
その瞬間から、学生たちによるサプライズが始まります。彼女に手づくりの四角い卒業帽子と花束を渡し(写真3)、飾り付けた台車に乗せます(これは実はゴミ集めの台車です(笑))。Cさんも満面の笑顔でその台車に乗り、このときは大きな銀の筒に入れられて(写真4)上から大量の発泡スチロールの詰め物を降り注がれました(きれいな服を着ていたのに!)。そして、音楽とともに(このときはアコーディオン)学内を20人ほどで練り歩きます(写真5)。今見返すと、主査の教授も一番後ろに加わっていました。事務室から始まり、各教授室にも立ち寄り、祝ってもらいました。その後、パーティーが始まり、そこでビデオは終わっていました。
日本でも合格祝いのパーティーは行いますが、ここまで大々的に盛り上がるサプライズはありません。どちらかというとしっとりと喜びます。
それにしても懐かしいビデオが出てきて、涙が出そうになりました。それでは、また。