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ホタル点滅の謎: 2秒と4秒の境界線を探るも、全国大調査でカオスに (元教授、定年退職201日目)

前回の記事「イクラにGPSを!?」では、サケの頭部にある耳石に温度標識を取り付けて調査し、サケが地磁気を利用して太平洋を横断することを解明した話を紹介しました。それは、科学の力で長年の謎が解決された瞬間でした。今回はホタルについて取り上げます。残念ながら番組内で謎を完全には解決できませんでしたが、その過程で多くの興味深い発見がありました。ぜひお楽しみください。


先日、NHK Eテレ番組「サイエンスZERO」で「ゲンジボタル大調査!点滅間隔の謎に迫れ!」という特集を視聴しました。私は20年以上ホタルを見ていませんが、日本には50種類以上(世界では2200種類)のホタルがおり、代表的なものはヒメボタル(林に生息)ヘイケボタル(水田、湿地)、そして今回話題になっているゲンジボタル(川)がいます(タイトル写真:注1)。

ゲンジボタルは九州から青森まで分布しており、幼虫として川辺で約260日過ごし、土の中でさなぎになり、その後成虫になって産卵します。成虫として飛び交う期間はわずか10日ほどだそうです。発光は求愛のシグナルで、オスは飛びながら光り、草むらでひっそりと光るメスを探します。オスは集団行動で同時に明滅を行いますが、これは広い川でも互いを見つけやすくするための能力です。 


ホタルの点滅には不思議な特徴があります。西日本では平均して2秒間隔、東日本では4秒間隔で点滅します(下写真)。実際に映像を見ると、明らかに間隔が異なります。この地域差の理由は長い間謎でしたが、その解明が今回の番組の目的でした。

西日本では2秒間隔、東日本では4秒間隔で点滅(注1)


西日本と東日本では文化の違いがありますが、どこにその境界線があるのかよく話題になります。例えば、うどんとそば、すき焼きの作り方、鰻の調理法、エスカレータの乗り方など挙げていけばきりがありません。ホタルにもそのような違いがあるのでしょうか(下写真)。われわれはつい気にしてしまいます(ホタルですら西日本の方が“いらち?”(= せっかち))。

どこにホタルの点滅の境界線があるのか?(注1)


番組では2人の専門家が意見を述べました。鹿児島大学の加藤さんは、その違いは遺伝子によるものであり、現在解析を進めているとのこと。例えば、染色体の数が東西で異なるそうで、発光を区別できるような遺伝子があるのでは、という意見でした(下写真はその一部)。一方、中部大学の大場さんは少し異なる考え方で、遺伝的に決まっている可能性もあるが、それだけでなく気温や飛ぶ空間の広さなどの環境も影響しているのではないかと。すなわち、2つの要因がある可能性を指摘しました。

遺伝子解析の結果は東西で違いが見られた(注1)


<追記1> どちらの先生も穏やかに語っていましたが、議論は相当に白熱していました(個人的な感想です)。学会などでは意見の対立は日常茶飯事ですが、勝敗ではなく、それが新たな発見につながることも多く、議論は極めて重要です。


しかし、データ数が少ないため、NHKの「みんなで「?」をひもとく研究室」というシチズンラボで、「ゲンジボタルの動画を送ってください」というキャンペーンを行い、全国大調査が行われました(下写真)。「あなたの投稿が、大発見につながるかも! 研究者も解明できない謎に、一緒に挑んでみませんか」、という謳い文句が効果的だったのか、なんと全国で450件も応募がありました。

NHKのシチズンラボで全国大調査が行われた(注1)


その結果をまとめてみると、2秒と4秒の異なる間隔で点滅するホタルが明確に存在することが確認されました。しかし、その分布は下写真に示すように全国に広がっており、明らかな境界線は見られませんでした。さらに、2秒と4秒の間の3秒で点滅するホタルもかなりの数いることが判明しました。加藤さんは「まさに混沌としている。自然はそう簡単には私たちに解答を見せてくれない」と感想を述べ、大場さんも「ここまで混沌としているのに驚いた。データがたくさんあったから初めてわかったことだ。別の解析も必要なのでは?」と述べていました。

2秒と4秒の異なる間隔で点滅するホタルの関東での分布(注1)
分布は全国に広がっており、明らかな境界線は見られなかった(注1)

<追記2> 発光パターン地域差が混沌としていた一因として、人為的な移動も考えられます。他の地域の幼虫を川に放流するイベントなどがあり、地域間の移動があるかもしれません。そもそも江戸時代には参勤交代で「献上ボタル」もあったと言われています。


今回の調査でこれまで不明だった全国のホタルの分布がわかり、3秒で点滅するホタルの存在も明確になりました。ホタルの点滅パターンが予想以上に複雑であることが明らかになって、今回は謎の解決はできませんでした。今後は、複数年にわたる観察やさらなるゲノム解析が必要でしょう。地域のホタルを保護しながら、引き続きこの長年の謎に挑戦していってほしいと思います。


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注1:NHK Eテレ番組「サイエンスZERO:ゲンジボタル大調査!点滅間隔の謎に迫れ!」より


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