
惑星に愛された乙女・序章・新感覚ファンタジー。不器用なリーダー久美の初挑戦
1 惑星のプリンセス杏樹と宿命の出会い
舗装路の片側から飛び出した葉からハッカの匂い。そこは強い匂いを放つ色々なハーブ類が茂り、さび付いた柵に絡み合い迫り出す。この草むらも乱雑に刈られた部分が拓けて、屋外ボックスのモニターに『稲作予定地・立ち入り禁止』と表示されている。
生命体の近づくのを察知して機械音が響く。
「久美pyupyapyo019353。立ち入り許可証を提示せよ」
モニターが確認して、映された久美は、開襟シャツにホットパンツ姿の女性体形。硬質の長い髪は後頭部高めにシュシュで結ぶハイポニーテール。
「あの。あなたは誰ですか」
久美は前に確かめもした。こういう端末なら検索して適切な答えを見つけるはず。
「惑星メタフォー。pyupyapyoタウンA地区……」
この街のどの地域で何番目の端末か、真面目な口調で喋っている間に、アワダチソウの隙間を抜ける彼女。
「知ってるって。おつかれさま」
補助脳を頼らなくても分かる。嘘も方便を、幼いころの誘拐未遂事件で覚えた。木から落ちたという作り話を、しばらくして気づいている。
(琴音先生が補助脳で何かしたんだ。でも良いさ)
幼年期の7歳からはネット授業も始まり、連続拉致事件や、お話ロボットの回収などの情報も手に入る。
(忘れるから良いんだ、人の脳は)
ヨーマとルナという単語も忘れかけてはいる。今はタウンの外へ出てみたいという好奇心が心の中を占める。
這うつる草に覆われた地面のでこぼこがスニーカーから伝わり、アワダチソウの間から伸びたラベンダーが久美に触れ、揺れて匂う。惑星メタフォーでは地球の常識が生物に通用しない。
生え放題の雑草に彼女は思わず呟く。
「魔女がいるらしい。諦めたのかな大人は」
最近はこの場所からロボットもタウンの外へ出ていないらしい。
惑星メタフォーでは二十歳まで少年後期で、これから成人の大人となる久美。タウンの生活を惰性で生きている人々の、息苦しさから逃げたい思いと、大自然への憧れがある。
5歩も歩くと、そこは、5平方メートルぐらいの広場があり、湿った匂いのカタバミが地面に這って群がる。
「あれっ。ハニャ」
陸棲蛸が雑草の上で、足を伸ばしていて、広場をほとんど占領している。普通は「ハニャー」と気が抜けるような名前で呼ばれる。片足は2メートルぐらいだろう。頭部分は緑に近い渦を巻くが全体的に虹色で目立つ。
久美は陸棲蛸のハニャーへ近づく。胴体と頭の一緒になった丸い部分が揺れる。8本の細い足が丸まり、バスケットボールと、それを囲む浮き輪(スイムリング)みたいな状態にった。
ハニャーは丸い目が愛らしく、たまにタウンへ現れる人気者。
ハニャーは何かに気づいたか、はっにゃー、と目の下の漏斗から発して、揃えた足の先で、ぴょんぴょん、と跳んでススキの茂みへ隠れる。
同時に、反対の背の高い草の群れをかきわける、ばさっばさっ、という音。
ジャンプひと跳びで久美の前に現れた女性体形。長い髪は、そのまま伸ばして、風に揺れる。
「私は惑星メタフォーのprincess・awt杏樹」
唇はあまり動かさないで、重々しい口調で喋る。
「立ち入るなと注意したはずだ」
異様な服と顔立ちの杏樹。
(ルナ。違うか。日本人じゃないね)
7歳のころの記憶が蘇る。それでも、補助脳が垂れ流す大量の情報は無視する術も心得てきた。まずは観察する久美。
相手は新体操の選手かと予想もする。杏樹が身に着けるのは身体にぴったりと張り付く緑のレオタード。四肢はしなやかに伸びて、五指も長い。
「あの。あなたは誰ですか」
久美は。タウンで見かけない服だし、どこのタウンから来たのか知りたい。単純に聞き返す。
「いま自己紹介したであろう」
ちょっとイライラする杏樹。
ちゃんと名乗ったし、もうちょっと警戒しても良いだろうと思っているのだが、久美の名札に気づく。
「019353。このタウンでこの番号は前に存在していた人類なはず。そうか、再利用。顔も、ふうん。まだ若いね。じゃあ、説明しよう」
杏樹は、タウンの住人から自然界を守ってきた。外敵の侵入を阻止するのが使命だと考えている。
杏樹の言葉を半分は聞いてないのが久美。
「それよりさ。川を探しているの。魚というのが棲んでいるらしいから」
タウンの外で暮らせないか、排水で川があるはずだと、ここへ来た。
(この人は邪魔をするつもりかなー)
久美は考えるが、勿体ぶった話は苦手。余計な情報になるだけだから。順序を追って話したい杏樹とは話もかみ合わない。
「分からないことを。こっちの話を聞いたらどうだ。この世界にいる私に、もっと驚かぬか」
杏樹は今までタウンから出てくる者を、驚き恐れさせていた。
考えれば杏樹は異様だ。
コーカソイド人種の特徴を持つ風貌だが、日本語を喋る。豊かな胸の膨らみと胴体のわりに、四肢が細く長いのはアンバランス。
久美は人類の古代史をネットで調べた。ルナに驚かされてもいるから体形や人種に驚かないし、相手は今のところ悪さを仕掛けるようすもない。
それより、良い情報だと気づいたこともある。
「もしかして杏樹は、ここで暮らしていると。なるほど、心強いよ」
タウンの歴史で外へ出ていった者の記録はないが、同じことを思う人はいたと喜ぶ久美。
タウンから出ようとした人はいるらしいが、半ば相手の話を端折っている久美。
しかし、杏樹も丁寧に話すのは限界らしい。
「衝撃的な場面を台無しにするなっていってるの」
詳しい説明はしないで良いと決めた。
「移民してきた地球人は、タウンの中へ引っ込んでろって話」
ついでに、もうひとこと言いたい。
「私の名前を、ちゃんと聞いて覚えてもいるじゃん」
それは補助脳が保管しているから。
「私は地球人じゃないよ。この星で生まれたもん。メタフォー人とでもいうのかな」
「もう良い。分かってはいて、惚けているんだね」
杏樹は言うと右手を挙げる。
「来たれ魔進」と叫ぶ。
すると、にょきっ、とキリンみたいな物体が草むらから跳んできた。
「キリン型の運搬ロボットだね。メタフォーをテラフォーミングするときに使ってたやつ」
久美はネットでも検索して確かめたが、ここで見つけるとは思わなかった。
「しょせんは知識だけだ。見よ、この星の生物が恐ろしいと、思い知るが良い」
杏樹が左手で合図する。
魔進と呼ばれたロボットの胸が開いた。
そして透けた薄い青色の、風船みたいなのが転がりだす。久美より高い背丈の生物らしいが、いくつかに枝分かれする。
巨大アメーバーだ。
伸びた仮足を広げ、獲物を探すようにして、久美を囲む。
「この星を乱すものはアミバの餌となれ」
たいがいの人類が恐れて、逃げて行かせた経験もある杏樹。
ただ、久美に危機感はない。惑星メタフォーの自然界に興味がある。
「柔らかそうだけれど」
押しのけようとする久美の手に絡みつく。巨大アメーバーは軟じゃないらしい。久美を巻き付ける。
「さすが自然界だね。でも、食べきれるの」
さすがに人間のような大きな生物は消化もできないと思う久美。ただ、アミバに頭から全身が包まれ、大気が塞がれて息苦しい。
呑気に構えていられないと気づく。
「動くことはできるのね」
走って抜け出そうとするが、身体にまとわりつくアミバ。
くにゅくにゅ、と顔の前にあるアミバの肉をかきわける。開いた隙間から酸素を取り込んで、ひと呼吸。
形を変えて隙間を埋めようとするアミバ。
根気比べだ、とアミバの肉をかきわけるのを繰り返して、顔を外へ出そうとする久美。
杏樹は高みの見物だと、余裕の笑顔で喋る。
「派手じゃないけれど、怖いのよ。身体が消化されちゃうから。ほーら服が」
水の中みたいに音波は届くらしい。
杏樹に言われて、開襟シャツやショートパンツが液状に溶けていくのに気づく。その液汁を吸収するアミバ。
剣とか魔術は持ち合わせてない久美。学習した、地球の常識では、通用しないと分かる。
「食べられる前に、食べてやるから」
唇にかかったアミバの肉を噛むとプリンみたいな感触で引きちぎられる。ちょっと塩味だが、旨味成分も備わっている。咀嚼するとソフトクリームみたいに溶けて零れる。
「これは、いくらでも行ける」
涎みたいに口から零れて垂らすのは、はしたないけれど、何とかなる、と安心する。だが、それどころではない。
「先に消化されてしまうかも」
肌がぬらぬらとアミバに触れられて熱くなる。
魔進の胸元からラッパ状に先端が開いた筒が伸びてくる。
「この世界で住むなら、私に謝って僕となれ。それなら助けてやろう」
杏樹は、言うことを聞けばアミバを強力吸引して回収するつもりだ。
「誰が。私は逃げない」
しかし、逃げた方が良いと考え直す。
「いや、違うかな」
この美味しいプリンを食べても埒があかない、先に消化されてしまう。胸の先端と太腿の付け根が痛くなり、全身が疼き始める。
動いても離れないなら、それを利用しようと考える。久美は前転を繰り返して杏樹へ突進する。
「あなたも食われちまえ」
「あ、なんでよ」
避けようとする杏樹だが、脚に久美がぶつかり、二人ともススキの草むらへ倒れる。アミバは身体を薄く伸ばしてついてくる。
「逃げるわよ。喰われてたまるか」
久美は転がるが、急坂になっていて、思ったよりも、ごろごろ、と転がる。
「はにゃっにゃっ」
隠れていたハニャーが叫び、一緒に転がり落ちる。
ススキが櫛の役目をして、剥がれるアミバ、さすがに追いつけない。
「暑いし、なんなのこれ」
動いて汗もかく。
植物で肌も傷つけて痛いし痒い。
服は縫い目や丈夫な部分が残り、半ば肌が露出、お椀型の胸が両方とも露わになる。スニーカーは何とか未だ足を守る役目はしている。
「やるわね。本気でいくよ」
杏樹がいうとひと跳びで久美の前に来る。
アミバはくっついたままだ。魔進も追ってきて、ぱしゃっ、と水音。
川になっていると気づく久美。周りは小石と大きな岩が広がる。突き出た石を弾いて流れる水音がのどかに響き、小動物が、かさかさ、逃げていったような葉音。
久美は、それより、と杏樹を包み込むアミバが気になる。
「アミバは危ないよ。息ができないし」
呼吸もできない苦しさを味わっていたから、相手へ注意したい。
「それは。それは大変ね」
杏樹は、予想外の言葉に戸惑う。ここで、敵対する相手を思いやれるのか。
「おかしな子だな」
取り敢えずは、魔進へ合図してアミバを吸引させる。杏樹のこの落ち着きは、アミバを怖がっていないということだろう。
「生物をすべて消化するんじゃないのね。あれっ、そうかな」
久美は柔軟に考える癖がある。
「杏樹は生物じゃないのかしら」
それなら消化もされない人工物か鉱物か。
ロボット。それにしては自然な動き。
「えっ。あなた。All weather type」
全天候性型ロボットだと思いつくが、それはヒューマノイドのこと。
現実には存在してないロボットのはず。表情や感情を持たせて、人間そっくりにするのが目的の、All weather typeヒューマノイドは、地球で成功してない、と学習している。
杏樹は否定しない。
「なによ、文句ある。あなたも地球人じゃないでしょ」
やはり感情と表情を人間へ限りなく近づけたAll weather typeヒューマノイドか。かなり怒ってヒステリックな口調。
杏樹は魔進へ跳び乗って立つ。
「もう怒った。変身。ポジションデバタイ」
杏樹の後ろが開き、しゅっしゅっ、飛び出したワインレッドの服に包まれて、魔進から跳び下りる。
2 戦闘態勢の杏樹と久美の激突
杏樹は戦闘態勢のポジションデバタイ姿。襟付きベストに、ふっくら膨らんだ胸は、いかにも武器らしい先端の穴。
切れ込みの深いスリットのある長いスカート、腰に回る太いベルトへ剣を下げる。ゴーグルで覆われた目から視線も窺がえない。
「捕獲して調教してあげる」
今までと違い、距離を置いて、5メートルぐらいは離れている。
「なるほど。戦士なのね、昔のアニメみたい」
文明が人類主導期の日本では流行ってもいたらしいと久美は思いだすが、杏樹は本気らしい。
「2次元で遊んでるんじゃないよ。覚悟しなさい」
胸元を、くいっ、と持ちあげると尖った先から、しゅっ、ガスの噴き出す音がして、炎の玉が久美へ向かって飛ぶ。
「危ないわねー」
横に避ける久美。ハニャーが足にかかり、よろけた。
蛸も驚き動けないらしい。
「痛いだけじゃないよ。熱さで小動物は、まる焼きになる」
「いったい何をするのよ。怒ったから」
久美も態勢を整えて相手を睨む。しかし杏樹は、目が合うのを持っていた。スカートのスリット部分を大きく開くと、青白い閃光が走り久美を照らす。
久美は思わず目を閉じる。
昼間でも眩しい強烈な光。
目を閉じても、ちかちかするが、次の炎の玉が襲う。
「いっ。ひいぃ」
久美は腹に受けた熱さに悲鳴をあげてうずくまる。
杏樹を本気にさせたら、ちょっと敵う相手ではない。
「魔進。捕獲」
杏樹がいうとキリンみたいな頭を、くいっ、と久美へ向けて口の部分が開き、飛び出して広がるのは網だ。
今度は頭上から網が被さってきた久美。がちゃがちゃ、と網の先に付けた磁石がくっつかって行く。これで、袋状にするつもりだ。
「捕獲したわよ。聞き分けのない危険生物に教えてあげるから」
杏樹は安心したようにいうと、一歩ずつ久美に近づく。
「消炎剤はないの。気の利かない人だね」
痛くても強がる久美。
はだけた開襟シャツ、腹が腫れて赤いのが見える。
そこへハニャーの足が伸びてくる。ひんやりと冷たいし、じんじん、と痛みが和らぐ。体温がかなり低い生物だ。暑いのがお好きな生物でもある。
成り行きで、へんなことになったが、久美も自然界は予想外のことがある、と学習している。
ただ、攻撃を仕掛けるヒューマノイドは思いつかなかった。
杏樹は一段落したと、説明もしたいようす。
「少しは私の話を聞く気になったかしら」
「つまりは。この星の自然を守るために存在していると」
「なんだ。ちゃんと分かっているのか」
杏樹は、久美が聞いてないようで、趣旨を理解していると判断する。
「話は早い。人類はタウンの中で生活するようにマザーコンピューターから指示はなかったのか」
ロボットの元締めは地球で誕生したマザーコンピューターだ。杏樹もその影響を受けている。
「タウンというか、あの狭い元宇宙船で住むのは生物として無理があるのよ」
狭い空間もそうだが、その中での人間模様が煩わしく思う久美。饒舌になるのも、日常に満足する他人には理解されない思いが溜まっていたから。そして、補助脳が半ば喋ってもいる。
杏樹は、人類の我儘だと思っている。
「それを選んだのであろう、人類は」
合理的に快適と安全を求め、科学力を利用して快適な空間を創造したのは、地球でも20世紀のころから。21世紀のAI主導期から人類の迷走が始まる。
「都市という檻を作っていたらしいよね」
自然は破壊され尽くされたと思う久美。ビルが並び舗装路で埋める地球人類の生活圏は檻に思えた。
「だからさ。ここでは繰り返させない」
杏樹も、分かっているじゃん、と安心したようす。
「人類が特別な生命体ではないのよ」
「それは。うん、生き物は多いから」
久美は笑ってしまう。宗教家ならともかく、科学力を信じる者にも、人類は特別、と考えている人はたまにいる。
杏樹は口元が緩み、笑顔になっているようだ。
「それじゃあさあ。私に同意できるでしょ。人類は、メタフォーの小さなタウンという巣穴で生きてればいいの」
「でも、私はメタフォー人だし。ここで自由に棲むのよ」
「だからマザーコンピューターの最終使命を分かってないんでしょ」
「生き物なら快適を求めるはず。それで。失敗したのが地球の人類なのは確かよ」
久美も杏樹のいうことへ分かる部分もあるが、行動を制限されたくない。真面目なようで、やりたいことは、禁止事項も無視して進める。生きるのに必要なことを守れば良いとの思い。
杏樹も久美のタウンへの不満は感じ取った。
「しばらく隔離して調教してあげる。使えそうな考えはしているね」
杏樹は、タウンの中で賛同するものを、求めてもいる。
ただ、久美は惑星メタフォーで自由に生きるというのを譲れない。
「もっと精神的に成長すれば、人類も過ちを犯さないと思う」
「いつまで待つ。人類は科学力を信仰して、滅びないで地獄へ歩いていったのがすべての結果でしょ」
「オールオバーアゲンでしょ。やり直すのよ」
「すべてだよ。地球の生命体は、同等のスタートラインにいる。移民してきた人類は、あとからしゃしゃり出てきたんだから」
「だから。人類の計画だって」
「マザーコンピュータのでしょ。勘違いしているよね。隔離して教えてあげる」
どうやら話は平行線だ。杏樹は中継所へ連れて行くことにする。ロボットのメンテナンスを行う場所が今も稼働している。
網がすぼまり引き上げられる久美。
(とことん知りたいけれど。タウンへ戻れるかなー)
いくら能天気でも不安になる。
しかし、腹に張り付いていたハニャーが足元へ降りると、足を、くいくい、と伸ばして繋がれた磁石を押し開く。
「ありがとうね」
久美はかがんで網を潜り抜けて網を掴む。
引き上げられながら、ブランコの要領で杏樹へぶつかる。
よろける相手。
久美は振り子の原理で退く。
相手が体制を立て直す前に、再び戻る網から手を離して突撃。
杏樹は仰向けに倒れた。
久美としては落とし前をつけさせたい。
「服が溶けちゃったでしょ。どうすんのよ」
相手へ覆い被さるが、杏樹は屈伸して跳ねのけて起き上がる。
「服は邪魔なだけよ。この星は暑いし、メタフォー生まれでしょ」
いうと剣を腰から抜き取る。
刃物が切れるのをあまり把握してない久美。
「そうじゃないでしょ。謝りなさいよ」
恐れない久美へ杏樹は逆に警戒する。
「なにかできるかしら。私が何故あなたへ、謝るの」
なにか隠し技がないか考える杏樹。
この女は、と睨む久美。
ハニャーが網を遊び道具としてブランコのように揺れて二人の前を横切る。杏樹は何かある、と思った。
「この陸棲蛸が久美のアイテムか」
杏樹は両手で剣を構えると、目の前を横切る長い蛸の足へ振り下ろす。
「このタコがあっ」
吸盤の付いた足は根元の近くから、すぱっ、と切れて落ちる。はにゃはにゃ、縮まる7本の足で、向こう側へ揺れて逃げるハニャー。
久美はハニャーが痛くなかったか気になるが、杏樹に尋ねたい。食物摂取に生命体は必要とも考えるが、相手は生命体なのか。
「食べるの。ロボットなのに。お腹を壊すよ」
ヒューマノイドは太陽エネルギーだったはずだし、この惑星でも恒星をエネルギー源としている。人間みたいに生命体を食料としないはず。
ここで呑気なことを、と呆れてもいる杏樹。
「必要悪よ。久美のアイテムなんて、こんなものかしら」
「今からなるよ」
久美は、鞭だと思いつき、素早く蛸の足を拾い上げる。
「かたき討ちだよ」
ちょっと太いが両手で構える。まだ蠢いていて逆に指へ馴染む感じ。
格好つけたがる杏樹。
「ほほう。なんでも武器に」
久美が蛸の足を振り回す。
「する、と、おい待て」
蛸足の鞭が杏樹の剣を両手首から巻き付けた。やっぱり、久美は人の話を聞かない。
「あらっ。腕力は意外と弱いのね」
引っ張り合いで久美は感じる。一歩足をずらす杏樹。2足歩行は苦手でもある。元々は人間が惑星メタフォーで耐えられるか試すために製造されたのがAll weather typeヒューマノイド。
久美としても、これからどうするか考えてないが、剣で切られたら痛いだけじゃ済まないと気づいた。
(蹴飛ばすしかない) というより、ぶつかるとかしか思いつかない。
「強いところを見せなさいよ」
両手で強く蛸の足を引き付ける。
杏樹も力が入る。
蛸の足を緩めると、反り返り倒れる杏樹。
そこで相手の腹へ蹴りつける。
「仕返しだからね」
目の前で揺れる剣が太陽光を反射して光る。
またか、と久美は杏樹の手首を思い切り蹴りつける。
眩しく輝く剣が、くるくる、輪を描いて岩場に落ちる。光源砲のパワーをこの姿勢の腕では抑えられなかったらしい。
「ふんっ。武器なんか要らないからね」
杏樹の身体が丸く縮まる。
弾けるように伸びると宙に浮き、立ち上がる。
さすが人間型の全天候性ヒューマノイド。そのままが一番に危ない存在だろう。
久美は蛸の足を鞭として構えるが、炎の玉と光源砲は防げないだろう。やはり接近戦。
杏樹は、天然ボケみたいな久美が仮のすがたと判断する。
「ほかの生命体を操るとは面白い。陸棲蛸の能力は未知だが、次は倒してあげる」
「帰っちゃうの。その前に謝ってね」
ちょっと柔らかく言いすぎだが、服を溶かしたり、蛸の足を切ったりして、このままは済まさないつもりの久美。
そこへハニャーが前に出る。一本足で立って、ほかの足は広げている。直径4メートルほどの巨大円盤の生物だ。
久美の後ろで、この姿でいたから、杏樹も警戒していた。見たことのない格好のハニャーは足を切られて怒っているらしい。剣を手放した相手は怖くもない。広げた足が杏樹へ伸びる。
「なるほど、その手に乗るか」
杏樹は素早くジャンプして蛸の足に捕まるのを危うく避けた。
「私の邪魔をするなってこと。自然界は理不尽なこともあるのよ」
杏樹は言うと魔進へ跳び乗る。
剣が吸付かれるように飛んで魔進の後方へ納められた。
これも磁力を応用している。
「お判りかしら。どうせタウンのシステムは止まるから。人類も、それまでの命さ」
杏樹は魔進に乗って跳んで去っていった。
タウンも永久機関ではない。空気に触れては、メンテナンスも限界がくる。人類は気づいていながら、お終いの日、は無視していた。
「あれか。魔女に会ったという噂の正体は」
タウンの外は危険とか聞いていたけれど、野獣とか蛇とかと思っていた久美。
確かに真空で持ちこたえたバリアも失った元宇宙船は、大気に触れて腐敗していく。危険でも、ここで生き延びなければならない。
「杏樹の本当の使命はなんだろう。邪魔をすることか。ヒューマノイドはマザーコンピューターが作ったのよね」
人類を取り除く作戦か、とも思う。
魔女は空想の産物か、何かの例えと認知されているが、ヒューマノイドが存在しているのだ。惑星テラフォーミングセンターが今も稼働している証拠で、何者かが作動させたと考えた。
(違うか。まだ移住から20年。継続している)
補助脳からの垂れ流す情報で気づいた。便利な時もあるらしい。
久美はカタバミの広場へ戻る。石ころが当たり、あっちこっち痛いし、暑さで汗が滲む。
「さっきの簡易音声モニターに頼んでみるか」
新しい服が必要だし、ちょっと皮膚治療軟膏も必要だと考える。注文すればロボットが持ってくるだろう。
「はあっにゃー」
足元でハニャーがのんびり鳴く。跳ねながら一緒についてきている。
「くっつけられるかな。いや、また足が生えるか。どうだろう」
この星で地球の常識は通用しないし、同じだとは限らない。
舗装路、つまり第4環状道路の土手に座り、ハニャーを横に招くと、手にしている蛸の足がくっつけられるか試す。
「もう固まっているね」
切られた部分は、周りと同じ膜が覆う。人間の医療でくっつけても不自然になるはず。
「はにゃはにゃ」
切られた短い部分を振り、元気だよ、というような響きの声を発する。
「杏樹がいったように危険生物から身を守るのに、鞭も必要か」
鞭として使用することにする。タウンは、すべてのものを加工して再利用する技術を備えている。長い宇宙旅行で『物質すべて』再利用してきた。
「ハニャの分身だね。助けてくれたお礼に、使うよ」
久美へ答えるように、跳ねて一回転する。言葉を理解するというより、感情の動きへ反応できるぐらいの知能はあるらしい。
「ハニャが名前だよ。ほかのハニャーたちとは違う、私の恩人だね」
ペットをタウンの中へ連れて行くのも問題だが、工夫してペットを見つけている人も増えていた。星間移住して20年のいま、生活が変わろうとしている。
7本足の蛸とbelle femme soldat(美乙女戦士)久美が魔女のprincess・atw杏樹へ挑む戦いは、もうすぐ始まる。
3 久美と同級生たち
pyupyapyoタウンは広大なビルみたいに建つ。タウンビルと呼ばれてコケやつる草などが包み、各タウンは固有の植物群落に飾られている森のようだ。
久美はタウン内の自室で覚書きみたいなブログに今日のことを書き終えると、メールを確認する。親交のある月乃からだ。タウンの外へ出てみることは話してあり、その様子を聞きたいらしい。
「交流センターで待ち合わせか。苦手だけれどなー」
いつも混雑する場所だから、出かけたくないが、月乃は好んででかけるらしい。たぶん保育機械のころから隣だったはずの月乃と、気の合う部分もあり、一緒なら周りは気にならない久美。
交流センターは、タウン管理エリアを外周する場所。各地区の人とも交流できるらしいが、久美はそこまで興味もない。
近くの二人用椅子に、ツインテールの月乃と向かう。服装は開襟シャツにホットパンツ姿。惑星メタフォーでは基本的なスタイル。ファッションも多様化してきてはいるが、慣れた服が良い。
「蹴飛ばした、と。久美ならやりかねないね」
月乃が、かいつまんで話す久美へ頷きいう。
久美を見た目で判断すると危ない、と月乃は知っている。幼いころから走ったり跳んだり、体育系の遊びが得意だったし、運動能力も高い。
そこへ歩いてきたのは見覚えのある7人連れ。これを友達とかいう人もいる。もっとも、13歳までの指導を共同部屋で受けた。
同級生と言ったほうが適切。
みんなが開襟シャツにホットパンツ姿で、髪はそのまま伸ばすか、束ねたり、それぞれ違う。
「久美、久しぶり」
声をかけるのは、リーダー的な存在の亜由美。付き合いはあまりないが、知り合い程度の挨拶はする仲。
そこで突っ込んだ話を持ち出すのは彩香。
「ランチボックスの会というピクニック同好会へ、入ってくれないかしら」
こういうのは苦手な久美。
「好きなら行けば良いと思うよ」
遠足とか怠けて行かなかった綾香が、ピクニックで自然に触れる思いになったのを喜ぶ。綾香は付き放された思いだが、いつものことか、とため息を吐く。
「勝手に行け、みたいな言い方ね。言い方を変えたら」
「考えておく。おやぶん気取りの亜由美が嫌い、と言ってたけれど」
仲が良さそうで良かった、と思う久美。それに亜由美は余裕の表情で答える。
「陰口なんて気にしてなかったし。ほんと、久美は気にしすぎよ」
久美は亜由美と仲も良さそうにしている綾香を、喜んでいる。しかし、綾香の顔が険しくなる。余計なことをいうな、と言いたいらしい。幼いころは喧嘩していたし、そういう付き合いもあるのだろう。
「いろいろだから」月乃が間を取り持つ。
「それより、新しいポテトプリンが開発されたみたい」
スイーツはみんなが好きだ。
和やかに、いつか食べに行こうとなる。
「久美はプリンが好きだったよね」
亜由美が、たまには参加して、と誘う。あまり一緒に歩くことはない。
「ポテトチップで良いや。試験が終わったら。一緒に行くよ」
プリンは巨大アメーバーを思い出しそうで遠慮したい。二十歳の試験が、もうすぐあるし、区切りとしてみんなで集まるのは久美も楽しみにしている。人間関係の距離感が、他の人とちがうのだ。
「今日は月乃と話があるから。いつかまたね」
久美は話すこともないと思う。亜由美はちょっと困った表情だが、いつかまた、は会いたい前向きな気持ち。これが久美のやり方、と割り切ったように頷く。
月乃がみんなと何か話して、頷き笑い合う。綾香も、今は成長したよね、と自己弁護するふう。
お互いに波風立てずに話を合わせるのが人間付き合いらしいが、久美には苦手だった。意見が対立して、相手を理解し合う仲が欲しいのだが、少年初期の知り合いにはいない。6歳までの幼少期から月乃は知っているし、ぶつかり合うというより、溶け合う部分が多くて親交も深まってきている。
久美と二人で座ると、さっそくと月乃が話す。
「加工所へ蛸の足を持って行ったとか。面白いことがあったみたいね」
服を取り寄せたりしたことはメールで話してある久美。
「ヒューマノイドと話し合う必要があるから。武器は必要なのよ」
あれは喧嘩、と突っ込みはしないで、月乃はテーブルの端末をいじり、モニターへ久美のブログを表示させる。
「魔女は、この杏樹とかいう人か。なるほど」
イラスト描写画面で似顔絵を描きだす。
「もうちょっと若い感じかな。それなのに威張って喋る」
久美は文章で伝わらない部分を補うように話す。それで、プライドの高い魔女の王女らしい絵ができる。性格など、キャラの設定で風貌も変わるだろう。
久美も月乃は手先が器用でイラストや似顔絵を幼いころから描いていて、アニメも手掛けているのを知っている。
月乃は久美が調べた生物や習慣で、予想や創作で短いアニメ動画を作っている。持ちつ持たれつ、情報を共有したいのが月乃。久美が一番に足りない部分を持っている。
「こんな感じか。ハニャーが7本足なのは特徴になるねー」
描画へ夢中になる月乃。この自分の世界へ入るのは久美と同じ。
「あの、巨大アメーバーは手ごわい。近づけない」
久美は経験したことを改めて話す。二人は別々のことをしているようで、ちゃんと理解している。
「運動能力は高い久美だから。捕まる前に振り回しちゃえば」
「柔らかかったけれど、外側から千切って行けばね」
腕を回転させて、穴を掘るように、と思う久美だが、月乃には提案もある。
「回転。3回転ぐらいできるでしょ。遠心力で振り切れる」
「何回もすると、ふらつくけれどねー」
久美は月乃が描くトリプルアクセルの4コマ漫画に、納得する。
「こんな高くは跳べないけれど。なるほど走ってから」
網をブランコにするより、走って跳んだほうが良いか、と考える。そのまま3回転でも、急な時に効果的か。
はたから見ると、話が通じてない雰囲気だが、幼少期からの付き合いで、分身みたいに理解し合っていた。
それより、と月乃は二十歳の試験について話しだす。難しくはないが、仕事を選ぶときの参考になるらしい。21歳からは仕事に就かなければ、13歳までのように、共同部屋へ戻って、住むことになる。
「久美は開拓管理で、タウンの外へ出るのを企んでるでしょ」
「杏樹がいるから、厄介だけれどね。月乃は絵を描くと思ったけれど」
タウン管理の生活保全部で働くらしい月乃。
「多くの人を観察できるし。絵を描くヒントになるのよ」
どの仕事にしてもロボットに任せて、人間はいるだけだから、自由に遊ぶ人もいる。
「大人の仲間入りは憂鬱だよねー。付き合いが面倒らしい」
「久美は自由にやれば良いよ。それをやれないから、普通は」
「タウンの生活が普通じゃないと思うの」
「そりゃ、そうだよねー」
月乃もタウン生活への皮肉をアニメにしているが、気づかない者もいるらしい。
二十歳の試験は、今まで何をしてきたか、判断するためだ。個室を与えられてネット学習で、個人の興味に任せて勉強するのが14歳からの少年後期。ゲームと遊びに夢中になる者もいるし、とっくに専門的な知識や免許を持つ者もいる。人生の境目となる、かなり重要な時期でもあった。
4 二十歳の試験
久美が受ける二十歳の試験は、21世紀の高校受験より簡単な内容。オンラインでネットにつながり調べられるし、それを禁止もしていない。彼女は目の前の一段高い椅子に座る琴音(ことね)指導員へ一度だけ目をやると、解答に取り掛かる。補助脳もあるが、普通に覚えてもいること。
「これまでの歴史を述べよだってさ」ため息を吐いた。
特に関心の有ることを簡潔に書く。
☆ー
アルファ・ケンタウリに隠されて21世紀では確認できなかった恒星が発見された。そこに地球型惑星も存在していた。
両性具有まで進化した人類は地球から拒絶され、惑星移民を計画する。惑星のテラフォーミングがロボットによって完成して、惑星を「メタフォー」と名付ける。
今も夜空に輝く月は、移民船の母船。
ー☆
琴音は約50人の受験者のデーターをみていた。回答も共有できる状態になっている。
「丸写しは問題外だが」
呟きながら、ちょっと顔をあげる。3列の真ん中に座る久美を何気に観察した。童顔だが、ネットで検索することもなく書き込んでいる。ここで顔のことをいうのも失礼だが、思い入れもあった。
(大量の情報をどのように処理するか見たかったけれど。補助脳を使い分けてきているね)
琴音は指導員として、久美が天然ボケかとも思えるのは、補助脳を作動させない方法と考えた。
「事故や船団内でのトラブルも聞いてはいたが」
琴音は、二十歳の彼女たちに関係ないことなのかと思う。惑星メタフォーへ着いてから二十年。この星で生まれた人類に地球は関心もない場所なのだ。
宇宙の旅で狭い場所を経験した琴音。
「地球の都会の生活に憧れるけれど」
しかし、久美たちは生まれたときから大自然が近くにあるのを教えられて、実際に近くの土や草に触れたりしていた。
「移民後の生活について、だってさ。何を聞きたいのかしら」
久美は基本情報を書く。
-☆
日本人船団の一つ、pyupyapyo号に所属している人類の一組が、この地域に住んでいる。pyupyapyoタウンとして元宇宙船は広大で大きな建物だと認識されている。それは惑星メタフォーで公式な地名にも成る。
ー☆
今の生活は、起きると食べて何気にお喋り、昼飯と昼寝。少しは運動を奨励されている。そして夕食、古い娯楽のビデオを観て、就寝。
色々と趣味や好きなことが並ぶが、特に関心なし、へチェックを入れる。
「こういうのもあるの。好きなゲームがありますか」
久美は質問にちょっと笑う。確かにゲームばかりしている人もいるらしい。
(好きというより、興味はあったかな)
久美は思いだした。猫の赤ちゃんを大人の猫に成長させるという古風なゲーム。指示棒の矢印でミルクを飲ませて、じゃれあって、と単純なことの繰り返し。
だが、成長していく猫が可愛く思えた。
「あっそうか。あれはミルクと雌の乳の選択があった」
動物は自分の母乳で育てる。この情報を久美が知識を得たのは5年ほど前。
それでも哺乳機のミルクを選択していた。現実に新生児が保育機械でミルクを飲まされている場面を社会見学でみたこともある。
「人間は何なの。動物のヒト科。それなら母乳もありか」
母乳が成長は早かったのか、それとも何かあるのか。どうせ暇だ、ともう一度試してみる。
琴音は何事だ、と久美のモニターを大きく表示する。
(マザーコンピューターから提案されたゲームだね)
あまり人気はないが、古風なゲームがいくつかマザーコンピューターで作られていた。
「母乳を選んだ。確かに動物は雌から哺乳する」
琴音もあとは予想がつく。雌親の猫が登場して子猫が乳を飲む。成長が早いというより、雌猫が子猫を愛でるようにあやしていて、すぐゲームはクリアした。
「次の動物を選択か。えっヒト科」
項目に人間があった。
いくつかあるなかで、久美は何を選ぶのか。
「この娘なら選ぶかな」呟く琴音。
予想する間にも久美はヒト科を選ぶ、予想通りだった。
久美は、何かある、と感じだしている。躊躇なく母乳を選択した。
「女性体形か。うん、それで赤ちゃんを」
胸に抱いて母乳をやる姿に衝撃を受ける。この時代では信じられないことだ。21世紀でも数少ない場面だっただろう。
久美は自分の胸に手をあてる。そうだよね、そのためにあるはず。両性具有だとしても女性なのは確かだ。
「ほんとに両性具有かな」
前から持っていた疑問だ。体形の違いは存在するし、女性体形の子宮で妊娠期間は胎児を育てる。それなら、このゲームの母子の姿が自然に思えた。
わざわざ取り出さないでも女性体形は卵子を保有できるし、男性体形が卵子を保有するのは不自然に思える。
「種の存続のための両性具有ではないのよ」
気づく久美。
「やはり、噂通りだと思う」
男女平等や性的な違いの悩みを解決するために進化した、と。
「進化じゃないよね。遺伝子操作か」
自分の思いに反対して呟く。補助脳の文字列から、やはり噂がほんとうだと感じた。
琴音は久美の考えまでは予想できないが、母性という言葉を思いだす。今では使われなくなったが、雌の行動をみるかぎりは母性というものが存在していると感じた。
猫と人間に共通する何かがあるはず。
「マザーコンピューターのメッセージで一番最初に挙げられるのがstart over againだけれど。勝手に解釈してるのかな」
誕生。
そこまで戻れというのか。猫と人間に共通するといえば、それしかない。琴音はゲームもメッセージと捉えている。
当時の地球ではstart over againの解釈で、自然回帰派も生まれたし、惑星移民も実行された。
「先史時代まで戻るのか」
批判もあるなかで、自然回帰派は様々な立場の人類が地球へ残ったという。
今の利益や権限を守りたい者は変化を好まなかった。
地球は唯一の存在と思う宗教信仰者たちも、地球へ残る選択をした。
当時の地球に住めないことはないが、争って破壊して、やり直しの繰り返しで成長した気になっていた。
「今の段階からやり直そう」
科学の力を信じて旅立った人類が惑星メタフォーにたどり着いたのだ。合理化と安全を求めてきているが、人類は何かを捨てたのじゃないか。
日常生活で何を求めるか、つまり、根源的な欲求の質問。久美は気になることを思い出した。
(んとね、ちょっと待って) 古代地球の風俗を調べる。
一度は検索で見たページを探す。やがて、色気と食い気が人間の本能、だという情報を見つけた。食べ物は、宇宙船の中のときよりは満足できてるらしい。それは大人の言葉だ。宇宙船での生活が野菜と昆虫だと知識はあるが、それについては詳しく調べてない彼女。
色気なんて両性具有の今は必要ないし、体外受精で種の保存のために番うこともない。
「色気と食い気。色気ねー」思わず小声になる。
久美はその言葉が気になる。
見せかけの同性具有らしいが、隠された問題点は、性犯罪も存在しないことになっていること。
最後の質問欄、聞きたいことは、ないかとの自由欄でもある。
「何と質問すれば良い」
魔女と噂されるヒューマノイドか、考えて思いつく。
「タウンの外で暮らせる方法と手段はありますか」
入力すると、ネットの接続が乱れる。それは他の試験を受ける者も同じらしく、ざわめく。
次に疑問の質問を打ち込む
「生殖器官へ過去に遺伝子操作をしましたか」
すると完全に停電した。
「本日の試験は終了です。それでは各自の部屋へお戻りください」
琴音指導員は何事もなかったように言う。久美は怒った、童顔だからと舐めるな、と言いたい。人は見かけで性格も判断するようだ。
「答えてください」
久美は立ち上がり、過去に遺伝子操作をしましたか、と琴音へ尋ねる。だけれど、他の人々は面倒くさそうに帰りにつく。琴音も無言で部屋を出て行った。
空気コンディショナーも止まり、暑くなる室内。
「それなら。自分で答えをみつけるだけさ」
風があり暑さも凌ぎやすいタウンビルの外へ行こうと、部屋を後にする。
さて琴音は部屋へ戻り電源を遠隔操作で点ける。指導員といっても勉強を教える役目ではない。ほとんどの人間はネットで学習しているが、二十歳までは集団で行動する習慣もつけるために、時々は集まる。そのまとめ役が指導員。教えるのは世間の付き合いとかネットにない身近な情報で、これから生活するのに支障がないように導くのが役目だ。
琴音はモニターを開くと、惑星管理局へアクセスする。
「惑星管理局」
それは全人類を管理する組織。
もう一度久美の答案用紙をみて、名前を確かめる。登録番号と名前が同じということは滅多にない。
「久美。19353。間違いないね。立派に成長してくれた」
呟くと管理局の部署をスクロール『vwxy企画室』を選択して、久美のファイルを送信した。
6 惑星調査チームの発足
久美は部屋で浴槽につかる。惑星に着いてから水は充分に使えるようになったらしいが、彼女は生まれたころからそうしている。
「なんだろう、この気持ち」
左胸に右の掌を乗せる。何かぬくもりを与える相手を求めてもいる。思えば、体外受精で生まれた子供はすぐ保育機械へ。(ぬくもり)という言葉を人類は忘れてしまっている。家族という概念も消えた。
「でも、何かを求めているのよ」
下の縦唇を開き、瞬間発熱ボタンに触れてみる。全身が痺れるように疼く。
瞬間発熱ボタンが発達して、下の縦唇が閉じているのが男性体形で、併せ持つ人は少ないらしい。それで、同一性しょうがい、を余計に困惑させている。
「あはっ。やってる暇はなかったっけ」
これからpyupyapyoタウン管理センターへ行くから、ゆっくり独り遊びはしていられない。惑星管理局から『vwxy企画室』へ誘われたからだ。二十歳の質問で、マザーコンピューターに高く評価されたからという。何が良かったのかは内密らしいが、タウン間に道を作るための調査、と簡単な紹介文。
「タウンの外へ行けるじゃん」
開拓管理でタウンの外へ出る隙を狙う必要もない、と誘いに乗った久美。
タウン管理センターでは、モニターを前にして座る。オンライン会議というもので、囲いのある半ば個室だ。
「私が室長のジャンヌです。仕事の内容を説明しましょう」
各都市をつなぐ予定の道路の調査と危険除去が目的と説明する。第一の目的は役に立つ動植物を見つけること。第二で重要なのが、動植物などを悪用されないように、早期発見すること。
「地球のように動植物は豊富だが、悪用する人間も出ると思う、理想的な惑星メタフォー文化を作るために排除したいのだ」
地球文明から続く人類の習慣を、変えるつもりのようだ。選ばれた仲間は。なにか特技も有り、地球の生物に関しても知識を持っているらしく、久美もそれには自信がある。
「一番に注意するのは人間だ」
ジャンヌは、動植物より、狭い宇宙船から解放された人間が、欲望も開放しないかと心配している。それが妖魔の計画だと考えている。その兆候を早く見つけるのが内密の仕事らしい。
質問がいくつか出て、答えるジャンヌ。同じ企画室員が代弁したりと具体的な活動方法がみえてくる。
ユミヤという仲間が話す。
「担当するタウンが複数だと、移動手段はどうしますか。ヘリコプターは操縦が難しい。資材も使いすぎるはず」
「装備は整ってます。AI搭載のグライダーと身を守る防護品も、ね」
ジャンヌが答える。これは、次の段階の、行動へ移る計画の序曲となった。
久美はヒューマノイドをどうするかを尋ねる。
「あの。魔女とか言われているヒューマノイドは。どのように対応しましょうか」
久美としては、杏樹が、自然界へ踏み込めば衝突する相手と理解している。
「魔女がいると世界中で噂がある。しかし、正体は不明だし、ロボットはないだろう」
自然現象や、生物を見間違ったとの後日報告はあるらしい。
「脅されたんだよ。あれをやられたらね」
杏樹との出会いを報告するが、ほかの仲間を怯えさせるだけだ。
「見間違いですね。それに、テラフォーミングで予定されたコースに道を作るのが第一の目標だから」
タウンをつなぐ道路が必要で、そこの生物を調査する役目らしい。
「それじゃ。そういうことで」
久美も討論する話術は持ってない。自分だけでやればいいと開き直る。そこへイーシナゲルという仲間が提案する。
「魔女だろうとヒューマノイドだろうと、交渉しなくちゃ始まらない。何かが存在すると思って良いと考えますが」
「交渉ができる相手ならね。何かの存在を否定しないのが私たちvwxy室だから。みんな同じ仲間さ」
ジャンヌは親しみを込めて言う。これは絆でつながる証の言葉だった。
この世界の各地に散らばる、久美の同志。
社会性の高いドラマなら工作員や諜報員。
もっとも、悪いことではなくて惑星メタフォーの新しい人類文明を模索している。妖魔のことでも、調査したあとは国際警察へ任せる予定ではあった。
各地でvwxy計画は実行されることになる。表向きは(惑星メタフォー調査チーム)で、分かりやすいように仲間の名前にvwxyをつけるようにしている。
「何か変えられる、違うかな。何かを創り出すんだ」
久美は呟き、資料を見る。ただタウンの外へ出たい、というのが、何かを創造する具体的な形になったと思える。
(vwxyはzの前。お終いになる前という意味。地球文明を反面教師として、人類は成長を遂げるのだろうか)
答えは誰も分からない。ただ、惑星メタフォーの大自然は地球よりお節介で、色気と食い気に満たされていた。
服も支給された久美。ブラウスとフレアスカートを着て、さっそく調査だ。タウンをつなぐ道は砂利が敷かれていたが苔や雑草が覆う。タウンを往復するソーラーカーが適宜に保安しているらしい。
タウンをつなぐ道路計画で邪魔なのは川だが、開拓管理の延長で、補修工事を始める予定だ。komekoタウンの入口へ、調査員用のグライダーで降りると、すぐに水流の多い川があり、遠くに池が見える。
「あれっ。人がいる」
浅瀬で何かしているので近づく久美。水の流れる音が心地よい。komeko号に乗った人類が居住する場所、komekoタウンの住人だ。
「危ないですよ」
隣の地域の人と接触したい思いもある。
「ちょっと魚をね。たまに石へ隠れているんだ」
男性体形と思われる太い声。そういうと近くの石をひっくり返し、素早く何かを掴む。身をくねらせ暴れる魚だ、そんなに大きくはない。
「食べるんですか」
惑星メタフォーの生物も食べられるから、食い気も満足させられる。
「鮎だよ。食べられると成分検査で合格したから」
言いながら、こっち側に渡ってくる。確かに腕の筋肉は引き締まり、スポーツでもしていると思われる。
「川が近いね。うちのA地区には無いから」
魚も地球の常識は通用しない。それは久美に興味を抱かせる。
あまり隣の地域とも交流もないが、A地区には水量の多い川がないから羨ましい。
「道ができたら、すぐ来れるさ」
未知留は喋りながら袋に魚を入れる。このように自然へ親しむ人類が増えるのは喜ぶべきこと。
「自然と一体になれるのが一番よね」
何か待つような相手へ名前を告げる。
「あの。私、久美といいます」
「私は未知留。新しい開拓室を作ってる処だから。じゃあ、今度な、久美ちゃん」
ちゃん、ですか。ちょっと戸惑う。もう二十歳だぞ、この顔だけれど、と幼すぎる顔立ちに不満もある彼女。話を続けたいが、未知留は川から出て来る。しかし足元を滑らしてよろけた。
「怪我は」と言いながら川へ入り近づく。思い切り水が跳ね返ってブラウスも濡れた。
うっすらと透けて、ピンクの下着が浮かぶ。
「大丈夫って、いつものことさ」
振り返り、少し照れながら頭をかく。あんがい可愛い表情になる。
「また、ここへ来ますね」
仕事ではなくて、ただ遊びで訪れようとも考える。
未知留は返事もしないで今度はしっかりと水を弾いて砂利道へあがる。川の中で久美はふくらはぎまで水につかりながら胸の鼓動が早くなる。
野性的な人類には初めて会う。
湿ったブラウスに気が付き、透けてる下着のピンクに顔が熱くなる。ちょっと恥ずかしい、イやっ、かなり恥ずかしいことをしちゃったかな。
これから何が起こるか久美は知らないし、遺伝子操作だろうと、進化だろうと、惑星メタフォーは優しく人類を包んで受け入れた。
pyupyapyoタウンにも新しい開拓室ができた。広場でグライダーの格納庫が後ろになる。
久美は挨拶に立ち寄る。
「これから。一緒に頑張ろうね」
長居をするつもりはないが、テーブルへ見たことのない食べ物がある。
「シイタケと何かな」
そこへ未知留が入ってくる。
「鮎だよ。シイタケと交換で。今日は鮎の食べ方を教えに来た」
「なんで居るの」ちょっと驚く久美。
「説明したよ」未知留は何か面白がる風に言う。
「お互いに交流するのは良いことだね」
komekoタウンの近くにシイタケはないらしく、また食生活が豊かになる、と未知留。
「おやつ代わりだよ」
タウンのレストランで食べるものに慣れてもいる。
「調査員も、どうだ。変な味だが」
顔見知りの男性体形が勧める。これはタウンの外で暮らす役に立ちそうだ。
(未知留もいるから、ゆっくりして良いかな)
私情を挟むが、久美の中では当然の選択。
「棘があるから。気を付けて久美ちゃん」
「ちゃんじゃ、なーい」
言いながらも、いくつかに分けて切られた、焼いたらしい鮎を食べてみる。ちょっと匂いや味が独特だが、歯ごたえが、何かを呼び覚ます。
「そうか。噛むのを忘れているよね」
噛もうとしても歯ごたえのないのが、タウンでの食品。練ったり混ぜたりした加工品で、元の野菜や昆虫が何か分からない。惑星メタフォーの食材でも、そういう作り方をしている。
「生じゃ食べられない、かな。この固さは」
タウンの外へ出ても、焼いたり煮たり、電気プレートか火が必要と気づいた。
「刺身という、生の食べ方もあるらしいが。お腹を壊す人もいた」
未知留は食べ方を模索もしていたらしい。
(ここで会うなんて。なにか楽しくなるけれど)
未知留の言葉は半分聞いて、自分の世界へ入っている久美だった。
新しい道造りの仕事で、担当した場所を回らなければならない。久美はA地区と隣りを結ぶ場所へ来るのは楽しみにし始めていた。
6 美しき乙女戦士の誕生
久美はB地区と境目の第4環状線に来た。直線で2キロメートル先のkomekoタウンへつなげる予定の広場が大きく拓かれる。
vwxy久美pyupyapyo019353の名札を付ける服は、幅広の襟を持つブラウスに包帯や風呂敷にも使えるスカーフを襟に巻く。
琴音が感心していう。
「変わったね。化粧して少し大人っぽくなった」
「これは皮膚保護用なの」
虫や植物の棘など、思わぬものが顔に触れても防護できる成分が入っているが、化粧品みたいな使い方だ。
確かに童顔の久美も、薄く引いた口紅、コンタクトレンズは光に応じて、適切な状態で見えるように色を変えるから、不思議な輝きを見せる瞳。少しは「特別な乙女」の感じがしてきた。だが性格は変わらない。
コンタクトや皮膚防護の仕組みを話す久美。除虫効果のある成分を襞に染み込ませたフレアスカートは、動きやすいし、襞には軽薄短小の短剣とかアイテムが収められて、蛸足の鞭を腰に回す。
20世紀のファッションだが、この時代の惑星メタフォーでは見慣れない姿だ。
琴音はタウンの外へ久美が出たのも聞いている。
「杏樹とかいう者に気をつけないと。あんがい、タウンでは知られてない秘密があるから」
タウンの大人が隠すことや矛盾にも気づいている。少なくとも、久美の言葉を信じていた。
「分かった。調査という簡単なお仕事だから」
「グライダーは操縦できるかい。あまり無茶はしないでね」
「心配性だね。練習したし、AIが動かしているから」
指導員にしては、個人へ関わりすぎると思うが、久美は、受け入れてくれる部分で、他人とは違う親しみを感じている。
二人の前にはイトトンボと呼ばれるグライダー。羽根は10メートルと、短かめので二対。胴体は長さ15メートル。痩せたイトトンボのように見える。特別製で、貴重なガラスも張られている。
二人が話すところへ兎車(ラビットカー)が近づく。椅子のような座席が付いた三輪車みたいな乗り物だ。後輪の代わりにゼンマイ仕掛けで跳ねる脚がついている。
兎車を停めて降りるのは月乃。琴音へ挨拶すると、珍しそうにグライダーを眺める。
「こういうのも作れちゃうんだ。なになに」
月乃はイラストにする構図を考え出した。琴音も仕事がある、とタウンの建物へ戻るため、自分の乗ってきた兎車へ乗り込む。ゼンマイ仕掛けで1キロメートルぐらいは走るらしい、自転車みたいに軽くて扱いやすいエコカーだ。
久美は月乃とトリプルアクセスの練習もしてきた。
「フレアスカートで。広がるわよ」
「大きく見せるのが生物界の防御らしいから」
久美は、地球の生物を調べてもいるが、惑星メタフォーで通じるかは分からない。
「これは絵になるよね。なるほど」
月乃は久美の衣装に、創作意欲も湧いてきている。それなら、と久美。
「回転遠心力効果」
唱えると右足を軸に回転して左足と両手でバランスを取る。フレアスカートが広がり浮き上がる。
「次。トリプルアタック」
駆けて3回転、あまりジャンプはできないし、さすがにふらつく。
「一回でも頭がくらくらするけれどね」
「それが問題だよ。一回の技で終わればいいかな」
月乃は繰り返してするものじゃないという。
「技の名前がねー。かいてんえんしんりょくこうか。説明じゃないの。スピン」
月乃が一回転して唱えてみる。
「スピン、スマッシュ」
動きが緩やかなので、格好は付かないが、イメージはできる。回転しながら喋るのも体力を使うはず。
「スマッシュで、相手へ攻撃すると」
それが理想だと久美は感じる。仕掛けられたらの話ではある。
お互いに就職祝いも計画している。甘いお菓子を食べようと話し合っている。これは、同級生たちとは別の付き合い。
久美は格納庫へグライダーを収める。
「小さくなるんだ」
月乃がいう。羽を折り畳み、操縦席を残して胴体も折り畳める。
「兎車か。改造して。なるほど」
月乃は気づく。簡単にいえば薄い合板のボディーを被せたのだ。折り畳まれた羽と後部の胴体が、上へ伸びる。
「AI操縦とソーラー発電だけれどね。これで、どこにでも行けるわよ」
久美はタウンをつなぐ道へ関心もない。もっと海や山脈などの生物を見たいのだ。
月乃はそれを知っている。
「あとは危険かどうか。琴音指導員も心配してたでしょ」
聞いてなくても分かる素振り。月乃も心配だが、言わなくても分かるのが久美だと分かっている。
「母性って、琴音指導員のようなものかな。重たくもない、お節介ってあるんだね」
「母性かー。どうだろう。少なくても自然界の生物が教えてくれると思う」
母性については二人とも、同じ疑問と解決する方法、を共有していた。「昼食もちかいし。テラスで食べよう」
「レストランは息苦しいからね」
二人は兎車に乗り込みタウンビルへ向かう。
タウンビルは5メートル幅の芝生に覆われたテラスが囲む。各地区の入り口は幼児期の子供たちが、たまに社会見学で遊んでいる。その横にテーブル席がいくつか並び、久美と月乃は座って簡単な食事をする。
「魚を食べた」
久美が開拓室で有ったことを話す。
「そのまま。固いでしょ」
月乃は、話には聞いたことがあるという。
「なんんでもハンバーグだしね。たまには飽きる」
確かに二人は大きめのハンバーグを切り分けながらゆっくり食べている。肉じゃなくても、すべての材料を練って固めるのが、宇宙時代からの習わしで、今もハンバーグと名付け、主食として続いている。
「タウンの外では、火を使って調理しないとねー」
久美は未知留の話から予想する。
「誰からか聞いたのね」
「うん。王子様」
「ほほう。おうじさま」
月乃が興味津々に尋ねる。そこへ来るのが亜由美。
「ここに居たんだ。やっぱり、中よりはね」
タウンビルの中よりは過ごしやすいと席へ座る。
「ここを集合場所にしよう。久美も必ず通るから」
月乃が交流センターより、ここが待ち合わせに最適という。
「仕事を始めたら、会う機会も減るけれど」
亜由美も賛成する。
「いつかはみんな旅立つものだね」
「それぞれの道を歩いて行くのよ」
話しているところへ綾香が小走りで近づく。
「久美。変わった服だね。どこで買ったの」
「制服だよ」
久美の答えに月乃が付け足す。
「惑星調査員になったんだよ。タウンの外へ行けるから、久美は喜んでるけれど」
「久美は夢を諦めないね」
綾香は、それより、と話す。
「衣服とか種類も増えて来るけれど。あ金が必要になるらしいわね」
支給されるというより、必要なものは取り寄せられる生活のタウン。次第に贅沢をしたいとの要求も芽生えて来る。それで、硬貨や紙幣が必要になるわけ。
あれこれ好奇心を持つ綾香にとって、服やアクセサリーは関心ごと。亜由美が、使い道など、ちょっとした審査もあるけれど、と話す。
「ダラー硬貨は、申し込みで貰えるみたいよ」
月乃は、経済というものを、最近は聞いたりしてると話す。
「価値観をお金で、対等に評価するのは良いと思う」
久美も活気づくようなタウンには、お金が役に立つと思う。
「地球時代の良い面は取り戻さないとね」
ちょっと不安もある。何も買えない時代が地球にはあったらしい。お金だけに頼った結果だ。集まるところだけに集まるのがお金だ。
綾香は久美の仕事に興味を持ったらしい。
「調査っていうけれどさ。なにか情報を集めて教えるみたいな」
「綾香の情報源になるかな」
亜由美も、何かを期待している。
「見回りの地味な仕事」
詳しくは喋れない久美。そのついでに大自然へで出かける、と同級生たちは思っている。
リーダー的なことが一番苦手な久美を、分かる月乃がいう。
「久美があれこれ教えられないでしょ。先駆者にはなれるよ」
「注目して置こう。どうせタウンの外のこととかでしょ」
綾香が言う。久美は相手が勝手に同じことを始めるなら、それに越したことはない。ただ、自分の納得する答えを見つけたいだけ。
発展して行く惑星メタフォーのタウン生活。欲望を制御して人間らしい社会を創れるのか。それとも人間らしく、地球のような生活を繰り返すのか。惑星メタフォーの太陽と月は、冷静に熱く見守る。
久美の活動が知れ渡るのは、月乃が新しく始めるアニメのお陰だ。初めは、ちょっと正体がつかめなくて、付き合いにくい久美だが、これから独特の人間関係を築くことになる。
7 狂犬狼との死闘
久美へ仕事の指示が来た。さっそくF地区の第4環状線に来る。ジャンヌから連絡が来たのだ。
「kanedayoタウンとsorenaiタウンをつなげる予定の砂利道へ狼が現れた。担当区の久美へ調査を依頼したい」
タウン間を往復するロボットからの情報らしいが、処置する方法は備えてない。
久美は救急治療薬や補給水などが中には入っている背中のリュックサックを肩から外して下ろす。
グライダーの狭く小さな胴体へ、ドアを開けて入る。ハニャーも背もたれの隙間に入り込むが、重量オーバーにはなってない。前部はガラス張りで、AI操作板のモニターが備えられている。
「大型動物反応地点へ出発」
するとグライダーの6本の脚は一度屈伸してバネで前方40度へ跳ねる。AIが遠心力で上向かせ、後方の太陽発電の風車がまわり、気流の流れを増幅、バランスを取って空中を前へ進んで行く。
低い山に阻まれて曲がりくねった砂利道は、ときどき無人連絡ロボットが使う。それはソーラーカーみたいなものだが、狼が進路を邪魔すると報告があった。魔女の仕業と噂される。
「杏樹が何か仕掛けているのかな」
久美は予想しながら、狼が出没するという砂利道へグライダーを着地させる。ソーラー発電の風車の向きを変えて下から羽へ強風を当てるという原始的な方法だが、軽い素材のグライダーには浮力が働くのだ。紙飛行機が扇風機に吹かれて上がるのと同じぐらい軽い。
「川か。低地で水が流れてるのかな」
湿って水が広範囲に浮いて見える砂利道。近くにまで迫る山の麓は木立も群落を形成する。タウンでは山脈と呼ぶが、小高い森林地帯で水の供給源で、川が大小いくつも流れている。
「あれっ。車」
黒塗りの箱型車が停まっている。タウン議会長の専用車だと知識を得てはいる。
「もしかしてルナ」
外に出ている女性体形に走って近づく。
「しまった」
白い顔と鼻の尖った相手の口が動く。今の久美は大人で、調査員の制服姿だから警戒したのだろう。
「ルナっ。悪いことするのね」
叫ぶ久美。ルナは急いで車に乗る。急発進して逃げる箱型車。
「証拠はないか」
追いかけても捕らえる理由がないし、警察に任せる仕事だ。
(誘拐。それとも)
補助脳は何かを知らせる。惑星管理局・極秘という文字だけが脳裏に映る。
水を弾く音がして山の麓から魔進が現れて近づく。久美はグライダーの中に居ても戦えないと気づいている。ドアを開けて砂利道へ降りる。防水で強化ゴムの靴は軽くて石のごつごつ感も和らぐ。
「杏樹。狼はあなたの仕業ね」
大きな声で叫ぶと、魔進が停まらないうちに宙を飛んでくる杏樹。ジャンプ力は凄い。
「狼はいないし。犬じゃないの、凶暴だけれど」
すでにポジションデバタイ、つまり戦闘態勢の姿。
「犬。野性なら凶暴なのも頷ける」
久美は惑星メタフォーでは生物も地球と似ているようで違うと気づいている。巨大アメーバーなど、地球人には考えられないはず。
「それで何をお節介しにきた。野性生物に関わるな」
杏樹も様子を窺い、炎の玉も強力光源砲も準備をする気配がない。それは久美の姿が変わったから。リュックサックにはアイテムが入っているだろうし、腰に巻くのが蛸の足を改良した武器と判断している。そしてグライダーが魔進のような攻撃道具を備えてないか警戒してもいる。
「その。犬でもいいけれど。邪魔なのよ。関わるなって私が言いたい」
すいすいと杏樹へ近づく久美。接近戦が有利と感じている。相手の武器は接近戦だと当人もダメージをうけるだろう。
この時、何かが小走りに近づき暴れる音がして、二人は同時に雑草の方を見る。犬か。狼に近い風貌ではあるが、獲物を捕らえたらしい。
「蛇かな、いや、足がある。あれって」
狂犬の攻撃をかわして逃げる生物は異様だが、ここは地球ではない。
「襟巻龍。襟に棘があり攻撃する」
杏樹が説明する間にも襟巻龍はとぐろを巻き、しゃー、とジャンプして逃げる。狂犬は追うのを諦めて立ち尽くすが、小石を前足でひっくり返して、わらわら現れた昆虫を、はぐはぐ、食べ始める。
「あれで満足はしないだろう。今の人類はこの犬と同じだ」
杏樹の言葉に久美も思い当たることがある。大きな獲物を逃して、些細なことで満足している。
「でも。この豊かな自然が必要なの」
自然の中で暮らすのが生物、と考える久美にとって、タウンの中は人工物だ。
「この惑星では人類を必要としてないの。あの犬のように老いぼれて餌も取れないまま終わるのよ」
「杏樹が邪魔をしなければ良いのよ」
「その前に生き残れるかな」
杏樹がジャンプして遠のく。疑問に思う久美だが、狂犬の視線がみつめるのに気が付いた。
「ううっ。ふううっ」
低く呻りながら久美へ近づく狂犬。餌というより警戒して、自分の縄張りを主張しているらしい。杏樹を相手するより厄介なことになる。
逃げれば追う、と野生の狩りを知っている。近くで対面する予定はなかったが、捕らえるしかないと鞭を腰から抜き出す。
用心して見つめる狂犬。久美は横へちょこちょこ、と動くと、姿勢を変えて来る狂犬。
「そうだ短剣」
スカートの襞から短剣を取り出す、二刀流だ。狂犬の足を鞭で捕らえて、短剣で脅せば怖がって逃げると判断した。ひゅんっ、鞭で足を狙うが、軽く前足を上げる狂犬は、鞭へ飛びつく。攻撃を仕掛けるのが敵だと考えたのだろう。身体を横にした相手へ、さっと近づき胴体を叩くが切れない。あんがい固い皮膚というか、刃物を使い慣れてない久美。動物の吐く息と体臭が生暖かく漂う。
「がうっ」怒った狂犬が首を回しながら態勢を変えて短剣に嚙みついた。
「あわわっ」
久美は慌てて短剣を手放して、離れる。
狂犬はすぐに短剣を離して口を、あぐあぐ、と動かす。久美は、今だ、と鞭を狂犬の首へ巻き付けた。前足で取ろうともがき後ろ足で立った狂犬。かなり久美へ接近していて、蠢く前足が顔の近くまで迫る。狂犬の涎が顔に落ちて来る。
ここは逃げるしかない、後ろへジャンプ、転がりながら鞭がまだ相手を捕らえているのを確認する。
そこへ蛸の足がしゅるしゅる伸びて来る。狂犬の背中へハニャーが飛び乗り、四肢へ足を巻き付ける。
「ハニャありがとう。さて、どうしようか」
しかし、振り落とそうと転がり暴れる狂犬。ちょっと決着がつきそうにない。
杏樹が跳んでくる。
「手こずっているようだな。これで自然界で暮らせるのか」
「なんとか共存できるわよ。危険生物には近づかなければいい」
「その前に何人も犠牲になったのが人類の歴史だ。覚悟はあるのだろうな」
「そのために調査しているのよ」
久美はいうが、予想以上に命がけと気づく。
防御用の武器は利用すべき。
だが、地球ではそれを対人用の争いに使っていたらしい。
「ま。久美も生きているのが不思議な位だな。ここは私が犬を保護する」
いうと魔進へ合図。例の網を狂犬へ被せる。
「陸棲蛸は出てこれるだろう。砂利道はタウン内だから手出しはしないが、一歩離れたら容赦しないからな」
杏樹もテラフォーミングで準備された場所は人類が立ち寄っても良いと判断していて、犬が迷い込んだから保護するために来たらしい。
「うん。分かったよ。今度から、ばれないようにするから」
久美は杏樹のことばを自分なりに解釈する。いつものことだ。杏樹はいつも喧を仕掛けるわけじゃないと思った。杏樹としては久美の思考が読めない。
「だれにばれないだあーっ。私にかい」
「まあまあ、怒らないでね。ほら犬がなにか言っている」
「喋っている訳じゃない。口か舌を剣で切られて痛がってるんだよ」
なるほど。口を開けて、はふはふ、しているが、唇が赤く血が滲む。
「そうか。消毒と化膿止めの薬があるから」
久美は、ひょいっ、とリュックサックを胸の前に回してスプレーを取り出す。それを網にくっつかって喘ぐ犬の口へ噴射した。
「きゃんっきゃんっ」悲鳴をあげて後ろへ転がるが、口を閉じて荒い息を繰り返す。
「天然なのか、計算ずくなのか。これでこの犬も生きられるかもな」
口の怪我は野生で命取りだ。獲物を捕獲できないし、威嚇して噛みつけない。
「成分には回復作用する物質が含まれているし」
久美は詳しく説明しだすが、杏樹はもっと知っている。ヒューマノイドはAIと同じなのだ。
ハニャーは例のごとく網の下から抜けて来る。犬は一緒に出ることは考え及ばない。ぎゅっ、と網が縮まり魔進の胸から中へ納まる。
魔進は、くいっ、と首を上げる。
ニューヘリウムが噴射される。
前の空間がほぼ真空になる。
真空のトンネルへ魔進は引き込まれる。
繰り返しで、魔進と杏樹は森の中へ去っていく。
(ニューヘリウムか。宇宙船と同じ。大気圏脱出速度も必要ないしねー)
少ない液体状で膨大な気体になるニューヘリウムが、推進技法では最大の成果だ。真空チューブ道路も、地球に有ったという。
「あっちに何があるのだろう。山脈か」
久美はどのように杏樹がするのか見届けたい。短剣を拾って収める。
「ハニャ。山脈へ行くよ」
声をかけて、グライダーへ乗り込む。そこはタウンの外になるし、杏樹が忠告したが、久美には好奇心の満足より勝るものはない。
8 久美と杏樹が女の喧嘩
空中で下へ向けたモニターが森を移すが、岩肌に映る光るもの。何か人工の建物がある。
「杏樹の家かな。あそこへ戻ってくるかしら」
久美はグライダーを近づかせる。10平方メートルぐらいの平屋みたいだ。箱型で、家というより倉庫の感じ。
岩肌が剥きだすが、草地もあり、そこへグライダーは着地する。犬の行方は、ここで待てば、教えてくれるだろう。
近づくと、入り口だろうか、奥まった番所がある。強化プラスチックで作られているらしい。
「中へは入れないかな。無断で入るわけにいかないか」
タウンでは他人の部屋へ無断では入らないように決められているし、個人のことへ立ち入らないように奨励されていた。もっとも、この建物へ簡単には入れるわけもない。周囲を回るときに、地面を蹴る音。
魔進がここへやってくるが、グライダーの方へ近づく。杏樹としてはグライダーの中に、久美がまだいると判断したのだ。
「おーい。杏樹。こっちだよ」
久美は声をかける。
振り返る杏樹が、しゅんっ、と空気を切って跳び、近くまで来る。
「てめぇは。もう許さない」
隠れ家を見つけられた思いだ。さっそく胸のふくらみを持ちあげて炎の玉を発射する。
すかさず避ける久美。
「ここで監視してるんだね。犬は大丈夫だったかしら」
「餌の豊富な山奥へ戻したから。それより、あなたは、もおっ」
杏樹は剣を抜いて構える。
「私と手を組めば許してやろう。そうじゃなかったら危険生物として処理する」
「あなたが危険生命体でしょ。人類の敵よ」
「惑星メタフォーは人類のものじゃないの。それに手間が省けたわ。ここからは逃げられないのよ」
手を上へ上げると、魔進が近づく。久美も短剣を抜いて構える。今はちょっと考える余裕もある。刃物の使い方を思い出した。スピン、スマッシュは最後の武器として取っておきたい。
叩いて切るのではない。基本は横に引く。斜めにすると切りやすい。そうする間にも魔進から巨大アメーバーのアミバが現れる。
「今度は逃げる場所もないよ。おとなしく手下になるか、消化されるかだ」
「どっちも嫌だなあ」
例のごとく覆いかぶさり包み込むアミバを短剣で、しゅっ、と切る。元に戻ろうとするのを、縦横に切り分けて、遠くに捨てる。
「使い方が上達したね。呑み込みが早い。惜しい腕だ」
炎の玉を打つ準備をするが、アミバも巻き添えになるのは避けたい。
「なるほど。小さくなって動いている。やはりアメーバーなんだ」
切られた破片が動くのをみて安心する。
久美は背中からも手繰り寄せて切り刻む余裕ができた。
「もう。危機感のない人だなー。久美は絶体絶命なの」
アミバのことは諦めて、炎の玉を打つ態勢に入る。久美はそれに気づくと両足を揃えて直立する。
しゅっ、杏樹の胸からガスの音で、炎が点く。
「スピーン」回転する久美。
右足を軸に回転して左足と両手でバランスを取る。炎の玉も弾かれた。
フレアスカートが広がり浮き上がる。アミバのかけらが飛び散る。
「スマッシュ」両手を広げ、三回転で止まるが、杏樹を驚かせるには十分だ。
じっさいは久美も、頭がふらふら、としているが弱みを見せられない。
「いつ短剣が飛ぶかしら。いくわよ」
「やれるかしら」
杏樹は人類の体力も計算しているし、状態を見抜いている。
くるくる回る久美が短剣を離す態勢に入るが、中心点の足元で、ばしゅっ、と炎の玉が弾ける。
「あわわわっ」
バランスを失う久美。回る勢いで転がるが短剣を構えて、杏樹へ、またぶつかっていく。
「何度も、あなたは」
倒れながらいう杏樹。がしっ、二人の剣があわさり、火の粉が飛び散る。
「近づけば、こっちのものよ」
久美は相手の剣を、蹴飛ばして弾こうと思うが、今の態勢で足が届かない。もう片方の手でもぎ取ろうとする。
「甘いわね」
杏樹が逆に片手で剣を取り、久美の短剣をもぎ取ろうと手を伸ばしながら、ジャンプして離れようと身体を丸める。
久美は、その足に抱きつき引っ張り上げる。短剣が、からから、と石の上に転がる。
「そんな技、通用しないって」
杏樹は上半身を起き上がらせるが、後ろについた両手は剣を離してしまっている。
「武器がなければ、私が勝ちよ」
相手の襟を掴んで組み倒す。
杏樹が解放された足を組みかえて捻る。
立場が逆転して、久美は下になる。
「誰が勝ちよ。この、ひんにゅうが」
杏樹も久美の襟を掴んでスカーフを外す姿勢になる。
「なんですって。あなたのは、ただの飾りパイじゃん」
杏樹の襟付きベストの胸元をぐいぐい広げる。ちょっと、どういう展開か読めないが、女の喧嘩が始まった。
久美は流れる汗と岩場の痛さがきついが、杏樹のベストとスカートは剝ぎ取りたい。武器があれば、今も仕掛けるかもしれない。
杏樹としても久美のスカートに収められた武器をすべて調べてみたい。脱がし合いは続くが、埒があかないと杏樹は久美のポニーテールを掴んで引っ張る。
「いててっ」
頭を持っていかれる。それならと、杏樹の手首を掴んで振り回す久美。遠心力が好きみたいだ。
「髪を離しなさいよ」
「もう何をしているか、訳が分からない」
二人は目的と違うと気づく。杏樹がゴーグルを外して笑う。
「惑星メタフォーの自然をどうするかでしょ。ここで争っても仕方ないか」
髪から手を離せば、久美も杏樹の腕を離した。
「そうだね。私はどんな試練でも生き抜いてみせる」
「生身の身体で大変だけれど、一人じゃ何もできないのよ。仲間はいないの」
杏樹の経験で、人類は群れを作り行動すると記憶している。これは久美が苦手なこと。
「タウンの外へ出たがる人はいるかな。でも、外での生活は、一人じゃ大変だと分かった」
vwxyの仲間も、どこまでタウンの外で生活するのを望んでいるかわからない。幼いころの遠足の延長ぐらいに思っている人が多いように思えた。
杏樹は砂利道で幾度か会う人類に、一人で、というのは久美が初めてらしい。
「なにかしたいなら本当の仲間。友達というのが必要だよ。久美はそれが先だな」
「知ったようなことを。でも、その通りかも」
ここで一時休戦ということになる。
久美にとっては惑星メタフォーの自然が相手であり、人類が暮らせる方法を手探りする挑戦は始まったばかりだ。
久美は顛末を報告したが、砂利道から遠く離れたことを忠告される。グライダーから映された映像も解析率が低い。
「アンドロイドというより、魔女と間違われるような、猿が居るのかも知れない」
その予想が納得できるという結論をする。
三日ほどしてから、久美はpyupyapyoタウン管理センターにきた。惑星管理局の代理人が迎える。
「マザーコンピューターから直接に指示が来た。vwxy計画のことで、支給するものがある」
「今度からは、外へ行ったのは内緒にしますから。安心してくださいね」
そのことでは叱られると考えた。
「いや。指摘はないが。警告もなかった。ただ、久美へ特別に配布するように指示があった。それが何を意味するのかは不明だ」
久美は、タウンの外へ出ても良い、と解釈する。そのための装備品を持ってきたらしく、小型の箱に入ったもので、開けて説明する代理人。
「殺獣スプラッシュ銃と髪を止めるシュシュ」
かなりの毒性の液体を噴射する、水鉄砲のような殺獣スプラッシュ銃は人体にも影響を与えるから、ストレート噴射が推奨される。これで、この前の犬は退治できるが、最後の手段として使うべきと思う久美。杏樹のいう保護という言葉にも同意する面があり、邪魔者はやみくもに抹殺、でもない。
シュシュは一見、髪を団子にしたりポニーテールにしたりできる飾りに見えるが、頭を守る透明で薄くて強いベールがついている。グライダーを遠隔操作する指示端末もついているらしく、役に立つ道具になるが、久美は未だ知らない。
道具も揃った。しかし、自然界は何があるか分からない。
そして束縛から解き放たれた人類は、また同じことを繰り返すのか。それが一番に憂いすることだ。食い気と色気は根源的な欲望だ。マウントを取りたがる人が多いように、支配欲と自己肯定を混同する人も多く、なにで要求を満たすか模索していた。
もっとも経済を模索する動きはあり、厄介なことが起こる。
月乃とは連絡取れるように心がけていたから、新しいシュシュでポニーテールにした姿の写真を送る。このような何気ない情報交換も大切だが、相手は月乃しかいない久美。さっそくとタウンの外へ出かける準備をした。
「なぜか杏樹に会いたいんだよね。ぶつかり合うのも、何か理解し合いたいからだから」
そういう交流は久美が一番に欠けている部分で、無理にでも、そういう関係になる杏樹はライバルでもある。ただ、ヒューマノイド。
しかし、タウンの人類よりは、生きている存在、として感じられた。
1章へ続く
『星に愛された乙女たち』序章・了
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