ストコフスキー指揮ロイヤルフィルのロシアンナイト
さて、またクラシック音楽マニア話をだらだら書くことにいたしますか。本日は、1969年6月15日の、ロイヤル・アルバート・ホールにおける、ストコフスキー指揮ロイヤルフィルの、ロシアプログラムの演奏会のライヴ録音のCDについて、書きたいと思います。
ここに、John Huntという人の、ストコフスキーのデータブックがあります。だいぶ古い本で、間違いも多いのですが、大切にしております。そこに、この日のプログラムが載っているのです。CDに収録されている通りです。ジョン・オールディス合唱団、ウェールズ国立歌劇場合唱団、そして、英国近衛グレナディア連隊軍楽隊と書いてあります(この表記は、これも30年くらい前の日本語のCDによりました)。ロシアのオーケストラ曲を集めた演奏会で、以下の8曲が演奏されています。
ムソルグスキー はげ山の一夜
グリンカ カマリンスカヤ
ショスタコーヴィチ 前奏曲変ホ短調
ストラヴィンスキー パストラール
チャイコフスキー 1812年序曲
(休憩)
スクリャービン 法悦の詩
リャードフ ロシア民謡
ボロディン だったん人の踊り
この本、隣に1968年のニュー・フィルハーモニア管弦楽団のロイヤル・フェスティヴァル・ホールでの、1968年6月18日の演奏会のプログラムも載せていますが、同じくスクリャービンの法悦の詩をやっており、つづりがまったく違うのですよね(1968年のほうは原題のフランス語で載せている?)。それが対照的です。同じ曲を同じ指揮者で、同じロンドンで、1年あいだをあけて演奏したことになりますね。(こちらも録音は残っています。)
さて、1969年の演奏会です。この日も、デッカの録音が同時進行で行われました。それについては、ひとつずつ見て行きましょう。
あるとき、日本のサイトで、フルートのゴールウェイの演奏しているオケの録音を調べて書いてあるものを見たときがあります。そのとき、このロイヤルフィルのフルートがゴールウェイであることを知りました。確かに、そう思って聴くと、これはゴールウェイの音です。おもに「はげ山の一夜」のラスト、「法悦の詩」の冒頭、また、「だったん人の踊り」の冒頭で、若きゴールウェイの音が聴けます。
まず、はげ山の一夜です。これは例のストコフスキーの編曲によるものです。この編曲がいつからあるのか、私は知りません。有名なのは、ディズニー映画「ファンタジア」で使われているということですが(ただしそれはシューベルトのアヴェ・マリアに続いて行きます)、それ以外は私も知りません。ストコフスキーの録音としましては、最も古いのがその1939年のファンタジアのサウンドトラックで、つぎが1940年12月のフィラデルフィア管弦楽団の最後のレコーディングのときのもの(のちにフィラデルフィア管弦楽団に復帰するまでしばらくさようならしたときのもの)、そして、1953年に録音したのち、1967年にロンドン交響楽団でデッカにステレオ再録音がなされました。勝手な想像ですが、これはもともとファンタジアのための編曲ではなかろうか。
つぎに、グリンカのカマリンスカヤです。私はグリンカの作品と言いますとほかに「ルスランとリュドミラ」序曲くらいしか知らないわけですが、このCDは学生時代から持っており、それでこのカマリンスカヤという曲を知っているわけです。この記事を書くにあたり、アンセルメ指揮スイス・ロマンド管弦楽団で聴いてみました(1961年の録音で、このストコフスキーのライヴより古い録音ですが)。どうやらストコフスキーは出だしをカットしたのですね。スコアを見たわけではありませんが。いまのところ唯一知られるストコフスキーのグリンカ録音です。公式のレコーディングはありません。
続いて、ショスタコーヴィチの前奏曲変ホ短調です。これも学生時代、原曲を聴きたくてしようがなかったものです。なかなか原曲は聴けない状態が続きました。ストコフスキーの最初の録音は1935年、そして1940年に全米青年交響楽団でレコーディングして、前に書きましたシンフォニー・オヴ・ジ・エアでのステレオ再録音、それから最晩年の1976年の録音があります。
つぎがストラヴィンスキーのパストラールで、これもストコフスキー編曲作品です。これも原曲を聴きたくて、若いころは音源を探したものです。ストコフスキーの最初の録音が1934年、そしてこのときデッカが行ったステレオ再録音が2回目にして最後の録音です。このCDはライヴ録音になりますが。(この曲は原曲よりも編曲のほうが有名になってしまっているかもしれません。なにしろストコフスキーの編曲家としての才能はかなりのものだからです。それはだんだん明らかになっていきました。世の中においても、私のなかでも。)
そして、前半の最後が、チャイコフスキーの「1812年序曲」です。これも、デッカの録音が並行して行われました。ストコフスキーの録音は、1930年のSP録音があり、そしてこのステレオ再録音となります。これは、音楽の勢いとしてはライヴ録音のほうが上であり、この盛り上がりはすごいものがあります!大砲はなんだかピストルみたいな音ですが、ちゃんと鐘も鳴って、大団円となります。これは生で聴いてみたいですね。お客さんも大喜びで拍手しています。これは拍手喝采でしょうねえ。すごすぎる。(デッカの録音では合唱が入りますが、このライヴでは合唱は入りません。この演奏会で、合唱の出番は、最後の「だったん人の踊り」だけだったのではと思います。)
ここで実際の演奏会では休憩があったわけですが、つぎがスクリャービンの「法悦の詩」です。よく「交響曲第4番」と書かれます。ストコフスキーはスクリャービンの作品を得意とし、交響曲でいうと第3番はアメリカ初演しています(録音はなし)。「プロメテウス(交響曲第5番)」も1932年に録音しましたが、この「法悦の詩」は、その最初の1932年の録音のほか、1959年に再録音、そして、この演奏会よりもあと、1972年にチェコフィルで、デッカが再々録音をしたわけです。先述の通り、1968年のライヴ録音も残っています。それぞれのよさがありますが、やはり、多くの他の演奏よりもずっといい意味であっさりしており、スクリャービンの真価を伝えていると思います。その1959年のヒューストン交響楽団の録音は、私がストコフスキーにハマる最初の時期のCDとして、30年が経過するいまも持っています。いつかその記事も書きたいですが、とりあえず、ここでの言及はここまでにいたしますね。
ついで、リャードフの「8つのロシア民謡」の抜粋4曲が演奏されました。これはもともと抜粋であったようです。ストコフスキーは1934年に録音したきりですが、とにかくストコフスキーは1回でも録音したらかなり得意な曲であり、このCDに含まれるような、2回以上、録音した曲であれば「得意中の得意」というべきものです。この演奏もすばらしいです。
そして、最後が、ボロディンのだったん人の踊り!これもデッカが録音しました。この曲こそストコフスキーのものすごく得意な曲であり、さまざまな形でレコーディングが残されていますが、パブリッシュされなかったものとして、1920年、1922年、1925年の録音があります。そして、発売されたものとしては、1937年、1950年のものがあるわけです。そしてこのデッカの1969年。これもこのCDで聴くライヴ録音のほうが迫力がありますが、私はどちらかというと、デッカの整備された、音質のよい録音のほうが好きで、そちらをパソコンに取り込んで時間調整音楽として使っています。この曲は、11分くらいで、後味よく次の仕事に行くのに適した音楽でもあります。ストコフスキーの演奏は、テンポを上げるときに、「微分可能に」(なめらかに)いくところが独特かつさすがでありますので、やはり他の演奏からは得られない感銘を受けるものです。非常に盛り上がりますしね。
このCDはこれらが入っています。これは東大オケをやめてから買ったかもしれませんが、とにかくかなり長いこと所持しているCDであり、四半世紀以上、持っていることは確かだと思います。この日の録音が残されたのは、私にとって、宝であるとしか言えません。ありがたいことです。
ちなみにこのときのストコフスキーのヨーロッパ滞在では、この月の26日にパリで、パリ管弦楽団を指揮し、ベートーヴェンのコリオラン序曲、ブラームスのピアノ協奏曲第1番(バイロン・ジャニス、ピアノ)、チャイコフスキーのロミオとジュリエット、ストラヴィンスキーのペトルーシュカ組曲というプログラムをやっています。これはまったく録音が残っていません(ストコフスキー指揮パリ管弦楽団というのはいっさい録音が残っていません)。8月30日にはサンモリッツで伝説のライヴをやっていますが、それはまた別のときのヨーロッパ滞在でしょうね。サンモリッツのライヴ録音の話もそのうち書きたいです。
本日はこのへんまでです。若いときから大好きなCDの話でした。この演奏会を生で聴いたらどれほど感動するでしょうか!