ビゼー「交響曲ハ長調」
さて、まただらだらとクラシック音楽オタク話を書きますか。気の紛らわしに。本日は、先ほどキリスト教記事が公開され、このあと午後6時半に数学ブログが更新されます。もっともそれもクラシック音楽オタク話ですけど(2000年にある市民吹奏楽団のエキストラとして乗って楽しんだ話)。この本日第2話は、「好きなCD」の話です。
ストコフスキーという指揮者は生で聴いたことがありません。当たり前でしょうかね。私が1歳のときに95歳で亡くなっています。でも、高校3年のときにCDを聴いてハマりました。以降、48歳になる現在でも、ストコフスキーマニアであります。ようやく「好きなものは好き」と言えるようになった、というか、好きなものを好きと言える練習をしております。本日は、1952年に録音された「ストコフスキーと彼の交響楽団」のビゼーの交響曲ハ長調と、同じビゼーの「アルルの女」第1組曲、第2組曲についてです。
私は高校時代に、ビゼーの「アルルの女」第1組曲、第2組曲は演奏したことがあります。記事にしたことがあったと思いますが、嫌な思い出しかありません(2アシ、という無意味なパートを吹かされた)。それでも、自分のやったことのある曲として、学生時代、ストコフスキーの「アルルの女」のCDは探し買い求めたものです。まずは最晩年のナショナルフィルの「アルルの女」。これはおそらく大学1年のときに買いました(いっしょに入っている「カルメン」の第1幕前奏曲を、部室で聴いた記憶がありますから。仲間が喜んでいた。われわれは大学2年の五月祭で「カルメン」第1幕前奏曲はやった)。いまも持っていますので、30年くらい持っているCDになりますが、そこには第1組曲のほか、第2組曲は抜粋でしか入っていません。だんだんわかってきたのですが、ストコフスキーは「アルルの女」は第1組曲をおもにやるのです。生の演奏会もそうでしたし、SP時代の録音もそう(1929年録音)。残された数少ないライヴ録音もそうです。第2組曲のパストラールの中間部は好きで、それを第1組曲に組み込む形でやるのが好きだったということです。この最晩年の1976年の録音もそうです。とにかく私はストコフスキーの指揮でアルルの女の第2組曲を聴くのは不可能だと信じて、1994年から2006年までの学生時代を過ごして来たのでした。
2006年に就職してから、どれほどの年月が経過したでしょうか。あるとき、CD屋さんで、このCDを見つけたのでした。ストコフスキー指揮で、ビゼーの「アルルの女」の第1組曲、第2組曲がある!第2組曲がちゃんと全部あるではないか!買いました。それで聴いてたまげたのです。これはとんでもない名演奏であると。
ですから、このCDは、私の「好きなCD」のなかでは歴史の浅いほうであり、もう世の中がCDの時代ではなかったころかもしれず、少なくとも20年は経過していないことになります。しかし、何度、聴いたでしょう。これは大好きなCDです!
かんじんのビゼーのハ長調交響曲の話をしていない気がしますが、しますと、これも若いころ、買ったストコフスキーのCDで、ビゼーのハ長調交響曲はあるのです。ナショナルフィルによる1977年のステレオ再録音です。ストコフスキーのラスト・レコーディング。メンデルスゾーンの「イタリア」といっしょに入っています。(「イタリア」はストコフスキー唯一の録音。レコード会社に感謝するしかありません。)それもビゼーの交響曲ハ長調としては屈指の出来栄えでした。そのころ1977年といえばそんなに古くない時代でありましたし、また、デジタル録音が増えて間もない時期で、過去の名演奏が多くCD化されていた時代の産物だと考えられます。それで、私は長いこと、ビゼーの交響曲は、このストコフスキーのラスト・レコーディングを愛して聴いて来たのですが、この1952年の録音を聴いてみると、これはなんということ!すばらしいではないですか!やはり、50年代のストコフスキーは全盛期だったのだ。すごい。これがまた私の宝となりました。
ストコフスキーは、ビゼーの交響曲はこのように2度、録音しましたが、ライヴ録音は残っていません。
もともとLPで出たときは、このビゼーの交響曲と、「アルルの女」第1、第2組曲で売りに出たようですが、このCDには、ドビュッシーの「子供の領分」(カプレ編)も入っています。1949年録音。これはストコフスキーの唯一の全曲盤です。(抜粋3曲をステレオ再録音しています。1959年。)
ビゼーの交響曲についての生で聴いたエピソードを追加しておきますね。これ、かなり難しい曲であるようで、やりたい人はしばしばいる人気曲なのですが、なかなかプログラムで見ません。スコアを見る限り、とてつもない難しさですからね。1994年、大学入学直後に、招待券をいただき、N響で聴きました。これと、グラズノフのヴァイオリン協奏曲と、ドビュッシーの「海」というプログラムでした。ミシェル・プラッソン指揮。ヴォイオリンはレーピンでした。プラッソンって、師事歴にストコフスキーを書く指揮者なのですよね。プラッソンの生を聴いた唯一の機会であり、レーピンの生を聴いた唯一の機会であり、グラズノフのヴァイオリン協奏曲を生で聴いた唯一の機会です。そして、ビゼーのハ長調交響曲をプロの生演奏で聴いた唯一の機会です。こんなに記憶ははっきりしているのに、このころまだ日記をつけていなかったことと、それから、プログラムが残っていないこともあり、記事化できない「記憶に残る演奏会」であります。ビゼーのハ長調交響曲を生で聴いたもう1度の機会はあるアマオケで、これと、デュカスの「魔法使いの弟子」、そしてベルリオーズの「イタリアのハロルド」でした(店村眞積さんソロ)。また3曲も難しい曲を演奏するアマオケですね!「イタリアのハロルド」を生で聴いた唯一の経験でもあります。
それで、さらに最後の話を書きますと、高校時代にさんざんな目に遭った「アルルの女」でしたが、以下はこのCDの購入よりもあとの話だと思います。顧問をしていた学生オケで「ファランドール」(第2組曲の最後の曲)をやったのです。ピッコロでも吹きましたし、また、指揮をする機会もありました。高校時代の無念をはらす「ファランドール」でした。
以上です!
(サムネはなんだかわかりますか。ビゼーのハ長調交響曲の第2楽章の2番オーボエです。これ、ツイッターでオケ曲あてクイズで出したら、誰も当たらなかったやつですね。)