大野和士
東京都交響楽団(都響、ときょう)という、すごくうまいオーケストラがあります。この私のnoteの記事でも、何回か触れたと思います。大野和士(おおの・かずし)は、その都響の音楽監督です。その前はインバルとかベルティーニで、私が東京で学生生活を送っていたころはベルティーニでした。そのあとを継いで、2015年から、大野は都響の音楽監督をしています。就任披露公演をテレビで見ました。マーラーの交響曲第7番をやっていました。前にもこの記事で書いたとおり、私の好きな曲のひとつです。とてもいい演奏でした。録画して、何度も見ています。そもそも、ベルティーニやインバルは、マーラーが得意だったのです。ベルティーニやインバルの指揮で、都響は何度もマーラー全曲演奏会シリーズをやっていると思います。そのあとを継ぐ就任披露公演でマーラーの、しかも難しい7番をやるのですから、つわものです。2015年の話ですから、6年前の話です。いまでも大野は都響の音楽監督のようです。
その番組には、都響のマーラー7番の演奏のあと、大野和士と、広上淳一(ひろかみ・じゅんいち)の対談というか会話がありました。広上は大野と同世代の指揮者ですが、どうやらそこは大野の部屋で、大野はピアノの前に座って、マーラー7番のスコアを見ながら、マーラー7番のあちこちを弾いてみせていました。前にも何度も書いていますが、私は、耳で聴いた音楽は、ほとんど、なにも使わず、和音などを、すべて耳だけで聴き取れているという特技があります。そのときの大野のピアノの弾きぶりは、マーラーの書いたとおりで、和音も間違っていませんでした。「ふーん、大野和士って、耳もいいんだな」と思った私は、素直にその録画を見ていました。最近、テレビの調子が悪く、そのBDは見ていませんでしたが、きのうの夜まで、そうでした。
きのうの夜、あるYouTubeを見ました。都響のチャンネルでした。いろいろな都響の演奏の動画があるようでした。そのなかの目次を見ていて気になったのが、大野和士のトークがけっこうあるということでした。ひとつを見てみてわかりました。演奏会の聴きどころを、あらかじめトークで、指揮者である大野が解説する趣旨のものでした。ひとつ見ました。2019年4月と言いますから、いまから2年前の演奏会の「プレトーク」でした。プログラムは、武満徹(たけみつ・とおる)の「鳥は星型の庭に降りる」、シベリウスの交響曲第6番、ラフマニノフの交響的舞曲、でした。これは、3曲とも、私の「好物」ですね。その証拠に、いままで、noteの記事で、ラフマニノフの交響的舞曲も書きましたし、シベリウスの6番も、武満徹も書いた。リンクがはれなくてすみません。それくらい「好物」です。(言い方によってはマニアックですが、東京だと、これくらいマニアックでも、お客さんは入るのですね。うらやましい。)
これも、大野がピアノの前に座って、スコアを読みながら、ピアノを弾いて曲の解説をするものでした。ラフマニノフの交響的舞曲を解説していました。(指揮者が、スコア(オーケストラの総譜)を見ながら、ピアノで弾けるというのは、指揮者の条件であることは、大学時代の、友だちのような指揮者から教わりました。)しかし、最初のほうから違和感がある。たしかに和音を弾いているのだが、弾き落としている音がいくつかある(和音として)。このへんは説明しづらいところなので、文字で表現しにくいですが。そして、第2主題はそれらしく弾き、ただし、第1楽章の最後のほうに出る、自作の交響曲第1番からの引用は、かなり和音はいんちきであった。いちいち説明申し上げてもよろしいのですが、あのような動画は二度と見たくないので。第2楽章の冒頭の和音はちゃんと弾いた(こういう、勘どころみたいなところで間違わないから、それなりに見る人は感心して見るのかな)。しかし、そのあとの展開してゆくところの和音の進行がいけない。ここだけ少し具体的に書くと、ここは(ドイツ語でなく英語で書くことをおゆるしください。また、「シャープ」のキーはありますが「フラット」のキーはありませんので、「スモールビー」を使います)Ab7とD7が交互に現れるのがラフマニノフのいいところなのに、大野は、ずっとAbで弾いていた!しかも、何度も!こういうことを私が言うと必ず言われる「細かいことを言うな」「大野さんはおおざっぱに弾いているのだ」「たんに弾き間違えたのだ」エトセトラ、エトセトラ。違うんですよ!大野は、和音がきちんと聴き取れていないのだ!いくらなんでも、ああいう間違い方にはならない。私にはわかる。私にだけわかる。残念ながら私にだけしかわからないのかもしれない。
そして、大野は、第3楽章の冒頭の和音は、極めて正確に弾いた。こういうところだけ、前もって練習しておくのだろうか(1発どりみたいな動画だった)。そして、スクリャービンの「神秘和音」との関係について、もっともらしいことを言っていた。しかし、ぜんぶ聴き取れている私からすると話にならないのであって、ラフマニノフの和音とスクリャービンの和音のタイプは違う。あえておおざっぱに言うと、ラフマニノフのほうが伝統的な和音を使っていて、ただ、コード進行が独特なのである。スクリャービンは、和音そのものが独特。(高校生のころ、スクリャービンの「法悦の詩」のCDを持っていて、解説に、4度を駆使した和音、と書いてあって、へえ、オレには長3度を駆使した和音に聴こえるけどな、と思ってふしぎに感じて読んでいたが、あれも、からくりはたいしたことがなく、楽譜をちゃんと読まない限りは、耳で聴いただけじゃわからない音楽評論家みたいな人がCDの解説を書いていただけだろう。)
もちろん、大野和士は、指揮者として優秀である。ベルティーニやインバルのあとを継いでやれるのだから、相当すごいと言える。そのラフマニノフの解説の動画にしても、曲のアナリーゼみたいなところでは、なるほどと思わされるものがあり、自分がオーケストラの中にいたら、乗せられるのだろう。しかし、大野だけが耳が悪いと言っているのではない。きのうの動画と、6年前のテレビからしてわかることは以下です。「大野和士はピアノの前でピアノを弾きながら語る」「ピアノの前で弾きながら語る指揮者は大野和士」というくらい、むしろ、これ(オケの曲をピアノで弾くこと)は得意な指揮者なのだ!だから、こういう動画がいっぱいあるのだ!そして、たくさん再生されていて、高評価ばかりなのだ!ほかの指揮者は、もっとこれができない!大野より、さらに耳はよくないのだ!先述の、「指揮者たるもの、スコアを読んで、ピアノで弾けなければならない」というのも、どこまで建前か。「数学者たるもの、線型代数については、そらで教科書が一冊、書けるくらいでなければならない」というのと同じくらいではないのか。ちなみに私はこれができないことを正直に告白する。あるいは、「牧師たるもの、新約聖書はギリシア語で読めなくてはならない」というのと同じようなものか。
とにかく、世の中は「多数派」「少数派」の世界なので、私のように耳が聴こえている人が大半であれば、大野の動画がそんなに再生されるはずはなく、それどころか、大野は指揮者がつとまらないだろう。しかし、耳がいいからいい指揮者になれるかというと違う。もしそうだったら、私は今ごろ、こんなところで困窮してはおらず、世界的な指揮者になっていることだろう。そうではなく、目の前にいるオーケストラ(私の楽器はフルートなのでフルートで説明すると、そこに座っているのは、一流の音大を優秀な成績で卒業し、留学して一流の指導者の指導を受け、コンクールなども優秀な成績で通ったつわものばかりで、オーケストラって、ヴァイオリンにせよヴィオラにせよチェロにせよコントラバスにせよそういう人たちの集まりなのである)という人の集合をまとめる「人間力」や、その他、はったりも含めていろいろな要素がたくさん混じりあって、指揮者という職業「も」成り立っている。むしろ、はったりだけで音楽界を渡っている音楽家もいるであろう。いるに違いない。
とにかく、ゆうべは、大野和士の耳の悪さにあきれ果てて、この6年、2015年のマーラー7番を好んで見て来た者としてはかなりがっかりである。というか、2015年のマーラー7番そのものは悪くない。やはり大野は指揮者として超優秀なのだ。ただし、それが「耳が良い」ことにはならない。まして、この文章は大野和士の批判のつもりはなく、むしろ、そのような動画がたくさんアップされているところを見ると(※もう二度と見たくないので、その2年前の動画だけでじゅうぶんです)、大野は、指揮者のなかでは、「耳のいい」ほうなのであろう。なんか、がっかりである。
(これに限らず、「多数派、少数派」というものは、この私のnoteのテーマのひとつになっている。たとえば、私がなにかを教わって私が理解できないと私のせいになるが、私がなにかを説明して私の説明でひとが理解できなくても私のせいになる。これは「理解」という現象にかんする私のマイノリティの問題である。)
通じない話でごめんなさいね。まあ、クラウディオ・アバドにしろ、ウォルフガンク・サヴァリッシュにしろ、エサ=ペッカ・サロネンにしろ、私よりずっと耳が悪いのだから、いまさらしようがないのだが。カレル・アンチェルも、私よりずっと耳が悪いよ。(CDに残された音の間違いではっきりわかる指揮者を挙げました。さっきも言いましたけど、「それは弾き間違い」のレヴェルではありませんから。「耳の悪さ」ですから。私くらい耳が聴こえている人が証明してくれればいいけどいないから、だれにも証明できないのがくやしいですけど、私にはわかる。私にだけわかる。私にだけしかわからないのかもしれない。どうしても証拠を挙げるなら、いくつか、私が「完コピ」した楽譜をお見せするしかない。話は変わりますけど、「この曲、弾きたいけど楽譜が手に入らない!」っていうお悩みのかたがいらっしゃいましたら、お気軽に、コメント欄にでも足跡を残していっていただければと思います。ほとんどの曲は耳コピできますよ。引きこもり生活の張り合いにもなりますし)