カレー
僕はこれから大事になるであろう一冊の本をカバンの中に閉まって家路を歩く。景色は暮れて、微かに紺色が目立ち始める。そんな時僕はいつも空を見上げてしまうのだ。月はもう顔を出しているのだろうか、星は見えるのだろうか、とか。けれども月も星も目にするにはまだ早く、その代わり気付かなかった何処かの家から香る美味しそうな匂いに釘付けになって、マスク越しから嗅覚を研ぎ澄ます。
これは何の匂いだ、少しソースの様な物が感ぜられる。あ、もしやハヤシライス。美味しそうだ。と、鼻から吸う空気を少し深めに。けれどもやはりハヤシライスにピンとこず、いや、なんか違う、なんか違うな、いや、これはやはり間違いなくカレーだ、絶対にカレーだ、と、自分を納得させる。
カレーだと納得させるともうカレー以外の何ものも答えは受けつけられなくなる。いい匂いだなぁ。
カレーの匂いと言うのは、少し優しさを感じる。家々独特のカレーの具材がきっとあるに違いない。僕の家はスタンダードに、じゃがいも、にんじん、玉ねぎ、肉はその時々によって違うが僕は挽肉の入ったカレーが好きだなぁ、と、母の作ったカレーを違う家庭のカレーの匂いから思い出す。
そして、僕はこの街もあと3日でさようならだ、寂しいけれど、母の作ったカレーを数年ぶりに食べたいとも思って、実家に帰ったらカレーが食べたいとわがままを言おうと決めた。
どの街も優しい。猫は新参者である僕に厳しかったが、僕は単純だが幸せ者だ、と、街の空気に感じさせられたのであった。