CMの制作を通じたメディア・リテラシー学習プログラムについての考察
キーワード: メディア・リテラシー、CM制作、学習プログラム、小学生、小学校
(2019年1月レポート)
1.はじめに
初等教育段階からのメディア・リテラシー育成の必要性が注目されている。インターネット利用率やスマートフォン利用の低年齢化が急速に進んでいるからだ。そして、動画投稿サイトへの投稿モラルの欠如した投稿も社会問題になっている。昨今、テレビだけでなく、インターネットでも多く目に触れることの多くなったCM制作を題材にしたメディア・リテラシー学習プログラムが実験的に行われている。広告代理店大手の電通はコミュニケーションを通じた社会貢献活動の一環として、東京学芸大学と3年を掛けて「広告小学校」という小学生向けの公開講座であるカリキュラムを2011年に開発した。電通によると、「CMづくりを通して、コミュニケーション力(伝え合う力)の基礎となる『発想力』『判断力』『表現力』『グループによる課題解決能力』を培い、汎用的学力の育成を目指す授業プログラム」というものだ。これは、コミュニケーション力を養成するという面もあるが、若年齢層へのメディア・リテラシー教育のひとつともいえる。また、石川県金沢市立大徳小学校でも、CM制作を通じたメディア・リテラシー学習プログラムの開発(山口,2016)をNHK学校放送番組と協働学習を取り入れて構成し、実施している。小学生向けのメディア・リテラシー研究事例はかなり少ない。山口(2016)によると、2015年時点で、映像を対象とするメディア・リテラシー研究は42件で、そのうちCM制作の実践は3件のみと記載している(山口,2016)。そして、コミュニケーション力を培い、課題意識や伝える側への意識を持って表現する工夫を行い、情報発信者としての責任を理解し、考えたことをメディアで表現することの能力の育成に有用であることが考察されている(中橋,2014,2017;山口,2016)。
2.研究の背景
ソーシャルメディアでだれもがメディア発信できる時代になった。動画を撮影し、ソーシャルメディアにそのまま投稿できてしまうスマートフォンを小学校低学年の児童も所有するようになった。10代のスマートフォン利用者からのインターネット利用時間は143分で全体平均の61分を大きく超え、どの世代よりも多い(総務省,2017)。また、そのスマートフォンはどのような用途に使われているか、という調査項目では、10代が20代よりもさらに長い時間「動画投稿・共有サイトを見る」という結果からも、喫緊の課題であることが伺える。
昭和生まれ世代はテレビが中心であった。マス広告の影響は、メーカーの商品販売に直結するわかりやすいものだった。だからマスコミュニケーションが重要だった。では、インターネットが登場し、特にこの数年ではどう変化したのだろうか。主要メディアの利用時間のなかで、テレビ視聴は減少傾向だ。総務省の情報通信白書(2018)によると、「『テレビ(リアルタイム)視聴』及び『新聞閲読』は、概ね年代が上がるとともに平均利用時間が長く、『ネット利用』は概ね20代をピークに年代が上がるとともに平均利用時間が短く、行為者率が高くなっている」(総務省,2016)ということがわかっている。
CMを作成したり、遠足での撮影記録を編集したりすることで果たしてメディア・リテラシー教育は成功するのであろうか。例えば、友人の姿を撮影して、許可なくソーシャルメディアに投稿してよいのか、だれも教えてくれない限り、児童たちは何の疑問もなく投稿してしまうだろう。高校生についてはもはや手遅れである状況を目にする。たとえば、インスタグラムにおいて、ある学校の名前で検索してみてほしい。何校かの学生のクラスメイトと一緒に撮影した写真や、ひどいものであると授業中での写真なども投稿されているものもみられる。これは、肖像権やモラルなどを理解した上での投稿なのであるか、疑問である。われわれ大人たちが、昨今の急速なデジタル化についてこのようなデジタル化による弊害が多発する事態を予測することもなく、テクノロジー開発先行型でメディアを何の課題意識を持たずに扱ってきてしまった代償ではないだろうか。
そこで、メディア・リテラシー教育に関係し、今回の考察では、CM制作を題材にした学習プログラムに限定した研究や実践事例の情報を収集した。そして、その教育のあり方や、手段を中心に考察した。小学校での英語教科化[1]が導入される予定であるが、それよりも先に対応しなければならないのは、メディア・リテラシー教育のほうであろう。誰もがメディア発信者になりえる時代だからこそ、早急に小学生を中心とした若年齢層に対して、メディア・リテラシー教育を行わなければならないと考える。
3、研究の方法
石川県金沢市立大徳小学校での研究(山口,2016)事例での、メディア・リテラシー論(中橋,2014)から引用した、現代社会におけるメディア・リテラシーの構成要素を7要素・21下位項目に整理したものを抽出し、研究到達目標にしている。それは、「考えをメディアで表現する能力(下位項目a.相手や目的を意識し、情報手段・表現技法を駆使した表現ができる、下位項目b.他者の考えを受け入れつつ、自分の考えや新しい文化を創出できる、下位項目c.多様な価値観が存在する社会において送り手となる責任・倫理を理解できる)(山口,2016)というものだ。
対象児童は4年生29名で、社会科の「事故や事件からくらしを守る(東京書籍)」の単元末のまとめとして、全校児童にCMを通して交通安全を呼びかける学習プログラムを開発している。当研究は商業的なCMではなく、公共広告期間のようなCMづくりで映像によるメッセージ伝達を試みるというものだ。3〜4名のグループごとにタブレット端末と映像制作アプリ(ロイロノート)を活用し制作し、4年生が制作した動画は1〜6年生が視聴することも考慮し制作された。
当学習プログラムは、2015年6月下旬から2015年7月上旬にかけて実施された。効果測定のために、質問紙調査を実施し、学習者のメディア・リテラシーを測定した。事前調査は2015年6月15日に、事後調査は2015年7月16日に行った。さらに、学習効果の定着確認のために2016年3月14日に保持調査を行なっている。
一方、電通の「広告小学校」は、2006年より開始されているが、既に全国・海外317校、約4万2千人の児童・生徒たちが体験(2018年3月現在)している。これについては、定量的な調査データが入手できないため、書籍「広告小学校」(電通1,2011)より定性的情報から、メディア・リテラシー学習に関する部分を抽出することとした。広告小学校については、前述と重複するが、電通と東京学芸大学による協働開発によるもので、目的はコミュニケーション力(伝え合う力)を育成することを、子どもたちにとって身近なCMを活用し、伝えたいことを15秒の「CM劇」として表現するプログラムである。実際CM制作をすることは行わない。短い15秒で最も伝えたいことを取捨選択し、相手の心を動かすことを、受け手の立場や視点に立って工夫し表現する体験を行うことを目的としている。広告小学校は、次の3つのユニットで構成される。「1.入門CMとして、身近な商品をテーマとしたCMづくり、発想方法、グループワーク、表現方法の基礎を学ぶ。2.自分探検CMでは、自分自身をテーマとして、CM劇という形で表現する。3.公共CMを身の回りの課題を発見し、チームで原因を考え、解決方法をCM劇として表現する。」これらのことで、「発想力」「判断力」「表現力」「グループによる課題解決力」などを培うことを目指している。コミュニケーション力(伝え合う力)の育成が目標とされているが、発案者である電通の牧口が英国留学時に、小学生への広告についてのメディア・リテラシー教育をサポートするNPOの活動を知り、日本独自の導入を考えたことがきっかけになっている。そのため、「広告小学校」の活動を、メディア・リテラシー学習プログラムのひとつとして捉えてみた。
4) 結果と考察
石川県金沢市立大徳小学校での研究(山口,2016)では、学習プログラムの事前・事後・保持調査の時期で、メディア・リテラシー評価尺度調査を実施した。その結果、「a.相手や目的を意識し、情報手段・表現技法を駆使した表現ができる」の平均点(標準偏差)は、事前2.655(1.035)、事後3.264(0.811)、保持3.420(0.739)であった。分散分析においては、調査時期の主効果は有意であった。LSD法による多重比較では、事前調査より、事後調査群で有意に差があったが、事後調査以後での調査では有意な差がなく、能力の定着が見られたとされている。同様に、以下「b.他者の考えを受け入れつつ、自分の考えや新しい文化を創出できる」、「c.多様な価値観が存在する社会において送り手となる責任・倫理を理解できる」についても、同様の結果がみられた。
自由記述や行動観察から見た学習効果としては、「相手や目的に応じた表現の工夫」についての記述が多く確認できている。そして、グループ協働で学習する形態をとったことで、「他者の考えを受け入れつつ、自分の考えや新しい文化を創出できる」ことの向上にも繋がっている。さらに、著作権や肖像権についての大きな事前・事後調査での変化が確認できた。完成したCMは校内放送で善行に視聴してもらうことで、他学年での当学習プログラムの実施や、他学年への児童間での教えあいや評価などにより、コミュニケーション機会を多く創出した。その際にも、受け手がうける印象に応じた表現方法の工夫や、著作権についての助言があり、全校に渡りメディア・リテラシー育成に育成できたと評価している。
電通の「広告小学校」については、前述のとおり定量データ調査がないため、書籍から読み取れる定性的な結果となるが、多くの点は金沢小学校での例に似ている。「子どもたちが協力することの大切さや友だちと一つのCMを作り上げる楽しさを学ぶことができた(授業実施教諭: 2008度5年生、2009年度4年生、2010年度5年生)」、「CMを観ることを通して自分の生活を見直し、改善しようとする意欲が見られた(授業実施教諭: 2008年度4年生)」、「子どもたちの話し合いへの抵抗感をなくしたと同時に、課題解決の仕方を培ってきた(授業実施教諭: 2010年度6年生)」という実際授業を行った教諭からのアンケート結果から見てもCMを素材としたメディア・リテラシー育成に評価が見られた。運営側メンバーである電通スタッフの感想では、「CMという身近な素材だから、普段、勉強が苦手で手が上がらない子どもでも発言できる。成功体験の積み重ねが大切。」、「課題を発見することは解決方法を考えるよりずっと大切だった」と運営側も改めての気づきを得ることで、当プロジェクトのステップアップにつながる結果も生まれている。
より身近なテーマでの制作で、自分のなかから外に発信した瞬間から一体何が問題になりうるのか、それが急拡大している現在、ソーシャルでのメディア・リテラシー学習は今後さらに必要になり、急務の課題となるであろう。動画投稿サイトには、CMや教科書にはないテーマで溢れている。児童たちの興味はテレビや教科書にはない。そうであるとしたら、より身近なテーマで、児童たちが特定のひと以外にも、外部へ共有したいと思ったテーマを、仮に動画共有サイトに動画をあげた場合、どのような影響があるのかを具体的に学ばせる必要があるだろう。
マスターマン(1995)が、「メディア・リテラシーは学び合いが基本で、グループ全体の洞察力とリソースによって学び合うことができる」と述べている。このことから協働的に学習できる場を設定し、コミュニケーション力を伸ばしながら学習するのは間違いではない。このことを理解しながらも、ソーシャルメディア時代での動画投稿に関する学習について、今までの研究の延長線上もしくは全く新しい方法で開発しなければならないと考えるため、追加調査が必要と考える。
そして、忘れてならないのは、メディア・リテラシー教育についての教員への能力向上であろう。メディア・リテラシー教育に対する教員の意識(石川,2006)や、特定科目におけるメディア・リテラシー教育の先行研究事例など(佐藤・左近,2000)などの先行研究事例などを参考にしながら、教員に対してのメディア・リテラシーへの意識調査をはじめ、インターネットでも特に動画作成や配信を中心に、メディア・リテラシー教育をどのように行うのが適するのかについては、機会があれば追って調査したい。
参考文献
電通「広告小学校」事務局(2011).広告小学校――CMづくりで、「伝える」を学ぼう。――宣伝会議
石川 勝博(2006).メディア・リテラシー教育に対する教員の意識: 日立市内の小中教員に対する調査結果の報告 常磐大学人間科学部紀要, 23-2, 73-86.
Masterman,L.(1985).Teaching the Media.(宮崎寿子(訳) (2010).メディアを教える: クリティカルなアプローチへ 世界思想社
茂木 健一郎(2017).メタ認知の難しさとその意義 アベーバブログhttps://lineblog.me/mogikenichiro/archives/8317614.html (2018年7月20日)
向田 久美子・坂元 章・一色 伸夫・森 津太子・鈴木 佳苗・駒谷 真美・佐渡 真紀子(2007).小・中学生のメディアリテラシーに関する一考察 メディア教育研究, 3-2, 71-83.
中橋 雄(2014).メディア・リテラシー論: ソーシャルメディア時代のメディア教育 北樹出版
中橋 雄(2017).メディア・リテラシー教育: ソーシャルメディア時代の実践と学び 北樹出版
中橋 雄・山口眞希・佐藤和紀(2017).SNSの交流で生じた現象を題材とするメディア・リテラシー教育の単元開発 教育メディア研究, 24-1 ,1-12.
総務省(2018).情報通信白書(平成29年度版)
http://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/h29.html (2018年7月20日)
佐藤 洋一・左近妙子(2000).国語科における“メディア・リテラシー教育”――導入としてのテレビコマーシャル・アンケート調査と考察(中学校における実践)―― 愛知教育大学教育実践総合センター紀要, 3, 89-97.
山口 眞希(2016).映像教材活用とCM制作活動を通じたメディア・リテラシー学習プログラムの開発 日本教育工学会論文誌, 40, 017-020.
[1] 文部科学省のホームページ参照。小学校での英語教科化は、平成23年度より、小学校において新学習指導要領が全面実施され、第5・第6学年で年間35単位時間の「外国語活動」が必修化されている。
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