一難去って。
また一難。
最近、理不尽なことがよく起きる。
7月、どうしようもできなかったことで、義父にキレられ
9月、どうしようもできないことで、祖母にキレられ
今日はどうしようもできないことが起きて、警察にキレられた。
7月の件は、わたしにも至らないところがあったということで、義母や夫、子供たちのために私が悪かったというていで、私が義父に謝罪するということで丸くおさめた。義父からは謝罪は無かった。わたしがずっと引っ掛かってるのはそこだ。なぜ、わたしだけが謝って、あちらが許すという形になったのだろうか?謝罪した時、そばに義母がいた。義母も、「おとうさんも謝ったら?」と言っていたのに、ちっぽけなプライドが邪魔をしたのだろう、謝罪の言葉は出なかった。
わたしは、深く傷ついた。
今までの関係は何だったのだろうかと。そもそも、わたしのことが嫌いだったのだろうという結論に至った。
もう、義父とうまくやっていくことは不可能だと思う。
今まで、義両親にはすごく感謝していたが、その気持ちは無くなってしまった。感謝があったから、多少の不満は我慢してきたが今回は無理だった。
7月から、3ヶ月ほど、その気持ちをずっと引きずっている。
九月の件は、仕方なかった。わたしが我慢ができなかった。七月の件をずっと引きずったまま、辛くて辛くて仕方なかったのに、受け入れてほしい人に受け入れてもらえなくて、その心が叫んだ結果だったと思う。
祖母は認知症が進んでおり、1時間ほどの記憶も持たなくなってきた。怒りっぽくもなっていた。
わたしがそれにうまく対応できなかったから、起きてしまった。
今日は、全くわたしの手の届かないところで起きたことが原因で、警察に理不尽にキレられた。
わたしの人生は、わたしが選択してきたことで出来上がった人生だということは分かっている。
それでも、受け入れ難いことは沢山ある。
七月の一件、あの事件が起きないようにすることは出来たのかもしれない。
だけど、わたしは、わたしのせいじゃないと言いたい。
わたしは自分を守りたいのだ。
わたしは悪くなかったよ、と。
本当に、本当に辛かったし、今も思い出すだけで泣けてくる。
本当に嫌だった。悲しかった。
この気持ちを認めてあげないと、次に進めない。
昇華させないと、いつまでもわたしの心の中で燻り続けて、わたしの心をどんどん磨耗させてしまう。
2週間ほど前、何事もつらくて、全く元気が出なかった。
夫に、どうしたの?と聞かれても、言い出せなかった。
言うのもつらくて。
それでもしつこく聞いてくるから、あれも嫌だったしこれも嫌だったし、全部嫌だった!つらくて仕方ない。でも、そんなこと言ったって、どうしようもないから言わなかったのに、どうして言わせるの?
と言った。
夫は無言だった。いつものように、正論で返してこなかった。
聞いてきたくせに、慰めることもしない。だったら聞かないでほしかった。
あれから、少しだけ、元気は出てきたのに
また、今日、辛くて悲しい。
ストレスを発散することもなく、毎日、毎日、やりたくもない家事をして
文句ばかりの子供の相手をして
夜泣きに起こされて熟眠できず
体調を崩しても、7割型回復したら通常通り家事育児。
1日でいいから、本当に好きなことだけして過ごしたい。
なんの心配事に捉われずに過ごしたい。
こんなきもちを抱くのは、きっと心が疲弊しているから。
だから、頑張って元気になれるように、何か、自分を奮い立たせられるように…
と思うが、その気力さえない。
そして、ずっとイライラして子供の大したことない失敗に、めくじら立てて怒鳴ってしまう。
休みたい。休みたいのだ。
そして、忘れたい。辛かったことを。
だからノートに書き留めた。
わたしの心のゴミ捨て場。ノート。
好きなことをしたらいい。
でも、そのための気力がわかない。好きなことをするためのエネルギーがない。
観たい映画があるのに、リビングまで行くのが面倒だ。
お菓子を食べたらいい。
でも、お菓子を用意するのが面倒だ。
アプリで本を読めばいい。
でも、理解するのが億劫だ。
ノートに吐き出したらいい。
そうだ、ノートに吐き出そう。
わたしのことを知らない誰かに読んでもらって
少しだけ、共感してもらって、わたしに少しだけ同情してもらって
それで満足だ。
いかにも、自分は悪くないような書き方をしたのだから
きっとわたしのことを可哀想だと思ってくれるはずだ。
それでいい。