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がんと向き合う患者さんにおすすめの書籍 〜「くもをさがす」のすすめ〜
「くもをさがす」は西さんがカナダで乳がんに罹患された際の経験を書いたエッセイです。医師として、人として心からお勧めしたい一冊です。この作品は、がんの経験を通して病気や死と向き合い、最終的には生を肯定する素晴らしい人間讃歌です。
1. 治療の過程がありありと浮かぶ
「くもをさがす」には、胸のしこりに気づき、クリニックの予約を取るまでの不安な心境、抗がん剤治療を受ける際に外来看護師に点滴を褒められる姿、手術直前の不安、そして手術後の不安と喜びが交錯する様子まで、すべてが生々しく描かれています。
特に印象的なのは、検査や治療の過程が生活と共にあるという点です。西さんの抗がん剤治療中に、猫の体調不良や家族とのトラブルなど、さまざまな日常の出来事が同時進行で起こります。
病院で働く私は、患者さんが病院で話してくださる内容しか、その方の生活を知ることができません。しかし、西さんが日常の中で淡々と抗がん剤治療を受け、病気と向き合う姿を見て、すべての患者さんの治療は生活の中にあるのだという、当たり前のことに改めて気付かされました。
特に私が心を打たれたのは、抗がん剤治療が始まった直後に、美容院で髪を剃ってもらうシーンです。バリカンで髪が切られる瞬間、西さんは涙を流します。髪を失う喪失感と治療開始への不安が、胸に迫るように伝わってきます。
2. 登場する医療者たちが全員魅力的
西さんはコロナ禍の中で、カナダで検査と治療を受けられています。作中にはカナダの看護師や医師が多く登場しますが、そのすべての方がユーモラスでチャーミングです。
また、「くもをさがす」に登場する医療者たちは、なぜか皆さん関西弁です。本来は英語を話しているのですが、西さんの脳内翻訳によるもので、それがそのまま記載されています。不思議と違和感はなく、ユーモラスな会話の中に自分も混じっているような感覚になります。
西さんを支えた医療者たちが特別チャーミングだったというよりも、西さん自身の人柄が医療者たちを明るくさせていたのだと思います。
「カナコ、あなたは強い女性なんやから!」
「あなたの体のボスは、あなたやねんから!」
こうしたセリフから、彼女と医療者たちの温かい関係性が伝わってきます。
3. 病気・死と誠実に向き合う方法を教えてくれる
西さんは親族や芸術の先人たちの経験や言葉を引用しながら、病気や死に誠実に向き合います。
作中には多くの芸術家や作品が登場しますが、特に印象に残ったのはポーリン・ボディさんという画家の作品と人生を通じて、「死者は生きている者の中に生き続け、その生にも大きく作用する」という考えに基づき、自分や大切な人の死がどのように影響を及ぼすのかを深く考察した部分です。
また、最後の章では治療が一旦終了し、今後の人生にどのように向き合っていくかが記録されています。
西さんは、治療中に「自分」との乖離を感じ、「自分ごと」として受け止められない感覚に陥ったそうです。しかし、看護師やがんサバイバーの先輩たちの支えを受け、自分自身と一致している感覚を取り戻しました。その後は「もう一人の自分」が最も頼れる味方になっていると感じるようになります。
「分かるで!」
「せやんな!」
「怖いよな!」
「もう一人の自分」は寄り添いながら、そっと背中を押してくれます。病気や死と向き合う際に、自分の最大の味方は自分自身なのだと、西さんは教えてくれます。
あとがき
私は西加奈子さんの人柄が大好きです。きっかけはオードリーの若林さんのラジオに出演された際、チャーミングで人懐っこい人柄を知り、それから書籍を読み漁りました。西さんの小説には、洞察に裏打ちされた深い人間描写と、ユーモラスでリズム感にあふれる文章に、太陽のような明るさが滲み出ています。
Youtubeでも闘病の体験をお話しされています。こちらの動画を見るだけでも西さんの魅力が伝わるかと思います。
https://youtu.be/eWEtndHu8nA?si=rbZXPo_5JmzH5JSn
がんの再発や死のリスクに恐怖を感じながらも、自分自身を応援し、生に向き合う姿勢を、私は心から尊敬し、応援しています。
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