自分を大切にするってどういうこと?感情に従うことではない
自分を大切にする。
言葉はシンプルだけれど、具体的にどういうことなのかは、それほどシンプルではないと思う。
メンタルが落ちていたときに、スピ系のブログを読み漁っていたことがあった。
そうしたブログや本では、自分を大切にすることとは、「心の声に従うこと」「感情に素直になること」だと言う。
学校でも仕事でもプライベートでも、我慢しないといけないこと、やりたくはないけどやらないことはたくさんある。勉強だったり、苦手な作業だったり、家事だったり。
言いたいことを飲み込むこともあるだろう。
だからこそ、このアドバイスは読者に好まれるし、きっかけを与えることになるのだと思う。
けれど、いまの自分は「自分を大切にする=感情に従う」ことではないと考えている。
なぜなら、感情は自分そのものではないからだ。
感情とは、あくまでもその時その場の心の動き(の一部)でしかない。
感情は、出来事に対する価値観や認知によって変化する。それだけではなく、事前の出来事(仕事でのミスや電車の遅れ、宝くじが当たるなど)にも影響を受けるし、なんなら気温などの環境にも影響を受ける。
感情に従うことが、必ずしも良い結果や満足するプロセスを与えてくれるわけではない。
この記事に書いたように、「面倒くさい」という気分に従っていたら、自由さや誇らしさを味わうことはできなかった。
やればよかった、行けばよかった、、、
反対に、やらなければよかった、買わなければよかった、、、
こんな後悔は何度もしてきた。
だから、感情に従うことが、自分を大切にすることとは言い切れないと思う。
「じゃあ、どうしたらいいんだ?」
そう思って、いろんな本やらブログやら、YouTubeやらを漁ってきた。
でも、問題なのはここなのだと思う。
つまり、「自分を大切にする」ことがどういうことなのかを、他人に任せていることが問題だった。
頭では本に書かれていることは一般論や著者の体験、視点でしかないことはわかっていた。でも、どうしていいかわからなかった。
他人の話を聞くことが悪いわけじゃない。
思ってもみなかった方法や考え方を知ることができるし、自分を大切にすることがどういうことかの参考になるものもある。
でも、それは自分にとっての答えではない。
自分にとって「自分を大切にすること」がどういうことなのかを探求していくことが大事だったのだ。言い換えると、価値観を知ること。
自分にとって大切な価値観は、知的好奇心を刺激すること。知ること、面白さや不思議さを味わうこと。
これは関係のなさそうな、飲むことにも見出すことができる。
というのも、味そのもの(おいしさ)を楽しむというよりも、味わいや風味から奥深さや面白さを楽しんでいるみたいと気づいたからだ。
「コーヒーは果実なんだな」
と体感してから、もっと色々飲んでみたいと思うようになった。
それまでもカフェや家(インスタントやボトル、缶コーヒー)でコーヒーをよく飲んではいたが、特別好みというわけではなかった。作業に集中するのに向いているから飲んでいた。
豆を買って自分で挽いて飲んでみると、豆の種類や淹れ方によって、香りや苦味、酸味などが変化する。これは、自分で豆を買うようになって知った面白さだ。
YouTubeを見れば、優れたバリスタやカフェの店主がコーヒーの解説や器具の話をしてくれている。
それを見て思う「そうやって淹れてみたら、どんな感じなんだろう」
自分にとって、おいしさは副産物なのだろう。おいしくなるように淹れるけれど、あくまでも面白さや奥深さを体験することが中心にある。
それに気づいて、自分におかしさを感じるとともに、納得する気持ちも湧いてきた。
これはどんな本にも書かれていない。
誰も教えてくれない。
自分だけが見つけられる、自分の秘密だ。
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